008.振動厳禁の依頼と、絶壁の足場
「ひ、ひぃぃぃっ! 離せ! 俺は悪くない、あのポーターが仕組んだ罠だぁっ!」
ギルドホールの床をズルズルと引きずられながら、嘘つきの剣士ガルフが見苦しい悲鳴を上げている。
ライセンスを永久剥奪され、衛兵へと引き渡される彼の末路を、ボッカは一瞥すらせず、カウンターで『依頼達成の報酬金』を正確に数えていた。
「……連れて行け」
ギルドマスターの冷酷な指示でガルフが放り出されると、ホール内は水を打ったように静まり返った。
報酬を革袋にしまい、ボッカが立ち去ろうとした、その時だった。
「待ってくれ、ボッカ」
ギルドマスターが、カウンターから身を乗り出すようにして分厚い羊皮紙を広げた。
「先ほどの非礼の詫びというわけではないが……お前に『指名』で頼みたい仕事がある。行き先は、東の険しい山を越えた先にある辺境の採掘街。運んでほしいのは、王都から取り寄せた『最新型の魔導浄化炉のコア』だ
本来、浄化炉のコアは定期的に届けられるはずだった。だが、運搬を担当していた配達員が盗賊団と手を組み、あろうことか輸送中のコアを横流しにしていたのだ。
奴らは結託して『輸送は順調だ』と偽りの報告を上げ続け、時間を稼いでいた。採掘街が猛毒ガスで汚染され、住人が動けなくなったところで、町の財源を根こそぎ奪う算段だったのだろう。
発覚した時には既に手遅れ寸前……。街の浄化システムは限界を迎え、残された時間はもうない。」
「……なるほどな。そいつは厄介だ」
ボッカは無精髭を撫でた。
「その通りだ。猶予はあと二十四時間。明日のこの時刻までにコアを届け、換装を終えなければ、街は文字通りの死街と化す。そして魔導浄化炉のコアは極端に『振動』に弱い。馬車で積んでも悪路を走らせれば、半日で内部の魔法陣が狂って大爆発を起こす。だが、慎重に進みすぎれば、採掘街は鉱山の猛毒ガスで全滅してしまう。…………報酬は白金貨10枚。これはギルドを通した正式な、そして俺個人からの『指名依頼』だ。この無茶を通せるのは、この街でお前しかいない。ボッカ、ぜひ頼む。引き受けてもらえるか?」
白金貨10枚。村にもらった空き地を『巨大なターミナル拠点』へと改築するのに十分すぎる資金だ。
だが、ボッカは即答せず、左腕のデバイスを軽く叩いた。
(……聞こえてるな、ロジ。例の『カプセル』は使えるか?)
『……マスター。申し訳ありません。村での要塞構築にエネルギーを使い果たしたため、現在カプセルはチャージ状態です。使用可能になるまで、あと【24時間】を要します。また、現在の私の出力では、何キロにも及ぶ街道を丸ごと舗装するような大規模クラフトは不可能です』
(なるほどな。チートで楽勝とはいかねえか)
カプセルは明日までゼロ。しかも道は丸ごと直せない。
普通のポーターなら即座に断る絶望的な条件だ。だが、ボッカは不敵に笑い、依頼書に力強くサインを書き殴った。
「引き受けよう。馬車や荷車は使わねえ。俺の『背負子』で運ぶ」
「背負子だと!? 馬鹿な、馬の脚で一日!人間だと2~3日かかるぞ!?――」
「人間の『膝』や『足首』の関節はな、使い方次第でどんな高級な金属バネより優秀なサスペンションになるんだ。……任せておけ、傷一つつけずに最速で届けてやる」
言い終えるや否や、ボッカは厳重に梱包された『魔導浄化炉のコア』を特製の背負子へと固定した。
それは歩行の振動を相殺する「人力の吊り下げ式」だ。一歩踏み出すごとに、背中のコアはゆったりと宙に浮くように揺れ、魔法陣への衝撃を鮮やかにいなしていく。
ギルドを後にし、一歩外へ踏み出す。
視界には【インフラUI】が展開され、地面の起伏、小石の配置、泥の滑りやすさのすべてがハイライト表示されている。
「ふっ……、はっ……」
ボッカの歩き方は異様だった。
上半身の重心を一切上下させず、足の裏全体で着地し、膝のクッションで地面の衝撃を完全に吸収する『すり足(ナンバ歩き)』。
【コアへの振動伝達率:0.2%(安全圏)】
前世の職人時代、足場の悪い鉄骨の上を重い資材を持って歩き続けた経験と、運び屋として鍛え上げた屈強な肉体。それがAIの地形予測と合わさることで、ボッカの体そのものが『最強の運搬車両』と化していた。
そのまま夜通し歩き続け、翌日の昼下がり。
採掘街まであと半日。
一睡もせず、背中の『魔導浄化炉のコア』に一切の振動を与えずに歩き続けてきたボッカの前に、絶望的な光景が広がっていた。
「……マジかよ。道が完全に消えてやがる」
目の前には、数十メートルにわたって完全に崩落し、断崖絶壁となった山肌が口を開けていた。
かつては馬車がすれ違えるほどの道幅があったのだろうが、度重なる嵐と地盤の緩みによって、山肌ごとごっそりと谷底へ滑り落ちてしまったのだ。
足元には、風が吹き抜ける底の見えない谷底。
迂回ルートを探せば丸二日はかかる。そうなれば、採掘街の住人たちは鉱山の猛毒ガスで全滅する。
「……行くしかねえな」
ボッカは短く息を吐き、背中のコアの固定ベルトを極限まで締め直した。
そして、崩れ残ったわずかな岩壁の出っ張りに太い指を突き立て、横這い(カニ歩き)になるようにして、垂直の絶壁へと身体を預け、ジリジリと進み始めた。
「ふっ……、はっ……」
指先から血が滲み、岩肌に赤い染みを作る。
ただ登るだけなら、ボッカの強靭な肉体をもってすれば造作もない。だが今は違う。背中には、少しでも強い衝撃を与えれば周囲一帯を吹き飛ばす爆弾を背負っているのだ。
手足を伸ばして次の岩を掴む時も、絶対に身体を『弾ませて』はいけない。
筋肉の収縮を完璧にコントロールし、ミリ単位で重心を移動させる。それは、綱渡りよりも過酷な、極限の神経戦だった。
そして、絶壁の中央、最も谷底が深く見える地点まで来た時。
ボッカは完全に動きを止めた。
「クソッ……ここまでか……!」
手がかりになる岩の出っ張りが、完全に途切れていたのだ。
次に掴めそうな岩棚は、ボッカの腕をいっぱいに伸ばしても、あと数十センチ届かない場所にある。
普通の冒険者なら、壁を蹴ってジャンプし、飛び移る距離だ。しかし、それをやれば着地の衝撃で背中のコアが爆発する。
前に進むことも、後ろに戻ることもできない。
文字通りの『詰み』。
疲労と緊張で、全身の筋肉が小刻みに痙攣し始めている。
指の力が抜け、汗が顎を伝い、遥か下の谷底へと落ちていく。体力も限界が近い。
(……このまま俺ごと落ちて、爆発エンドか。笑えねえ冗談だ)
その時だった。
『――マスター。エネルギー充填完了(100%)。【設営カプセル】が一つ、使用可能です』
脳内に響いたロジの無機質な音声。
ボッカは、死地に張り付いたまま、無精髭の生えた口元を歪め、ニヤリと笑った。
「遅えよ、バカ野郎。待ちくたびれたぜ」
ボッカは左手と両足の三点だけで岩壁に必死にしがみつきながら、空いた右手で懐から鈍く光るカプセルを取り出した。
そして、手の届く範囲にあった、壁面の崩れそうな脆い岩の欠片や砂利を、力任せにカプセルに押し当てた。
ズギュンッ!
『素材スキャン完了。マスター、現在のエネルギー量では、大規模な舗装や橋の架橋は不可能です。どのようにクラフトしますか?』
「ロジ! 道を丸ごと造れねえなら、俺の『足のサイズ』に合わせたピンポイントの足場を、この先の壁面に等間隔で打ち込め!」
ボッカは荒い息を吐きながら、脳内に前世の工事現場の足場図面を猛烈な勢いで展開する。
「素材はただの圧縮岩でいい! 踏み面は30センチ、蹴上げの高さは俺の歩幅に合わせろ! 表面には絶対に滑らないように、深い排水用の溝を刻め! それを、向こう岸の安全な道まで一直線に繋げろ!!」
『……合理的かつ、エネルギー効率を極限まで最適化したオーダーです。了解しました。現地素材による【壁面固定式・壁面固定足場】の連続生成を開始します。カプセルを、目標地点へ射出してください』
ボッカは限界を迎えていた右腕を振りかぶり、途切れた岩壁の先へ向かって、光り輝くカプセルを叩きつけた。
ドゴォォォォンッ!!
光の波紋が絶壁を走り抜ける。
何もない垂直の崖肌から、凄まじい音と共に、人工的に計算し尽くされた四角い『石の足場』が、等間隔で次々と突き出してきた。
それはまるで、絶望の空中に架けられた、たった30センチ幅の命の階段だった。
【壁面固定足場】 耐荷重:300kg / 崩落危険度:0% / 表面摩擦係数:最大
「上等だ。これなら俺の足が活かせる」
ボッカは短く息を吐き、限界を超えていた筋肉に最後の鞭を打つ。
自らがクラフトした絶対安全の足場へと、静かに、そして確実な一歩を踏み出した。
広大な道を一瞬で造り上げるような、派手な大魔法ではない。
だが、そのたった30センチの小さな人工の足場こそが、インフラ職人とAIが絶体絶命の現場で生み出した、街を救うための『最高の道』だった。
振動率0.4%。
ボッカは崩落した絶壁を、音もなく、流れるように踏破していく。
その背中で、王都の至宝である魔導コアは、傷一つ、揺れ一つなく、静かに青い光を放ち続けていた。
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