ギルドの裁判と、愚者の矛盾
防護柵と井戸の施工から数日後。
すっかり見違えるような堅牢な要塞と化した辺境の村の入り口で、ボッカは村人たち全員に見送られていた。
「ボッカ殿……本当に、何と御礼を申し上げればよいか。この村は、あなた様のおかげで生まれ変わりました」
白髭の村長が、深々と頭を下げる。その後ろでは、泥水を飲んで痩せ細っていた村の子供たちが、透き通った水を張った木桶を大切そうに抱え、ボッカへ向けて満面の笑みを浮かべていた。
「礼なら受け取ったさ。俺はプロだ。タダ働きはしねえ」
ボッカはニヤリと笑い、懐にしまった『ボロ屋と荒れ地の権利書』をポンと叩いた。
「あの場所は、近いうちに俺の物流網の『第一ターミナル(中継拠点)』として本格的に改築させてもらう。資材を運ぶためにまた来るから、それまで勝手に立ち入るなよ。……ああ、それから」
ボッカは村長に向かって、太い指を突きつけた。
「井戸のポンプは頑丈に造ってあるが、絶対に分解しようとするな。中に組み込んだ『清流の魔石』のフィルター機構は、素人が弄れば一発で浄水機能がイカれる。メンテナンスの時期が来たら俺がやる。いいな?」
「は、はいっ! 決して触れさせません! 井戸も防壁も、村の宝として磨き上げ、ボッカ殿の帰還をお待ちしております!」
「……ああ。じゃあな」
ボッカは背負子を背負い直すと、背を向けた。
その時、村長が慌てたように駆け寄り、一枚の羊皮紙を差し出した。
「お、お待ちください! ギルドへの『依頼達成の受領書』です! ボッカ殿の多大なる功績を讃え、村の総意として最も評価の高い『特S級(多大なる感謝)』の印を押させていただきました! どうか、ギルドマスターにもよろしくお伝えください!」
「……ああ、悪かったな。もらい忘れるところだった」
ボッカはそれを受け取り、無造作に革のポーチへと突っ込むと、今度こそ村を後にした。
帰り道。
行きにボッカを死の淵へと追いやった崩落した獣道は、相変わらず劣悪な泥濘のままだった。だが、100キロの結界石を下ろし、身軽になった今のボッカにとっては、ただの散歩道に等しい。
『マスター。帰還ルートの再計算を完了しました。行きと違い、積載量がゼロのため、踏破難易度はEクラスまで低下しています』
「楽なもんだな。だが、このクソみたいな泥道を通るのは、これで最後にしたいぜ」
ボッカは歩きながら、周囲の険しい山肌を【インフラUI】の視界で睨みつけた。
「ロジ。次にこの村へ『ターミナルの資材』を運ぶ時は、この山をぶち抜いて一直線の『トンネル』か、谷を跨ぐ『大橋梁』を架けるぞ。この辺りの地盤データ、歩きながら全部拾っておけ」
『了解しました。マスターの理想とする広域インフラ網の構築に向け、地形の3Dマッピングを開始します。……最高の道を造りましょう』
未来の巨大な設計図を脳内で描きながら、ボッカは歩みを進めた。
そして数日後。
彼はようやく、拠点である大きな街の『冒険者・物流ギルド合同本部』へと帰還した。
いつもなら活気にあふれているはずのギルドホールだが、ボッカが重い木扉を押し開けて足を踏み入れた瞬間、ホール内の空気が凍りついた。
数百人いる冒険者や商人たちが、一斉にボッカへ軽蔑と敵意の視線を向けてくる。
「……おい、あいつだろ。村を見捨てた悪徳ポーターってのは」
「ああ。護衛の剣士様を裏切って、村の金を巻き上げたらしいぜ」
ヒソヒソというよりも、わざと聞こえるような悪意のある囁き。
その視線の先、ギルドの中央にある円卓で、大袈裟な包帯を巻き、高級なエール(麦酒)を煽っている男がいた。
――嘘つきの護衛剣士、ガルフだ。
「おお! よくもノコノコと戻ってこれたな、この人間のクズめ!」
ガルフはボッカを見るなり立ち上がり、ホール全体に響き渡る声で叫んだ。
その声に呼応するように、ギルドの奥から筋骨隆々のギルドマスターが、数人の屈強な職員を連れて現れた。
「ボッカ! 貴様には重大な契約違反と、強盗の嫌疑がかけられている! 武器を捨ててそこを動くな!」
ギルドマスターの怒号に、ボッカは全く動じることなく、ただ面倒くさそうに無精髭を掻いた。
「……強盗? 俺が?」
「とぼけるな!」
ガルフが悲劇のヒーローを気取って大声で捲し立てる。
「ギルドマスター! こいつは山道で荷物を放り出して逃げた挙句、遅れて村に到着しやがった! そして結界石を盾にして村を脅迫し、村の備蓄金を根こそぎ奪って逃げたんだ! 俺はこいつを止めようとしたが、闇討ちされてこの怪我を……っ! 俺が命からがらギルドへ報告に戻らなければ、村の被害は闇に葬られていた!」
ガルフの迫真の演技に、周囲の冒険者たちが「最低だな」「ポーターの風上にも置けねえ」とボッカへ罵声を浴びせる。
だが、ボッカは呆れたように短く息を吐き、ガルフを冷たい目で見据えた。
「……お前、現場の報告書もまともに書けねえのか」
「な、なんだと!?」
「いいか、三流。嘘をつくなら、もうちょっと『現場の状況』ってやつを計算して組み立てろ。お前の話には、致命的な欠陥(矛盾)が三つある」
ボッカの低く、しかしホール全体を通る重厚な声に、場が水を打ったように静まり返る。
ボッカは太い指を一本立てた。
「一つ。俺が結界石を盾に村を脅迫したって言ったな。だったら、なんで俺の手元に『ギルド公式の受領書』がある?」
ボッカが懐から取り出し、ギルドマスターの机に叩きつけた羊皮紙。
そこには、村長の直筆サインと共に、ギルドの評価欄で最も高い『特S級(多大なる感謝)』のスタンプが力強く押されていた。
「なっ……!? そ、それはお前が村長を脅して書かせた偽造だ!」
「ほう。じゃあ、二つ目だ」
ボッカは二本目の指を立て、ガルフのテーブルの上に転がっている『銀貨』を指差した。ガルフが先ほど、高級エールの代金として支払ったものだ。
「お前は『俺が村の金を根こそぎ奪った』と言ったな。だったら、なんでお前がその『辺境村特有の古い銀貨』を持ってるんだ?」
「え……っ?」
ガルフの顔が引き攣る。
ボッカはギルドマスターに向き直った。
「マスター。その銀貨をよく見てくれ。刻印がすり減った、辺境の村でしか流通していない旧硬貨だ。俺が村の金をすべて奪ったなら、逃げ帰ってきたはずのそいつの財布から、その銀貨がジャラジャラ出てくるのはおかしいよな?」
「た、確かに……。ガルフ、貴様、この金は……」
ギルドマスターの目が、疑惑の色を帯びてガルフを射抜く。
「ち、ちがう! これは俺の貯金で……そうだ! 村でこいつに斬られた時、俺の財布と混ざって……!」
もはや何を言っているのか自分でも分かっていないガルフ。
ボッカは容赦なく、最後の一撃(三つ目)を叩き込む。
(……おいロジ。例の『記録』、出せるか?)
『無論です、マスター。当システムは対象者の音声データを完璧に保存しています。ホログラムスピーカー、起動します』
ボッカの左腕のデバイスが青白く発光したかと思うと、ギルドホールの中央に、村での「あの夜」の音声が、ガルフの肉声と全く同じ波形でクリアに再生された。
『だ、騙されるな村長! こいつは荷物欲しさに俺の救助の手を振り払い……』
『村長、悲しんでいる暇はない! 俺への特別防衛費として、村の備蓄金から金貨20枚を今すぐ出せ!』
ガルフがボッカを陥れようとした言葉。そして、村を脅迫して金を巻き上げようとした動かぬ証拠。
「あ……あぁ……っ」
ガルフは膝から崩れ落ちた。周囲の冒険者たちは、先ほどまで同情していたのが嘘のように、一斉に殺意の込もった軽蔑の視線をガルフへ突き刺す。
「……マスター。村の金庫から金品を盗んで逃げたのはそいつだ。俺は村からの依頼で、村の井戸と防壁の基礎工事を終わらせてから帰ってきた。裏付けが欲しけりゃ、今すぐギルドの調査員をあの村へ飛ばせ。」
ギルドマスターは額の汗を拭い、深く、深く頭を下げた。
「……すまなかった、ボッカ。我々の完全な調査不足だ。おい! この卑劣な盗っ人を捕縛しろ! ライセンスの永久剥奪と、村への賠償金として奴の全財産を差し押さえる!」
「ひぃぃっ! や、やめてくれ! 俺が間違っていた! ボッカ、お前からも口添えしてくれ!」
職員たちに両腕を拘束され、無様な悲鳴を上げるガルフ。
ボッカは一瞥もくれず、背負子を下ろして冷たく言い放った。
「……現場に嘘は通用しねえんだよ。素人はすっこんでろ」
その渋すぎる一言に、ギルドホールの空気が完全に反転した。
「ボ、ボッカのおっさん……いや、ボッカさん! 疑ってすまなかった!」「あんな大崩落の山道を一人で踏破して、村の防壁まで直したのか!? あんた一体何者だ!?」
熱狂と羨望の眼差しが、泥だらけの運び屋に一斉に注がれる。
『マスター。見事な論証プロセスでした。周囲の好感度および信用スコアが、ギルド内ランクにて急上昇しています』
脳内でロジが告げる言葉を聞きながら、ボッカは「やれやれ」と肩をすくめ、未払いの報酬を受け取るために受付へと歩みを進めたのだった。
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