森の調達任務と、歩く巨大倉庫
深い泥のような眠りから覚めると、窓の外からは小鳥の囀りが聞こえていた。
『マスター。おはようございます。細胞の修復および疲労物質の分解、完了しました』
脳内に響くロジの涼やかなアラーム音と共に、ボッカはゆっくりと身を起こした。
太い首と肩の関節をボキボキと鳴らす。昨日の、あの地獄のような崩落事故と絶壁登頂を経験したにも関わらず、身体は驚くほど軽い。
「よし。最高の目覚めだ」
昨夜は暗くてよく見えなかったが、外へ出ると嵐はすっかり過ぎ去り、水たまりに朝の陽光が反射してキラキラと光っていた。
だが、村の広場に集まる村人たちの顔は一様に暗く、どんよりと沈み込んでいる。
ボッカの姿を認めるなり、白髭の村長が申し訳なさそうに歩み寄ってきた。
「ボッカ殿……おはようございます。結界石のおかげで、昨夜は魔物に怯えることなく眠ることができました。本当に、何と御礼を申し上げればよいか……」
「気にするな。俺は運ぶのが仕事だ。……だが、なんだって皆そんなにシケた面をしてるんだ?」
ボッカが尋ねると、村長は深くため息をついた。
「実は、昨日の嵐で村の古い備蓄庫の屋根が抜けましてな。なけなしの食料と、怪我人を治すための『薬草』が水浸しで全滅してしまったのです。おまけに……あのガルフと名乗る嘘つきの剣士が、夜逃げのついでに村の金目の物を少し持ち逃げしまして……」
「……あの野郎。とことん腐ってやがるな」
ボッカは忌々しげに舌打ちをした。
本来なら、森へ物資の調達に向かうのは護衛の冒険者か、村の若い衆の仕事だ。だが、その若手たちも怪我で寝込んでいるという。
「ボッカ殿にこれ以上甘えるのは筋違いと分かっております。ですが、どうか……森へ入り、少しでも薬草と薪を集めてきてはいただけないでしょうか。もちろん、村の残りの金品を集めて必ず報酬は――」
「金は後でいい。任せておけ。俺は運び屋だ、荷物の調達と運搬は専門分野だからな」
ボッカが二つ返事で快諾し、巨大な木製の背負子のベルトを締め直した、その時だった。
『マスター。提案があります』
脳内でロジが声を上げる。
『昨晩、マスターの睡眠中に遺跡から吸収した残存エネルギーを変換し、「空の設営カプセル」を2つ生成しておきました。
森へ向かうのなら、村の依頼をこなしつつ、マスターが立案したインフラ改修のための『資材』も同時に調達可能です』
「ほう? この村の『防壁』と『井戸』を直すための資材か」
ボッカの目に、職人としての鋭い光が宿る。
『はい。村の周囲に広がる森には、鉄と同等の強度と柔軟性を持つ【黒鉄樹】の群生地があります。それを一つ目のカプセルに。
そして森の奥の泉には、不純物を吸着し、微量の回復魔力を水に付与する【清流の魔石】が沈んでいます。これを二つ目のカプセルに吸収させてください』
「一石二鳥ってやつだな。上等だ。……行くぞ、相棒」
ボッカは誰にも見えないように口元でニヤリと笑うと、村の裏手から、鬱蒼と茂る広大な森へと足を踏み入れた。
森の中は、嵐の爪痕で足場がぬかるみ、倒木が散乱する最悪の環境だった。普通の村人なら、歩くだけで体力を奪われ、遭難しかねない。
だが、今のボッカは違う。
視界に展開された青白い【インフラUI】は、地形の起伏や地盤の硬さだけでなく、目的の植物や鉱石の反応まで見事にハイライト表示してくれていた。
【アオバ薬草(止血効果)】
群生地:前方30メートル / 採取適性ルート:右方の岩場沿い
【乾燥した良質な倒木】
燃焼効率:B / 重量:12kg
「こいつはすげえな。薬草探しで迷う手間が省ける」
ボッカはプロの無駄のない動きで、指定された薬草を根を傷つけないように素早く摘み取り、さらに燃料となる良質な薪を次々と背負子に括り付けていく。
ただ漫然と積むのではない。重心がブレないよう、重い木材を下部に、軽い薬草を上部に配置し、革ベルトのテンションを完璧に調整する。
これは長年の経験がないと絶対にできない「運搬の芸術」だった。
さらに道中、UIが黄色く発光し、目的地を示した。
【黒鉄樹】
硬度:A / 腐敗耐性:S
「こいつか。なるほど、木というより殆ど金属だな」
ボッカは黒鉄樹の太い幹の前に立つと、腰から愛用の重いツルハシを引き抜いた。
UIが示す、木目の最も脆い『クラック(亀裂)』のポイント。そこへ向けて、腰の捻りと巨体の体重を乗せた、完璧なスイングを叩き込む。
ガァァァンッ!!
火花が散るような硬い音と共に、黒鉄樹の幹が大きく抉れた。
ボッカは剥き出しになった強靭な木材の破片に、一つ目の空のカプセルを押し当てた。
ズギュンッ! と小気味良い音を立て、巨大な木材の成分が、液体のように一瞬で手のひらサイズのカプセルへとスキャン・吸収されていく。
さらに森の奥へ進み、UIのナビゲーションに従って濁った泉の底を探り、青く澄んだ【清流の魔石】を見つけ出すと、二つ目のカプセルへと取り込んだ。
『素材スキャン完了。マスター、いつでも【絶対防護の柵】と【浄水機能付きの井戸】のクラフトが可能です』
「よし。これで現場の準備(段取り)は完了だ」
昼下がり。
村の広場で不安げに待っていた村長たちの前に、ズシン、ズシンと重い足音を立ててボッカが姿を現した。
「おおっ! ボッカ殿が戻られたぞ!」
「……う、嘘だろう!? 見ろ、あの荷物の量を!」
村人たちがどよめき、目玉を飛び出さんばかりに見開いた。
それもそのはずだ。ボッカの背負子には、村の屈強な男たちが数人がかりで三日かけても集まらないほどの大量の薬草、薪、そして食べられる木の実が、まるで小さな山のように積み上げられていたのだ。
総重量は、間違いなく150キロを超えている。
しかしボッカは、息一つ乱すことなく、完璧なバランスでそれを背負い、広場の中央でピタリと足を止めた。
「依頼の品だ。乾燥した薪はこっち、薬草はこっちに分けてある。すぐに使えるはずだ、検品してくれ」
ドスンッ! と地響きを立てて巨大な荷物を下ろすボッカ。
「あ、ありがとうございます……っ! これで村は助かります!」と泣いて拝み倒す村人たちを前に、ボッカはポケットの中で鈍く光る『2つのカプセル』を硬い指で弄りながら、精悍な笑みを浮かべた。
「村長。依頼のついでに、あんたたちに一つ『提案』がある」
「て、提案、でございますか? 我々にできることなら何なりと……!」
「ああ。この村の、今にも魔物に破られそうな『腐りかけの柵』と、泥水しか出ない『枯れかけの井戸』」
ボッカは空の太陽を見上げ、それから村の粗末な設備をぐるりと見渡した。
インフラのプロフェッショナルとしての、圧倒的な自信に満ちた声で告げる。
「――俺が今から、最高の設備に『造り直して』やる」
呆然と口を開ける村人たちを尻目に、ボッカは腰の太いベルトをグッと締め直し、村の中央にある井戸へと力強い歩みを進めていった。
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