鉄の轍、赤い深淵
暗闇の中を、先輩を載せた魔導キャリアが火花を散らして爆走する。レールの継ぎ目を叩く重低音が、閉鎖的な地下通路に反響し、背後の闇をさらに濃く塗りつぶしていくようだった。
その行く手を阻むように、巨大な産廃の山が蠢いた。
スクラップ、キメラ。数千もの廃棄部品が腐食液で固められ、意思を持ったゴミの塊として線路を塞いでいる。その中央で、十数個の赤い光学センサーが不気味に発光した。
「ガッシュ、ハッチを閉めろ」
操縦席のボッカは、加速レバーを一段階、引き絞った。キャリアが激しい金属音を立てて減速し、キメラの手前数メートルで停止する。
ボッカは先輩のハッチを跳ね上げ、地質診断ハンマーを手に、キャリアの上へと飛び出した。
「お、親方! なんで止まるんだよ! ……いや、止まってくれて助かったけど……。あんなデカブツ、俺がぶっ飛ばして……やりたいのは山々だぜ、ちくしょう……!」
ガッシュが先輩の外装にしがみつき、ハンマーを振り回す。
「し、師匠! 無茶っスよ! ガッシュ兄さん、危ないからこっちに寄るっス! ぶつかるっス!!」
テオがデータ端末を抱え込み、青ざめた顔で先輩の脚にしがみついた。
ボッカは二人の声を無視し、ただ一点、キメラの胸元にある黒い隙間だけを見つめていた。
ハンマーの柄を短く持ち、コンコン、とキャリアの床を叩いて音の反響を確かめる。
「あんなのはただの不法投棄物の溜まり場だ。……芯を抜けば、ただのゴミだ」
ボッカはハンマーを構え、キメラの巨躯へと視線を走らせた。
十数個の赤い眼が、一斉にボッカを捉える。キメラが産廃の腕を持ち上げ、叩きつけようとした瞬間。
「そこだッ!」
ボッカのハンマーが閃いた。
狙ったのは、キメラの胸元、廃材が複雑に絡み合った奥にある、わずかな隙間。
カーン! という高い金属音が地下通路に響く。
ボッカのハンマーから放たれた微弱なマナ・パルスが、キメラの体内を駆け巡り、その構造を瞬時に露わにした。
「……見つけたぞ。ロジ、核の位置を特定。……第4油圧シリンダーの真下だ。……そろそろ、終わらせるか」
ボッカがニヤリと笑い、ハンマーを逆手に持ち替えた。
その時だった。
ギチィィィ……ギチィィィ……。
ボッカの足元、キャリアの下を走るレールから、金属と金属が擦れ合い、何かを噛み砕くような巨大な音が響いてきた。
「親方! 下だ、下からなんか来るぜ!」
ガッシュが叫ぶ。
ボッカがその場から飛び退いた瞬間、レールの隙間から、キメラの数倍はあろうかという巨躯を持つ、守護機兵カースの成れの果てが這い出してきた。
1200年前、プラントを警備するために作られた自律型重機。だが、それはすでに重機の形を留めていなかった。数百もの油圧アームが百足のように蠢き、全身を廃棄された古代合金の装甲で覆った、異形の怪物。
ムカデ型の守護機兵は、ボッカの手前にあったキメラを、その巨大な顎で、まるで邪魔なゴミを退けるように噛み砕いた。
キメラは悲鳴を上げる暇さえなく、鉄屑へと戻り、守護機兵の体内に飲み込まれていく。
「な、なんすか、あれ……。山が動いてるっスか?」
テオが、興奮で震える声を出した。
「な、なんだよテオ! なにびび、びびってんだ……っ! 親方が止まったんだ、何か……何か理由があるに決まってんだろ! ほら、見ろよ、あいつ……隙だらけじゃねえか、多分! ……ああクソ、俺が……俺が、様子を見てきてやるよッ!!」
ガッシュは震える手でハンマーの柄をへし折らんばかりに握り締め、先輩から転がり落ちるように飛び降りた。足がもつれそうになりながらも、彼は叫び声を上げて守護機兵に向かって走り出す。
「戻れガッシュ! こいつはただの不法投棄物じゃねえ!」
「マスター、警告! 敵個体は先ほどのキメラを捕食し、さらに質量を増大させています。このキャリアの速度では、一分以内に追いつかれます!」
「ロジ、マナのバイパスを焼き切っても構わねえ! 出せ! 出せるだけ出せッ!」
ボッカが叫び、先輩のハッチへ飛び込む。ガッシュを強引にアームで掬い上げ、キャリアをフル加速させた。
先輩の魔導炉心から過負荷の警告音が鳴り響き、キャリアの車輪から真っ赤な火花が噴き上がる。
「ひえぇぇっ! 師匠、助けてっス! ガッシュ兄さん、もうダメっス、追いつかれるっス!!」
テオが先輩の脚部に顔を埋め、泣き出しそうな声を上げる。
「お、俺が!俺と親方で守るから!だ、だ大丈夫だ!」
ガッシュがテオの襟首を掴み、力任せに引き寄せた。
ボッカはレバーを両手で引き絞り、迫り来る巨大な爪を紙一重でかわす。守護機兵の爪がレールの壁を削り、火花の雨が先輩の背中を打った。
目的地である中継拠点の重厚なハッチが、ライトの先に現れる。
「ロジ、ハッチの開閉コードを先行入力しろ! コンマ一秒でも遅れたら、俺たちはあの扉に激突して挽肉だ!」
「入力済みです! ですがマスター、扉が閉まるまでの時間が足りません!」
「やるしかねえんだよ!」
キャリアがハッチの中に飛び込んだ瞬間、ボッカは操縦席から身を投げ出した。
機体が火花を上げながら拠点内へと滑り込む慣性を利用し、ボッカは床の上を激しく転がりながら、壁に設置された巨大な非常停止レバーへと肉薄する。
「止まれ、そして閉まれッ!!」
ボッカは全身の筋力を振り絞り、壁の赤いレバーを渾身の力で引き下げた。
ガコンッ! という重厚な機械音と共に、拠点内の非常ブレーキが作動。キャリアが激しい摩擦音を立てて停止すると同時に、巨大な鋼鉄の防壁ハッチが地響きを立てて落下した。
ドォォォォン……!!
扉が閉まった直後、守護機兵が激突したと思われる凄まじい衝撃が走った。厚さ一メートルを超えるはずの防壁ハッチが、内側に向かって大きく歪む。
そして静寂が訪れた。
だが、それは安息ではなかった。
歪んだ扉の隙間から、ギィィという嫌な音が漏れる。
守護機兵の赤い光学センサーが、わずかな隙間にレンズを押し込み、こちらを覗き込もうとしているのが分かった。
「親方、助かったのか……? はぁぁー…しぬかとおもったぁ…。」
ガッシュが荒い息を吐きながら、腰の道具袋を握りしめる。
「わ、分からないっス……扉が、あんなにひしゃげて……心臓が止まるかと思ったっス……」
テオが床にへたり込み、ガガタと膝を震わせている。
ボッカは何も答えず、汗で滑る手でポーチに残っていた最後のカプセルを握りしめた。
だが、ロジの次の言葉が、拠点の空気をさらに凍りつかせた。
「マスター、モニターを見てください。下層マップの広域スキャンが完了しました」
ボッカは、ノイズ混じりの巨大なモニターに目を向けた。
そこには、今逃げてきた守護機兵の反応が、小さな光の点として表示されていた。
だが、その守護機兵すら、ただの小さな埃に見えるほどの、圧倒的な熱源反応がその直下に鎮座していた。
下層エリア全域を、真っ赤なエラー表示が塗りつぶしている。
それは巨大な心臓のように、ゆっくりと、不気味に明滅を繰り返していた。
「……おい、ロジ。この熱源の規模、スキャンの故障じゃねえのか。これじゃあまるで、プラントの階層そのものが生きているみたいじゃねえか」
ボッカの問いに、ロジのホログラムが激しく明滅し、ノイズ混じりの声が返る。
「否定します、マスター。……。光学センサー、振動感知、魔導波測定。すべての数値が一致しています。この熱源、いえ、この質量こそがカースガルドの最下層を占拠している本体です。……。先ほどの守護機兵ですが、分析を完了しました。あの個体は我々を追っていたのではありません」
「どういうことだ」
「……あの個体は、この深淵から、逃げていたんです」
ロジの声が、今までにないほど冷たく響いた。
歪んだハッチの向こう側で、守護機兵が金属を軋ませるような悲痛な音を立てている。それは獲物を逃した悔しさではなく、背後の深淵に引きずり戻されることを恐れる、断末魔の叫びのようだった。
歪んだハッチの向こう側で、守護機兵が金属を軋ませるような悲痛な音を立てている。それは獲物を逃した悔しさではなく、背後の深淵に引きずり戻されることを恐れる、断末魔の叫びのようだった。
「……に、逃げてた? あのバカデカいムカデが、あんな声出して……何かから逃げてたってのかよ。冗談じゃねえぜ、親方。そんなヤバいのが下にいるなら、お、俺たちは、一歩も動けないんじゃ…」
ガッシュが震える手で膝を叩き、無理やり立ち上がろうとする。だが、その足取りはいつもの威勢の良さが消え、がたがたと小刻みに揺れていた。
「そ、そうっスよ師匠! 下層エリアの毒性値も、ここからじゃ測定不能なレベルっス! 物理法則すら歪んでるかもしれないっスよ……! 戻りましょう、今すぐ戻るべきっス!」
テオが床に這いつくばったまま、狂ったように点滅するデータ端末を指差す。
ボッカは脂汗を拭い、壁に寄りかかりながら床に座り込んだ。
そして、拠点内の備蓄倉庫から見つけてきた、1200年前の保存用コーヒーを一口啜る。泥水のように不味く、苦いだけの液体が、乾いた喉を焼いた。
「おいテオ! 情けねえ声出すんじゃねえよ! ……。大丈夫だって。俺と、親方がついてんだろ? なあ、そうだろ? ほら、笑えよテオ。……お、俺だって、心臓が口から飛び出しそうだけどよ。親方がまだやるって顔してんだ。……俺たちが震えてたら、誰が親方を支えるんだよ、ちくしょう……!」
ガッシュは自分の震える手を隠すようにテオの肩を掴み、無理やり顔を覗き込んで笑ってみせた。その笑顔はひきつり、目は泳いでいたが、必死に弟分を安心させようとする兄貴分としての虚勢だった。
「……。ロジ。……。この熱源が、地上まで伸びているあの詰まりの元凶なんだな」
「肯定。……。この心臓のような熱源が、プラントの全エネルギーを不当に吸収し、循環を止めています。これを除去しない限り、真の浄化は不可能です」
ボッカは空になったカップを床に置き、ゆっくりと、だが力強く立ち上がった。
ハッチの向こう側では、ついに守護機兵の叫びが止まり、不気味なほどの静寂が拠点を包んでいた。
「……。上等だ。……。俺たちは掃除屋じゃねえ。インフラ屋だ。どんなにデカい詰まりだろうが、道具と重機がありゃあ、通せない道はねえ」
ボッカはポーチに残された最後の一発のカプセルに触れ、その感触を確かめる。
「テオ、ガッシュ。震えてる暇があったら、道具を研いでおけ。……。次の現場は、この世界の詰まりの正体だ。……。ロジ、先輩の整備を始めろ。……。ここからは、命を削る工事になるぞ」
「ああ、分かってるよ! 研げばいいんだろ、研げば! ……ほらテオ、行くぞ! 泣いてる暇があるなら、お前のハンマーと、親方の道具をピカピカに磨くぞ! 俺が、俺がまた先陣切ってやるからよ……!」
ガッシュが震える腕でテオを強引に引き立たせ、ボッカの背中を追う。
ボッカの視線の先、真っ赤に染まった深淵が、彼らを嘲笑うかのように脈動を続けていた。
その赤は、警告の色であり、同時に挑戦を待つ炎のようでもあった。
鉄の轍が再び鳴り響くその時まで。
職人たちの、束の間の休息が始まる。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございます。
これにて、第一部「地下プラントの目覚め編」は無事に(?)完工となります。
そして本日、この現場にとって何よりの「資材」をいただきました。
初めてのブックマーク、そして評価10pt……!本当にかみ締めております。
197人という多くの方に現場を覗いていただき、その中の一人でも「この工事の続きを見たい」と、安全靴を履いて現場に定住してくださったこと。そして、ボッカの仕事ぶりに満点の評価をくださったこと。
暗い地下通路に、1200年ぶりに灯がともったような、そんな震えるほど嬉しい気持ちです。本当にありがとうございます!
物語はここから第二部「深淵の心臓:緊急貫通工事編」へと突入します。
「……。ふん。10ポイントか。……。――。重てえな。この期待に泥を塗るような施工はできねえぞ」
ボッカはそう言って、また不味いコーヒーを啜りながら、歪んだハッチの先を睨んでいます。
ガッシュの震える虚勢、テオの冷や汗混じりの分析。
そして、彼らが命をかけて挑む「世界の詰まり」の正体とは。
「……。どんなにデカい詰まりだろうが、道具と重機がありゃあ、通せない道はねえ」
親方の背中を追って、第二部も一気に掘り進めてまいります。
もし少しでも「続きが気になる!」「ボッカたちの現場を応援したい!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などで「現場への差し入れ(ポイント)」をいただけると、ボッカの魔導炉心(執筆意欲)が限界を超えて回ります。
数時間後の第二部着工まで、しばし休憩です。
それでは皆様、ご安全に!




