鉄の轍(わだち):地下特急と産廃のキメラ
中継制御室の巨大モニターが、ノイズ混じりの青い光を放っている。
ボッカは、ロジが展開したプラントの全体図を食い入るように見つめていた。血管のように張り巡らされた無数の通路と、それらを繋ぐ巨大な縦孔。
「師匠……これ、どこをどう歩けばいいのかさっぱり分からないっスよ。完全に迷路じゃないっスか」
テオがモニターの端から端まで指でなぞりながら、途方に暮れた声を上げた。
隣でガッシュも、腕を組んで首を振る。
「ああ、こんなの、闇雲に歩いてたら何年経っても最深部には着けねぇよ親方、これ本当に全部掃除しなきゃなんねぇのか?」
ボッカは振り返らず、モニターに表示された一本の「太い線」を指差した。
「……。ここはただの洞穴じゃねえ。人工物だ。地図がありゃ、それは迷路じゃねえ。ただの作業現場だ」
ボッカの言葉に、ロジがホログラムの体を揺らして補足を入れる。
「マスターの言う通りです。解析の結果、この施設カース・ガルドの正体が判明しました。ここは古代帝国の『超深度・環境制御プラント』。地上から排出されるあらゆる産廃を分解し、再び純粋なマナへと精製する、巨大なリサイクルセンターです」
「リサイクルセンター……? ゴミ捨て場ってことっスか?」
「……。そうだ、テオ。帝国が吐き出したカスをここで洗い流し、綺麗なエネルギーに変えて地上に送り返してた。いわば帝国の心臓であり、腎臓だ。ここが詰まったから、世界のマナが淀み、不法投棄物が魔物に変貌した」
ボッカは立ち上がり、先輩の操縦席へと飛び乗った。
「物流が死んでるから、ゴミが溜まる。……。なら、まずは動脈を叩き起こすぞ。ロジ、レールを映せ」
モニターに、プラントの各階層を縦断する「運搬用レール」のネットワークが浮かび上がった。かつて無数の資材トロッコが駆け抜けた、地下の高速道路だ。
「このレールを辿れば、各エリアにある『中継セクター』へ最短で到達できる。拠点を一つずつ開放し、換気と照明を繋ぎ直せば、この迷宮は俺たちの庭になる」
ボッカは先輩を操作し、制御室の重厚な防壁扉を開いた。
その先には、錆びついた二本の鉄路が、果てしない闇の奥へと伸びていた。
「野郎ども、資材倉庫へ向かうぞ。レールを塞いでるガラクタを片付けながら、俺たちの『足』を確保する」
数分後、一行はレール沿いにある巨大な資材倉庫へと到着した。
そこは、1200年前の工事資材が山積みになったまま、時間が止まった空間だった。
だが、平穏ではない。倉庫の奥からは、金属を齧るような不気味な音が響いている。
「親方! あそこ、なんか動いたぜ!」
ガッシュが声を荒らげた。先輩のライトが照らし出したのは、体長一メートルほどもある、ネズミ型の魔導生物の群れだった。
それらは倉庫に保管されていたレアメタルの回路を齧り、自らの体の一部として取り込んでいた。
「……。ロジ、あれは不法投棄物か?」
「肯定。廃棄された魔導パーツを捕食し、自己増殖した変異種です。……マスター、奴らが巣に溜め込んでいるパーツの中には、カプセルの素材として最適な『高純度魔導核』が多数含まれています」
「……。ふん。不法占拠の上に、資材の着服か。……。重罪だな。ガッシュ、テオ! 武器を持て! 駆除もインフラ屋の仕事だ!」
ボッカはカプセルを使わず、先輩のバケットを巨大な平手打ちのように振り回した。
ネズミたちが飛びかかってくるが、ボッカは冷静に、重機の質量でそれらを叩き潰していく。
「師匠、こっちにも来たっス! うわぁ、噛みつかれるっス!」
「……。慌てるなテオ! 足元のガラクタを盾にしろ! 現場のゴミは、使い方次第で武器になる!」
ボッカの指揮のもと、弟子たちも必死で応戦した。
やがてネズミの群れを追い払うと、その巣の中から、黄金色に輝く精密な歯車や、脈動する魔導基板が大量に転がり出してきた。
「よし。ロジ、回収しろ。こいつを素材にして、カプセルを詰め直す」
ボッカはポーチから空のカプセルを取り出し、バケットに放り込まれた特級素材を流し込んだ。
青白い光がカプセルに宿り、重厚な質量を取り戻していく。
「……一発、装填完了。ロジ、続けて台車の具現化設計をしろ」
ボッカは倉庫に放置されていた、錆びて動かない巨大なトロッコの台座に手をかけた。
最後の一発のカプセルを叩きつける。
「……。再構築! インフラ特急、開通だッ!」
カプセルの光が錆を食らい、魔導モーターと融合していく。
数秒後、そこには先輩をそのまま積載し、レールを爆走するための「魔導キャリア」が完成していた。
「……。これで工期を半分に縮める。野郎ども、振り落とされるなよ!」
先輩を台車に載せ、ボッカがレバーを倒した。
キィィィィン! という高周波の駆動音と共に、1200年ぶりにレールの上の空気が切り裂かれた。
加速する先輩。暗闇の中を、オレンジ色の火花を散らしながら、インフラ特急が突き進む。
先輩を載せた魔導キャリアは、1200年の眠りを叩き起こされた咆哮を上げ、暗闇のレールを切り裂いていく。
時速数十キロ。地下空間を抜ける風が、操縦席のボッカの頬を叩き、背後ではガッシュとテオが先輩の脚にしがみついて悲鳴に近い声を上げていた。
だが、その加速が最高潮に達しようとした時、ロジのホログラムが激しく乱れた。
「……マスター、警告。前方、および線路全域に高濃度のマナ干渉を確認。……。このパターンは、静止物ではありません」
「なんだと……? ブレーキはかけねえぞ。このまま突き抜ける!」
「不可能です。障害物の質量、推定……。――。先輩の三倍以上。衝突すれば、このキャリアごと粉砕されます」
ロジの声に、ボッカは舌打ちしながらブレーキレバーを叩いた。
キィィィィィィッ! という、鼓膜を劈くような金属摩擦音が地下通路に反響し、レールから激しい火花が飛び散る。
激しい慣性に煽られながら、キャリアはようやく、次のセクターへと繋がる巨大なハッチの前で停止した。
静寂が戻る。
だが、その静寂は、死よりも重かった。
「……。おい、ロジ。ライトを前方に集中させろ」
ボッカの声が、かつてないほどに低く沈む。
先輩の主砲級ライトが、ゆっくりとハッチの周囲を照らし出した。
そこには、巨大な「肉の壁」があった。
いや、それは肉ではない。1200年分の廃棄物が、腐食液と混ざり合い、一つの生命体のように寄り集まった「産廃の塊」だった。
ハッチの半分を覆い隠すその巨躯は、鈍い金属光沢を放ちながら、ドクン……ドクン……と、機械的な脈動を繰り返している。
「な、なんだよあれ……。山が動いてるのか?」
ガッシュが震える声で指差した先。
その塊の中央付近で、いくつもの「赤い光」が同時に灯った。
それは、モニターで見た「真っ赤なエラー」の正体。
廃棄された魔導具のレンズが、スライム状の肉に飲み込まれ、不気味な「眼」へと変貌したものだった。
十数個の赤い瞳が、一斉にボッカたちを捉え、焦点を合わせる。
「……。ロジ。……。こいつはただの不法投棄物じゃねえな」
「肯定。……。個体名、仮称『スクラップ・キメラ』。……。このセクターの廃棄システムを捕食し、自らが『動く集積所』と化したプラントの癌細胞です。……。マスター、奴の体内には、まだ拍動を続ける旧時代の魔導炉心が確認できます。……。あれを止めない限り、道は開きません」
ズ、ズズ……。
巨大な影が、レールを軋ませながら一歩前に踏み出した。
その巨体から溢れ出した腐食液が、線路をジュウジュウと溶かしていく。
「……。挨拶もなしに通り過ぎるわけにはいかねえらしいな。……。野郎ども、腰を抜かしてる暇はねえぞ。……。こいつを片付けなきゃ、俺たちの特急は終点まで行けやしねえ」
ボッカはキャリアの上で、ゆっくりと地質診断ハンマーを抜き放った。
暗闇の奥、十数個の赤い眼が、獲物を仕留めるために怪しく発光を強める。
地下プラントにおける、初めての「大型案件」が、その牙を剥いた。
一挙公開、お付き合いいただきありがとうございました!もし気に入っていただけたら、ブクマや【ご安全に!】の感想をいただけると、ボッカのカプセルがチャージされます!」




