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ボッカ監督の異世界インフラ革命 〜古代遺跡を修理していたら物流が大陸を支配しました〜  作者: コケグマ


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職人の休息:古代の出汁(だし)と深部の鼓動

泥と油、そして産廃スライムの腐食臭にまみれた長い一日が、ようやく一息つこうとしていた。


早朝から門を削り、地下への道を切り拓いてから数時間。中継制御室に灯ったオレンジ色の非常灯は、絶望的な暗闇の中に、わずかばかりの人間的な安らぎをもたらしていた。


「……生き返るっス。これ、最高っス……」


リフレッシュルームの隅で、テオが感極まった声を上げた。

1200年前の「マナ洗浄シャワー」から噴き出す細かい霧が、皮膚にこびりついた汚れを魔力で分解し、剥がし落としていく。


ガッシュも隣で、新品のように白くなった自分の腕を眺めて、威勢よく声を上げた。


「へっ、さすがは古代帝国だ。風呂まで魔導具とは恐れ入ったぜ! 親方、これ地上に持ち帰ったら、長屋の連中にえらい自慢ができるっスよ!」


「……。バカ言え。インフラは共有財産だ。独り占めしようとした奴から順に、現場の神様に見放されるぞ」


ボッカは操縦席から身を乗り出し、先輩の各関節に古いグリスを差していた。

耳を澄まし、駆動音のわずかな歪みを聞き分ける。ランクが落ちた今、機体のコンディション管理は生死に直結する。

そんなボッカの肩には、ホログラムのロジが周囲を浮遊しながら、内部計器をチェックしていた。


「マスター。カプセルの再充填状況を報告します。外部給電、および地上で恩恵を受けた住民たちのバイタル向上を『感謝マナ』として受信。一発目のチャージ、完了しました」


「……。ふん、街の奴ら、ぐっすり眠れてるようだな」


ボッカの腰のポーチで、空だったカプセルが一つ、青白い光を宿して重みを増した。

ボッカはそれを見ることなく、給湯室へと足を向けた。


「腹が減った奴から死ぬのが現場だ。野郎ども、シャワーが終わったら飯にするぞ」


ボッカは持参したリュックから、石のように固い干し肉と乾燥パンを取り出した。

それだけでは味気ないが、彼は給湯室の戸棚を次々と開け、備蓄されていた小瓶を見つけ出した。


「ロジ、こいつをスキャンしろ。1200年前の災害用、長期保存調味料だ。……食っても中らねえか?」


ロジの瞳から細いスキャン光線が放たれ、小瓶の中の琥珀色の液体を解析する。


「成分解析完了。高濃度マナによる防腐処理が完璧に機能しています。細菌増殖率ゼロ。食中毒の危険性はありません。……ですがマスター、これは成分が超濃縮されています。過剰摂取は推奨されません」


「……。問題ねえ。現場の人間には、これくらいのパンチが必要なんだよ」


ボッカは鍋に干し肉とパンを放り込み、古代の水を注ぐ。

そこへ、ロジがお墨付きを与えた琥珀色の液体を惜しみなく一垂らしした。


次の瞬間、リフレッシュルーム全体に、暴力的なまでに芳醇な、肉とスパイスの香りが爆発した。


「……っ!? 何だこの匂い! 腹の虫が暴れ出すっス!」


ガッシュが服もそこそこに駆け寄ってくる。

ボッカは無言で、煮えたぎるスープを三つの器に分けた。

一晩煮込んだような深いコクが、ただの干し肉を高級食材へと変貌させていた。


「……。食え。……。塩分濃度は計算してねえ。舌で感じろ」


弟子二人は、熱いスープを一口啜った瞬間、言葉を失った。


「う、美味すぎる……! 親方、これ本当にあのガチガチの肉っスか? ほっぺたが落ちるってのは、こういうことを言うんスね!」


「師匠……俺、このスープのためなら、明日からスライムの海でも泳げるっスよ!」


一心不乱に食らいつく二人を、ボッカは背を向けて眺めていた。

わずかに、彼の口角が上がる。


「マスター。左口角がコンマ数ミリ上昇。心拍数の安定を確認。……。素直に、喜んでいると言えばどうですか?」


「……。黙ってろ、ロジ。……。揮発成分が目に染みただけだ。……。心拍数が上がったのは、次の資材回収の手順を考えてるからだ」


「いいえ。分析によれば、それは照れ隠しに該当します」


二人の漫才のようなやり取りを、スープを飲み干したテオが熱い視線で見つめていた。

テオは震える手で、最後の一杯を汲み、ロジの前に差し出した。


「ロ、ロジ様! もしよろしければ、これ……お供えっス! 女神様のおかげで、俺たち生きてられるっスから!」


ロジは、テオが差し出したスープの湯気を無表情で見つめた。


「……。私は情報の集積体であり、物理的な栄養摂取は不可能です。あなた方のエネルギー欠落を、これ以上見過ごすことはできません。テオ。その一杯は、明日のあなたの労働力となるべきものです。速やかに自身の細胞へ再投入しなさい」


「……。は、はいっ! すみません女神様、ありがたく頂くっス!」


テオが感激しながらスープを飲み干す。

それを見てガッシュが「神様とあんな風に語らうなんて、やっぱり親方は何者なんだよ」と戦慄していた。

食後、制御室にはつかの間の静寂が訪れた。

弟子たちは仮眠室のベッドに倒れ込み、数秒でいびきをかき始めた。


だが、ボッカだけは動かなかった。


オレンジ色の照明の下で、彼は地質診断ハンマーを研ぎ、先輩の関節に一本ずつ油を注ぎ続ける。

その時、ボッカの背筋に、針で刺されたような冷たい感覚が走った。

モニターに映し出された、地図の深部の真っ赤なエラー。


そこから、何かがこちらをじっと見つめている。

物理的な視線ではない。もっと根源的な、捕食者が獲物の位置を確定させた時のような、不気味な気配。


ズゥゥゥン……。


先ほどより低い、重厚な地鳴りが床を伝ってボッカの足裏を揺らした。


「……。ロジ。……。さっきから、誰かに現場を覗き見されてる気分だ」


「同感です、マスター。……。真っ赤に染まった最深部、魔導炉心エリアからの、未知の干渉波を感知しています」


ボッカは研ぎ終えたハンマーを腰に差し、先輩の操縦席をポンと叩いた。

震える弟子たちを余所に、彼は平然と、明日への準備を続けた。


「……。ふん。見てるなら見てろ。……。現場監督が、汚れた現場を見逃すとでも思ってるのかよ」


暗闇の奥で眠る巨大な不法投棄物に対し、ボッカは背中でその覚悟を示していた。

次回はいよいよ「素材」を求めて地下資材倉庫へ。そこには一体、どんな「片付けられていないもの」が待っているのか……。

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