中継拠点の設営:暗闇の中の灯火
泥土の道を三百メートルほど進んだ先。先輩のライトが、重厚な気密扉を映し出した。
ロジの案内通り、そこには中央制御室へと繋がる通路の入り口があった。
「ガッシュ、テオ。周囲を警戒しろ。不法投棄物の残党がいるかもしれねえ」
「了解だ親方!」
「師匠、こっちの配管の裏は異常なしっス!」
ボッカは先輩を操作し、手動の油圧レバーをこじ開けた。
プシュゥという力ない排気音と共に扉が開き、一行は埃にまみれた制御室へと足を踏み入れた。
そこは、1200年前の時間が止まったままの空間だった。
壁一面を埋め尽くす巨大なモニター、操作レバーが並ぶコンソール、そして見たこともない形状の古代遺物が散乱している。
「うぉわぁ……。これ、全部お宝なんじゃねぇのか?」
ガッシュが、床に落ちていた銀色の筒を拾い上げる。
「親方! これ、なんかすごい魔導具っぽくねぇか? 振るとチャカチャカ音がするぜ!」
「……見せてみろ。ふん、ただの自動測量計の部品だ。しかも中のゼンマイが錆びてやがる。ガラクタだ、捨てろ」
「ガラクタ!? これが……?」
ガッシュがガッカリして筒を放り出す一方で、テオは机の上に置かれた不思議なガラス玉を覗き込んでいた。
「師匠、こっちはどうっスか? 中に小さな文字が浮いてるっス……」
「……それはマナ残量の記録媒体だ。現場の出勤簿みたいなもんだな。飯の種にはならねえ」
「出勤簿……1200年前の人も、僕たちみたいに判子とか押してたのかと思うと、なんか親近感が湧くっスね」
弟子たちが驚きと戸惑いの中で古代のゴミを漁っている間、ボッカは眉間に皺を寄せて先輩の計器類を確認していた。
「ロジ、魔導コアの状況はどうだ」
「芳しくありません。先輩の内蔵炉心は1200年前の規格です。先ほどのランクBでの最大出力機動により、冷却系が悲鳴を上げています。このままでは強制スリープに入り、先輩のライトが消灯。再起動には数日を要することになります」
ロジが半透明の体で、先輩の動力部に手をかざす。
ボッカは道具袋をまさぐり、残り少ない資材を確認した。ポーチに入っているカプセルは、あと1個。
「カプセルは残り一個。これで制御室の電源を叩き起こし、先輩を給電させる。失敗すれば、真っ暗闇の中で一晩中モンスターの影に怯えることになるぞ」
ボッカは先輩の操縦席から身を乗り出し、外の様子を伺った。
埃っぽい空気。だが、肩に浮遊するロジが放つ淡い青白い光が、ボッカの周囲だけを優しく照らしている。
「おい、テオ。その埃だらけの椅子を拭け。ガッシュは床のガラクタを隅に寄せろ。ここが今日からの俺たちの現場事務所だ。泥まみれのままじゃ、いい仕事はできねえからな」
弟子たちは「了解っス!」と元気よく答え、泥だらけの手を拭いながら掃除を始めた。
その作業の合間、二人は小声で、肩にロジを浮かべて作業するボッカを見ながら囁き合う。
「……なぁ、テオ。やっぱり親方、凄すぎないか? さっきから女神様と普通に言い合いしてるぜ」
「本当っスよ、ガッシュ兄さん。女神様が肩に乗って指示を出してるなんて……師匠、もしかして前世で神様と契約でもしたんじゃないっスか? それとも、もう親方自身が半分くらい神の領域に足を踏み入れてるのかも……」
「神と対等に渡り合う現場監督か……。俺たちが逆らったら、天罰とか落とされそうだな」
二人の会話はボッカの耳にも届いていたが、彼は鼻で笑って無視した。
「……何言ってんだ。神だろうがAIだろうが、現場じゃただの相棒だ。さっさと手を動かせ。ロジ、メインスイッチの接点を調べろ。固着してりゃあ、先輩の予備電力を無理やり叩き込むぞ」
「了解です。スイッチの奥、魔導回路のバイパスが断線しています。マスター、カプセルを。私が回路の再構成をナビゲートします」
ボッカは最後の一発となるカプセルを手に取った。
周囲に転がっていた古代の出勤簿や、ガッシュが見つけた錆びた測量計などをかき集め、制御室の電源盤の前に積み上げる。
「現場にあるもんで、現場を動かす。いくぞ、先輩。……カプセル、起動ッ!」
カプセルを電源盤に叩きつける。
先輩の駆動アームから、青白い電弧がボッカの腕をかすめて流れ込んだ。
ロジが光の触手のように指先を伸ばし、複雑な古代の回路を繋ぎ合わせていく。
バチィィィッ! という激しい放電音と共に、制御室全体が大きく揺れた。
一瞬の静寂。
チカ、チカチカ……。
オレンジ色の、温かみのある非常用照明が天井で点滅し、やがて一定の輝きを取り戻した。
それと同時に、正面の巨大なモニターに、古代帝国の紋章と「システム復旧中」の文字が浮かび上がる。
「……点いたっス! 明るいっスよ、師匠!」
「うぉぉ、すげえ……! 1200年前の灯りが、今、俺たちの手で点いたんだ!」
弟子たちが手を取り合って喜ぶ。
ボッカもようやく、固く握っていた操縦レバーを緩めた。
「……ロジ、状況報告」
「電源復旧率、8パーセント。照明と簡易スキャン機能のみ動作を確認。先輩への外部給電を開始しました。……マスター、プラント全体の地図を展開します」
モニターに、血管のように張り巡らされた複雑な構造図が表示された。
だが、その画像を見た瞬間、ボッカの表情は再び凍りついた。
「……。ロジ、縮尺を間違えてるんじゃねえか?」
「いいえ。現在地を表示します。……ここです」
地図の端っこ、米粒よりも小さな赤い点が、今自分たちがいる場所だった。
そこから深部に向かって伸びる道は、全体のわずか0.1パーセントにも満たない。
そして、地図の先、プラントの中央部は、どす黒いエラー表示で真っ赤に染まっていた。
その「赤」が、まるで生き物のように脈打っている。
その時だった。
ズゥゥゥン……。
地下のさらに奥底から、物理的に胃を揺さぶるような、低い地鳴りが響いてきた。
先輩の機体がガタガタと震え、バケットの中のガラクタが床に転がる。
「……なんだ、今の音は。大型の不法投棄物か?」
「解析不能です。ですが、音源はプラント最深部の魔導炉心付近。マスター、この振動のパターン……何かが目覚めようとしています」
ロジの警告を裏付けるように、オレンジ色の照明が再び不安定に点滅し始めた。
ボッカは、残弾ゼロになったカプセルの空容器を見つめ、暗闇に包まれた地図の先を睨みつけた。
「……。ふん、前途多難だな。どうやら掃除の規模が、当初の見積もりを遥かに超えてやがる」
1200年前の静寂を破ったのは、自分たちだけではなかった。
暗闇の奥には、まだ片付けられていない、巨大な何かが息を潜めている。
ボッカは先輩の操縦席から、震えが止まらない弟子たちを一喝した。
「……。野郎ども、ビビってる暇があったら、今のうちにメシを食っておけ。明日からは、この泥じゃ済まねえ現場が待ってるぞ」
この後は第37話。
地図の「真っ赤なエラー」への対策と、空になったカプセルの補充、そして地下キャンプでの初めての食事……といった流れですね。
「(現場環境改善完了)ご安全に!」




