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ボッカ監督の異世界インフラ革命 〜古代遺跡を修理していたら物流が大陸を支配しました〜  作者: コケグマ


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33/40

カプセル全投入

翌朝、午前5時。

ガスマインの空は、まだ重苦しい紫の薄闇に包まれていた。だが、その静寂を物理的に切り裂くように、力強い金属音が街の広場に響き渡る。


ガッ、ガシィィィィィィン!!


「先輩(ユニット04)」の駆動音だ。ボッカは昨夜のうちに、カプセル1個を費やして先輩の右腕を特殊な形状に換装させていた。それは巨大なレンチのようでもあり、同時に高圧の流体を噴射するノズルのようでもある、この現場のためだけに具現化された「特注治具(専用工具)」だった。


「……おはようございます、マスター。バイタル正常。外気温8度。湿度はガスの停滞により90%を記録。……。――。マナの濃度は、昨日よりもさらに不安定です。シャフトを起動させれば、このエネルギーが一気に流動を始めます。衝撃に備えてください」


脳内のロジの声を聞きながら、ボッカはハッチから身を乗り出し、バケットの中でまだ眠そうに目をこすっているガッシュとテオを見下ろした。


「……起きろ、野郎ども。始業時間だ。……。今日からこの街の『空気』が変わる。その歴史的な一瞬を、特等席で見逃すんじゃねえぞ」


ボッカの怒鳴り声に、二人は飛び起きた。

つい30分前、宿の安ベッドで泥のように眠っていたところを、ボッカに文字通り「つまみ上げられ」、先輩のバケットに放り込まれたのだ。寝癖も直さぬまま、夜明け前の冷たい風にさらされ、二人はようやく意識を覚醒させた。


「……は、はいっ! 親方! ……。――。……うわ、外、昨日より昨日よりひでぇ臭いじゃねぇか」


「……宿でぬくぬく寝てる間に、ガスが更に溜まったみたいだな。……。行くぞ」


先輩は、巨大な地響きを立てて換気シャフトの塔へと歩み寄る。塔の周辺には、窓を固く閉ざした家々の隙間から、不安げに見守る住民たちの視線があった。


ボッカは先輩を操作し、その巨大な右腕を塔の最下部にある「安全弁の詰まり」へと向けた。


「……まずはバイパス手術だ。……。ロジ、カプセルの第1プロセス開始。……。カプセル内の魔導銀を『触媒溶剤』として具現化、ノズルへ装填しろ」


『了解。……。装填完了。射出圧、最大固定。……。マスター、反動が来ます』


「……。ガッシュ、テオ! 先輩の脚に掴まってろ! ……。抜くぞ!!」


ボッカがレバーを叩くと同時に、先輩の右腕から眩い白光と共に、高圧の溶剤が放たれた。


ドォォォォォォォォォォンッ!!


昨日、テオが見つけた「安全弁の詰まり」に対し、物理的な圧力と化学的な分解が同時に襲いかかる。1200年分のマナの結晶と錆が、断末魔のような悲鳴を上げて粉砕され、塔の根元から黒い煙と共に吹き飛んだ。


「……。第一段階、クリアだ。……。内圧が逃げた。……。塔の振動が収まったぞ」


ボッカの網膜に投影された構造データが、赤色(危険)から黄色(警告)へと変化する。爆発の危機は去った。だが、本当の勝負はここからだ。


「……。よし、本命だ。……。先輩、シャフトの軸受けを掴め!」


先輩が巨体をきしませながら、塔の内部へその剛腕を突っ込む。1200年間、一度も回ったことのない巨大なファンの主軸。それを、先輩の馬力で無理やり「初速」まで持っていく。


「……。ロジ、残りのカプセル魔力を潤滑剤として軸受けに全噴射! ……。摩擦を殺せ! 焼き付かせるなよ!」


『了解。……。潤滑剤、浸透開始まで……あと10秒。……。8……7……マスター、抵抗値が限界を超えます! 先輩の腕が折れます!』


先輩の右腕が、凄まじいトルクの反動でミシミシと悲鳴を上げる。だが、ボッカは歯を食いしばり、さらなるレバーを叩いた。


「……チッ、1200年分のサビはこれっぽっちじゃ足りねえか! ……。ロジ、出し惜しみは無しだ! 予備のカプセル、もう一個も全部ブチ込め!!」


『マスター!? 予備マージンを使い切ることになりますが……!』


「……。構わねえ! ここで回らなきゃ、予備もクソもねえんだよ!! いけぇッ!!」


ボッカが叫ぶと同時に、先輩の背中からもう一つの光の粒子が溢れ出し、右腕の治具へと吸い込まれた。2個目のカプセルを全投入した、文字通りの「全力フルパワー噴射」。


「回れぇぇぇッ!! 1200年分の眠りを、叩き起こせぇ!!」


先輩の背面にある排気ダクトから、青白いマナの炎が逆噴射される。全身の魔力と2個のカプセルすべてを右腕一点に集中させた、渾身のトルク伝達。


ギィィィィィィィィィィィィィン!!


一瞬、世界が静止したかのような強烈な摩擦音。そして、ついに沈黙を守っていた「心臓」が、重い腰を上げた。


ズドォォォォォォォォォォンッ!!


爆発的な音と共に、塔の頂部にある巨大な羽が、1200年ぶりの咆哮を上げて回転を始めた。


その瞬間、ガスマインの街全体の空気が、目に見える形で「激変」した。

街の中央にあるこの塔が巨大な掃除機となり、街を覆っていた重苦しい紫の霧を、竜巻のように空高くへと吸い込み始めたのだ。


「……。――。吸い込んでる……。――。す、すごい、空気が、塔の中に消えていくっス!」


テオが空を仰いで叫ぶ。それと入れ替わるように、ボッカが昨日通したトンネル側からは、村の清浄な空気が新緑の激流のように街へと流れ込んでくる。


住民たちが、一人、また一人と家から這い出してきた。彼らはおずおずと、しかし必死に空を見上げ、そして……大きく息を吸い込んだ。


「……臭くない……。息が……息ができるぞ!!」

「霧が晴れた……。見て、あんなに遠くの山が見える!」


一人の老婆が、膝をついてボロボロの石畳に涙を落とした。

「なんてことじゃ……。私たちの先祖がずっと、この毒を呪いだと信じて耐えてきたのに……。こんな、こんな風が吹くなんて……」


歓声は、やがて地響きのような地鳴りとなって街を震わせた。ボッカはハッチを開け、先輩の頭頂部に立ち上がった。吹き抜ける風にはもう、鼻を刺す腐敗臭は一切なかった。


「……。ふぅ。……。……。ロジ、換気効率は?」


『……。測定完了。マスター、おめでとうございます。街が、息を吹き返しました』


ボッカは、バケットの中で腰を抜かしている弟子たちを見下ろし、不敵に笑った。


「…….おい、野郎ども。これがインフラ屋の仕事だ。一箇所『詰まり』を直せば、世界の見え方が変わる。一呼吸の重みを、よく覚えておけ」


霧が完全に晴れた、街の突き当たり――。

北側の岩壁に、今まで隠されていた地下巨大プラントへの真の入り口、『黄金の門』が朝日を浴びてその威容を現していた。


その時、ボッカの網膜にあるインジケーターが、火花を散らすように激しく点滅した。


『マスター! 検知しました。住民の歓喜、感謝、および生存本能の活性化に伴うマナのフィードバック……想定を大幅に超えています! カプセル・リチャージ、開始! 15%……40%……一気に溜まりますよ!』


ボッカは空になった道具袋を叩き、新生ガスマインの街を見渡した。

「…….さて。空気が通ったら、次は『道』だ。ガッシュ、テオ。観光都市の『着工』は、ここからだぜ」


街長や住民たちが、ボッカの乗る「先輩」の足元に集まってくる。彼らの顔には、もはや「死を待つ者」の影はどこにもなかった。


ついにガスマインに「風」が戻りました!

カプセル2個を全投入した、ボッカ親方の「ノー・マージン(予備なし)」の勝負。職人が命を懸けて現場を動かし、それが人々の喜びとなってマナに戻る……。これぞインフラ屋の醍醐味ですね。


ここで、今回ボッカが救ったこの土地の**「二層構造」**について少し整理しておきます。


地上の『ガスマイン』:

現在、街長たちが住んでいる「街」の名前です。これまで原因不明の毒気に悩まされてきましたが、実はその正体は「地下の排気詰まり」でした。


地下の『カース・ガルド』:

1200年前の古地図に記された、地下巨大プラントの正式名称です。今回ボッカが再起動させたのは、このカース・ガルドという「巨大な肺」の一部です。


地下カース・ガルドが窒息していたから、地上ガスマインが死にかけていた」……。ボッカが肺を叩き起こしたことで、ようやくこの土地は1200年ぶりに「まともな呼吸」を再開しました。


次回、第34話「黄金の門:地下プラント『カース・ガルド』の現説」

晴れ渡った空の下、いよいよボッカ親方が「裏側」の現場へと足を踏み入れます。


「……野郎ども、空気が綺麗になったら腹が減るだろ? ……。――。祝杯の前に、まずはあの門をブチ抜いて『現場』の確認だ。……。――。次の肉は、地下のお宝で食うぞ!」

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