冒険者の狡猾な嘘と、泥まみれの英雄
「……クソッ、クソッ! あのウスノロの運び屋め!」
降りしきる土砂降りの中、泥水に足を取られながら、若き護衛剣士ガルフは悪態をつき続けていた。
彼は後方で崩れ落ちた山道を振り返ることもなく、ただ己の命惜しさに辺境の村へと続く獣道を駆けていた。
(だが、これはマズいぞ。護衛対象の荷物とポーターを見捨てて逃げたとなれば、ギルドの信用スコアは地に落ちる。下手すれば冒険者ライセンスの剥奪だ……っ)
雨に打たれながら、ガルフの脳内は「どうやって自分を正当化するか」という言い訳の構築でフル回転していた。
やがて、目的地の粗末な村の明かりが見えてきた時、ガルフは足を止め、ニヤリと狡猾な笑みを浮かべた。
「そうだ。俺は『見捨てた』んじゃない。あの欲深いポーターが、勝手に自滅したんだ」
ガルフは剣を抜き、自らの左腕の浅いところをわざと切り裂いた。痛みに顔をしかめながら、そこから流れる血を雨水と泥で顔や鎧に塗りたくる。
さらに、マントの裾を乱暴に引き裂き、「決死の救出劇の末に、やむを得ず逃げ帰ってきた悲劇の剣士」の姿を完璧に作り上げた。
「よし……これでいく」
息を乱し、足を引きずるような芝居を打ちながら、ガルフは村の門へ倒れ込むように転がり込んだ。
「た、助けてくれ……! 誰か……っ!」
悲痛な叫び声に、村の自警団や、村長と思われる白髭の老人が顔を青くして飛び出してきた。
「おお! ギルドの護衛様! よくぞご無事で……って、ポーターはどうした!? 我らの村を救う『結界石』は!?」
村長の問いに、ガルフはわざとらしく膝から崩れ落ち、血と泥に塗れた手で顔を覆った。
「……すまない。あの山道で、大規模な土砂崩れが起きたんだ。俺は危険を察知して、荷物を捨てて岩場へ跳べと叫んだ。彼の手を引いて、引き上げようとすらしたんだ!」
ガルフは自ら切り裂いた左腕の傷を見せつけるように掲げた。
「だが、あの欲深いボッカは『石を捨てたらギルドの違約金が発生する!』と喚いて、100キロの荷物に縋りついた! 俺は必死に腕を掴んだが……あの重さだ。俺ごと谷底へ引きずり込まれそうになり……やむを得ず、手を離した……!」
「な、なんだと……っ!?」
「そんな……結界石がなければ、今夜にもこの村はオーガの群れに……」
絶望に染まる村人たちを前に、ガルフは心の中で歓喜の嗤い声を上げた。
(馬鹿な田舎者どもめ。完璧に信じ切っていやがる。あんな泥の谷底に落ちたんだ、あのポーターは間違いなく死んでる。死人に口なしだ)
悲痛な表情を作り直したガルフは、よろよろと立ち上がり、村長の両肩をガシッと掴んだ。
「村長、悲しんでいる暇はない! 結界が切れる前に、俺がこの村の防衛を指揮する! だが、俺もタダ働きはできない。ギルドへの『違約金』の立替えと、俺への『特別防衛費』として、村の備蓄金から金貨20枚を今すぐ出せ!」
「き、金貨20枚!? そんな大金、この村には……!」
「払えないなら、俺は今すぐこの村を出る! お前らだけでオーガの群れと戦うんだな!!」
恐怖と焦燥で震える村人たち。
村長が震える手で、村のなけなしの金庫の鍵を取り出そうとした――まさにその時だった。
――ズシン……。
雨音を切り裂いて、重く、引きずるような足音が村の入り口から響いた。
ズシン……、ズズッ……。
「……ん? なんだ、あれは……」
村人の一人が、村の入り口の暗がりを指差した。
激しい雨の向こうから、巨大な影が近づいてくる。まるで土と泥でできたゴーレムのようだった。
だが、違う。
それは、自らの背丈ほどもある巨大な背負子を背負い、泥だらけになりながらも、一歩、また一歩と大地を踏み締めて進んでくる『人間』だった。
「ひっ……!?」
ガルフは、雷に打たれたように硬直した。
顔は泥と雨で汚れ、無精髭には枯れ葉が絡まっている。だが、その背中には、鈍い光を放つ防水布に包まれた巨大な岩――間違いなく『結界石』が括り付けられていた。
「ボッ……ボッカ……!? ば、馬鹿な、あんな谷底から、どうやって……っ!」
幽霊でも見るかのように後ずさるガルフ。
ボッカはガルフを一瞥すらせず、重い足取りのまま村の中央広場まで進み出ると、背負子のロックを外し、ドスンッ! と地響きを立てて100キロの結界石を降ろした。
「……ギルドからの荷物だ。道が悪くて遅れちまった。すまねえな」
「おお……おおおおっ!!」
「結界石だ! 本当に届けてくれたぞ!!」
絶望から一転、歓喜に沸く村人たち。
だが、その熱狂に冷や水を浴びせるように、ガルフが顔を真っ赤にして叫んだ。
「だ、騙されるな村長! こいつは荷物欲しさに俺の救助の手を振り払い、村への到着を遅らせた大罪人だぞ! こいつのせいで俺も怪我を……!」
悪足掻きのような嘘を重ねるガルフ。
ボッカは村人から差し出された水筒の水を一気に飲み干すと、太い腕で口元を拭い、初めてガルフの方へ冷たい、プロフェッショナルとしての鋭い視線を向けた。
「……救助の手、だと?」
ボッカの低くドスの効いた声に、ガルフがビクッと肩を揺らす。
「お前は『俺の手を引いた』と言ったな。だったら、なぜお前の革手袋の『内側』は泥一つついてない? 100キロの荷物を背負った泥だらけの俺を引き上げようとしたなら、手袋の手のひら側は泥まみれで、摩擦で擦り切れてなきゃおかしいはずだ」
「そ、それは……っ!」
「それに、その左腕の傷だ。俺の目から見れば、滑落した時の擦り傷じゃない。刃物で一直線に引いた『切り傷』だ。服の破れ方も不自然すぎる。木の枝に引っかかったなら、布はもっとランダムに解れる(ほつれる)もんだ」
前世で現場の安全管理を徹底し、無数の労災事故のパターンを見てきたインフラ職人の目をごまかすことなど、到底不可能だった。
「あ、あ……」
言い逃れのできない的確な指摘に、ガルフの顔から血の気が完全に引いていく。
村人たちの視線が、救世主を見るものから、汚物を見るような怒りへと変わった。
「お前は『運ぶ』という契約を放棄し、俺を置いて逃げた。……護衛の放棄だ。ギルドには俺から正確に報告させてもらう。ライセンスは剥奪、多額の違約金も被ることになるぞ」
「ふ、ふざけるな! たかが底辺の運び屋が、俺に説教してんじゃ――!」
逆上したガルフが剣に手をかけようとした瞬間、ボッカの左腕のデバイスが青白く光り、脳内にAIロジの涼やかな声が響いた。
『マスター。契約放棄者の敵対行動を検知。生体データを完全にロックしました。今後のギルドの信用スコアにおいて、該当者は全インフラの利用権限を永久に喪失します』
「……抜けよ。抜いた瞬間、お前の冒険者人生は完全に終わる」
ボッカの揺るぎない眼差しと、彼が放つ歴戦の職人のような威圧感に気圧され、ガルフは剣を抜くことすらできず、情けなく泥水の中にへたり込んだ。
「村長。石の設置場所を案内してくれ。基礎の地盤から俺が確認して、完璧に据え付けてやる」
「は、はいっ! 英雄殿、どうかこちらへ!」
熱狂する村人たちに連れられ、村の奥へと歩いていくボッカの背中。
一人、冷たい雨の降る村の入り口に取り残されたガルフは、己の浅はかな嘘と傲慢さを呪いながら、ただ震えることしかできなかった。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
また、↓に☆がありますのでこれをタップいただけると評価ポイントが入ります。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




