開通の産声:トンネルを抜けた先の『光』
「よし……あらかたのマーキングは終わったな」
ボッカは、ガッシュとテオが引いた鮮やかなラインを振り返り、小さく頷いた。二人の手はバーナーの熱とマーカーの振動で赤く腫れていたが、その表情には自分たちが「道」を造っているという、誇らしげな色が宿っている。
「ガッシュ、テオ。そこから先は下がってろ。……ここからが、本当の『貫通工事』だ」
トンネルの突き当たり。1200年前の崩落によって完全に塞がれた、巨大な「終端壁」の前にボッカは立った。傍らには、マナ・シンクロによってボッカの意志を体現する巨躯、新生「先輩」が静かに拳を握りしめている。
『マスター。前方、推定15メートルの岩盤。……。――地質スキャンにより、高濃度のマナを帯びた「硬質岩層」を確認。さらに、岩盤の向こう側に「異常な圧力」を検知しました』
「圧力だと? ……まさか、出水か?」
『否定。液体ではなく、長年蓄積された「高圧魔導ガス」の可能性が高いです。貫通の瞬間に爆発的な噴出が予想されます。……現時点での強行突破は、構造全体の崩壊を招く恐れがあります』
ボッカは苦虫を噛み潰したような顔で、最後のカプセルを見つめた。現場にトラブルはつきものだ。だが、ここで引けば、1200年前の「大動脈」は永遠に詰まったままだ。
『……現時点での強行突破は、構造全体の崩壊、および障気の逆流を招く恐れがあります』
ロジの警告を聞き、ボッカは右手を挙げて先輩の動きを制した。
「……待て。作業中断だ。……全員、一度下がれ」
ボッカは苦虫を噛み潰したような顔で、最後のカプセルを見つめた。無理にブチ抜けば、1200年分の毒気が一気にこの狭い空間に溢れ出す。それは「貫通」ではなく「自爆」だ。
「……ふぅ。……お前ら、ここらで一旦休憩だ。作戦を練り直すぞ」
ボッカは先輩の傍らに腰を下ろすと、額の汗を拭った。ガッシュとテオも、親方の緊張感を感じ取って固唾を呑んでいる。
そんな中、テオが手持ち無沙汰に、休止モードに入った先輩の背部ユニットの歪みを気にし始めた。
「……師匠。先輩の背中のこのプレート、さっきからカタカタ鳴ってるっすけど……何か詰まってるんすか?」
テオが、泥の詰まった隙間をマルチツールで軽く突いた。すると、カチリと小気味よい音がして、先輩の背外装がスライドした。
「おい、テオ! 勝手に触るなっ……。――あ?」
叱り飛ばそうとしたボッカの目が点になった。
そこには、折り畳まれた特殊合金製の「蛇腹パイプ」と、大型の接続プラグが格納されていたのだ。
『マスター、これは……! 04型に標準装備されていた「緊急用排気ダクト」です。……。――本来は火災現場などで煙を吸い出すためのものですが、これならガスの誘導が可能です!』
「……。――ロジ、この近くに排気口はねえか!?」
ボッカが叫ぶと同時に、ロジが周囲の壁を全力でスキャンする。
『……ありました。前方5メートル、右壁の瓦礫の裏。1200年前の「垂直換気坑」の接続ポートが生存しています!』
「よし……! 役者は揃ったな」
ボッカは立ち上がり、最後のカプセルを握りしめた。
「ガッシュ、テオ。お前らは一応後方待機だ。……ここから先は、毒の風が吹く。絶対にラインを越えるなよ」
「「はい、親方!!」」
ボッカはカプセルを先輩の腕に叩き込んだ。
「ロジ、ラスト1個だ! 『高圧ブロワー付きドリル』を具現化! 先輩のダクトを壁のポートに直結して、掘削と同時にガスを地上へ叩き出すぞ!!」
『了解! セットアップ完了。……「先輩」、いくぞ!!』
先輩の右腕が巨大なドリルへと変貌し、背中から伸びたダクトが壁のポートへガッチリと接続される。
ギィィィィィィィィン!!
猛烈な回転音と共にドリルが壁を穿つ。突き抜けた瞬間、シュゴォォォォ! と凄まじい吸引音が響いた。1200年分の毒気は、先輩のブロワーによって一滴も漏らすことなく、壁の向こうのシャフトを通じて空へと吸い上げられていった。
ガシャァァァァァァァァンッ!!
最後の一突きで、壁が崩落する。
そこから差し込んだのは、不気味に濁りながらも、確かな「外の光」だった。
「……貫通、成功だ」
ボッカはダクトを通じて排出される障気の音を聞きながら、静かに、しかし力強く拳を握った。
『……スキャン開始。貫通先の空間を分析中。マスター、ここは「カース・ガルド」。1200年前、現在のガスマインがそう呼ばれていた時代の「最深部・魔導プラント」です。文明崩壊以来、人の出入りが途絶え、独自の生態系へと変質しています』
「1200年、か。……中はどうなってやがる。ゴミが溜まってるだけならいいがな」
ボッカはライトの光を、崩れた穴の向こう側へと向けた。そこには、12世紀もの時を経て魔導の澱が作り出した、未知の「現場」が待ち構えていた。
建設現場や工場で、新人がよかれと思って、あるいは興味本位で重機や機械に触れるのは、ベテランからすれば「心臓が止まるほど怖い」行為です。
ボッカが思わず声を荒らげたのには、これだけの理由があります:
• 指詰め・巻き込みの危険: 重機の可動部は、人の指や腕を簡単に引きちぎります。テオが突いた隙間が、もし油圧で動く場所だったら大事故でした。
• 不意の作動: スイッチひとつ、レバーひとつで数トンの塊が動きます。周囲の人間を押し潰すリスクがあります。
• 「機械の命」への敬意: プロにとって重機は相棒です。構造を知らない人間がむやみにいじるのは、外科医のメスを素人が触るようなものです。
ガッシュが「親方これなんですか?」と「触る前に聞いた」のに対し、テオが「触りながら聞いた」。この絶妙な差が、まさに「怒られ案件」と「ファインプレー」の境界線ですね(笑)。
ボッカがテオを叱り飛ばそうとしたのは、彼を嫌っているからではなく、「職人として絶対に死なせたくないから」という、師匠としての愛のムチなんです。
さて、その「怒られ」から奇跡の発見へと繋がった第26話。
次回の第27話では、そんなテオも少し縮み上がりつつ、でも自分の見つけた機能が現場を救ったことに誇りを感じながら、より慎重に作業に励むことでしょう。
次回、貫通したからこそ、絶対に気を抜かない。
ボッカ親方の「安全第一」の真骨頂、ここから始まります。
どうぞ、ご安全に!




