職人の食卓、親父の背中
広場に置かれた大鍋から、銀嶺茸の芳醇な香りと岩清水蟹の濃厚な出汁の匂いが立ち上る。
「師匠、見てください! いただいたマルチツールの『スライサー』、キノコの薄切りも一瞬だったっスよ!」
「蟹の殻剥きも、このペンチがありゃあ楽勝だぜ、親方!」
ガッシュとテオが、ボッカから贈られた道具を誇らしげに使いこなし、村人たちと大皿を囲む。ボッカは村の老婆から手渡された木杯の酒を煽り、キノコを口に運んだ。
「……ふん。道具に使われなきゃ、まずは合格だ」
賑やかな宴の中、ふとした拍子に家族の話題になった。
「お前ら、親はどうした。こんなに筋がいいんだ、どっかの職人の倅か?」
ボッカの何気ない問いに、二人の手が止まった。
「……数年前の飢饉のときだぜ」
ガッシュが視線を落とす。
「村を襲った魔物の群れから、俺たちを逃がそうとして……。それきりだ」
「僕の親も、同じ時だったっス……。だから、この村のみんなが家族みたいなもんなんスよ」
テオが寂しげに笑う。村人たちがそっと二人の肩に手を置く。
ボッカは黙って酒を飲み干した。ロジから共有された1200年前の工事記録にも、災害で身寄りをなくした職人たちの膨大なデータがあった。いつの時代も、現場を襲う理不尽は変わらない。
ボッカは空になった木杯を置き、二人の頭に大きな掌を乗せた。
「……そうか。現場じゃあな、親がいねえ奴は珍しくねえ。だが、独りで現場に立つのはまだ早い。……俺がテメエらの『現場の親父』になってやる」
「親方……」
「師匠……」
「その代わり、現場の親父は口うるさいぞ。安全をおろそかにしたり、道具を泣かせるような真似をしたら、その日は飯抜きだ。……いいな、自分の身体と道具を大事にできねえ奴は、一人前とは呼ばねえ。……分かったか!」
「「はいっ!! 」」
二人の返事が、夜の空に力強く響いた。ボッカは不器用な愛を厳しさに隠し、立ち上がった。
「よし、飯はここまでだ。お前ら、今日はしっかり風呂に入って温まってこい。筋肉の疲れを明日に残すのは二流のやることだぞ」
ボッカの言葉に、ガッシュとテオは「はい!」と元気よく答え、新しいマルチツールを大切に抱えて銭湯へと向かった。親方から「家族」として、そして「弟子」として認められた喜びが、二人の背中から溢れている。
ボッカもまた、一人静かに湯船に浸かり、心地よい疲労感の中で明日の工程を頭に描いた。
宿に戻ったボッカは、薄暗いランプの光の下で、横になりながらロジを起動した。
「ロジ、明日の『先輩』の修理工程を整理するぞ。まずは胸部装甲の開放からだ……」
『了解しました、マスター。……。
第1工程:既存の劣化した制御基板の抽出。
第2工程:新品の魔導制御中枢への換装とマナ・パスの同期。
第3工程:地下で採取した合金を用いた関節部の補強。……現在のリソースで、成功率は98%と算出されます』
「残り2%は、俺の手加減次第ってことだな。……よし、明日は朝イチから一気に叩き込む。寝るぞ」
ボッカは短く息を吐くと、目を閉じた。ロジが周囲の警戒モードに移行し、ボッカは職人特有の、深く、密度の濃い眠りに落ちていった。
本編をお読みいただきありがとうございます!
今回は「現場の夜」をじっくりと描きました。
ボッカがガッシュとテオの過去を知り、不器用ながらも「現場の親父」として二人を包み込むシーン。ただの師弟関係を超え、一つの「家族」としての絆が結ばれた瞬間です。
そして、眠りにつくボッカの傍らで淡々と工程を管理するロジ。
1200年前の記録を知るロジと、今を生きるボッカ。この二人の信頼関係も、明日の大仕事には欠かせません。
さあ!いよいよ次は、新品の基板を組み込み「先輩」が覚醒する第23話ですね。
朝日が昇るシーンから、一気に工事を開始しましょうか!




