地下遺跡とナビゲーションAI
全身を打ち据える鈍い激痛で、ボッカは目を覚ました。
「……ガッ、あ……」
肺から残っていた空気を絞り出し、泥まみれの体をゆっくりと起こす。
普通なら即死してもおかしくない高さだった。斜面の分厚い泥がクッションになったのか、あるいは背負っていた巨大な『結界石』がパラシュートのように巨木の枝をへし折って、落下速度を殺してくれたのか。
ボッカは自分の骨が折れていないかを確認するより先に、背後の荷物に手を伸ばした。
泥だらけの防水布をそっとめくる。
……無傷だ。
魔物を退けるための鈍い光は、未だ失われていない。
「……よし。荷物は無事だ」
深い安堵の息を吐き、ボッカは改めて周囲を見回した。
そして、息を呑んだ。
そこは、自然が作り出した谷底ではなかった。
青白い光源が一定の間隔で規則正しく並ぶ、巨大な地下空間。壁面は異常なほど滑らかで、継ぎ目一つない。
現代のコンクリート以上の強度を感じさせる未知の材質で覆われた、超古代の『施設』だった。
「なんだ、ここは……。トンネルのシールド工法でも、これほど真円に近い空洞は掘れないぞ……」
インフラ職人としての血が騒ぐのを感じながら、痛む足を引きずって歩みを進める。
すると、空間の中央にぽつんと設置された台座の上に、銀色に鈍く光る『腕輪デバイス』が浮遊しているのが見えた。
何かに引き寄せられるように、ボッカがその腕輪に泥だらけの指を触れた瞬間――
バチィッ!!
腕輪が弾け、ボッカの左腕にガッチリと巻き付いた。
同時に、ボッカの脳内に直接、涼やかで無機質な『声』が響き渡った。
『――生体スキャン完了。言語野を最適化。マスターの意識レベル、正常』
「なっ……!? 喋った…!?」
『初めまして。私は古代広域物流統括システム・ナビゲーションAI。名称はLogistics-Operating-General-Intelligence――通称【ロジ】です』
幻聴ではない。前世の日本で聞き慣れた、洗練された機械音声のアナウンス。
呆然とするボッカをよそに、AI【ロジ】の音声はわずかにトーンを変えた。まるで、機械でありながら「驚愕」しているかのように。
『警告、ならびに照会。……マスターの脳内から、当星系の現在の文明レベルを著しく逸脱した【建築・物流・地質学・インフラ整備】の特異な知識領域を検出しました。
……信じられません。あなたは、当システムの設計思想を完全に理解している』
「……お前、俺の前世の記憶が見えるのか」
『肯定します。マスター、あなたの持つ高度なインフラ知識は、失われたこの施設の全権限を解放するに足るものです。これより、最高機密【地形改変UI】を起動します』
直後、ボッカの視界が劇的に切り替わった。
まるで最新鋭の測量ドローン越しに見ているかのように、周囲の岩壁や地面の上に、光るホログラムの数値が次々と浮かび上がっていく。
【超高硬度・古代防壁】
崩落危険度:0% / 踏破難易度:S(登頂不可)
【泥濘の瓦礫】 踏破難易度:E / 崩落危険度:12%
【現在のインフラ接続率:0.0%】
「すげえ……壁の強度や傾斜角が、全部数値化されて見えやがる……!」
『感心している場合ではありません、マスター。現在地のインフラ接続率はゼロ。上の道へ戻るためのルートは物理的に存在しません。あなたの体力と、その100キロを超える積載量では、ここで餓死する確率が99.8%です』
「……残りの0.2%は?」
ボッカが泥だらけの顔を上げ、静かに問い返すと、AIのロジは即答した。
『私が提供する【圧縮設営カプセル】を使用した場合です。
通常、カプセルのベースを錬成するにはマスターのマナを消費し、数日の時間を要します。しかし現在、この遺跡のコアにわずかな残存エネルギーがあります。今なら一つだけ、即座に空のカプセルを提供可能です』
言葉と共に、ボッカの左腕に巻き付いたデバイスが青白く発光し、手のひらに無機質なカプセルが一つ、ゴロンと転がり出た。
ひんやりとした、しかし確かな重みを持つ未知の物質。
『カプセルに、周囲の古代壁の破片を吸収させてください。私の演算とあなたの設計知識をリンクさせ、最適な「足場」をクラフトします』
ボッカは無言で頷き、腰に下げていた愛用のツルハシを抜き放った。
視界のUIを頼りに、最も強度が低いと表示された壁を探す。
【超高硬度・古代防壁】 崩落危険度:0%
……【微小なクラック(亀裂)】 耐久度:24%
「ここだな」
ボッカは亀裂に向けて、腰の捻りから生み出される渾身の力でツルハシを振り下ろした。
火花が散り、手が痺れるほどの衝撃と共に、超硬度の石の破片がボロッと欠け落ちる。すかさずそれを拾い上げ、カプセルに押し付けた。
ズギュンッ! という小気味良い音と共に、石が液体のようにカプセルに吸い込まれていく。
『素材スキャン完了。マスター、どのような形状の足場を希望しますか?』
「……俺は100キロの荷物を背負ってる。急な階段じゃ膝が死ぬし、ただのハシゴじゃ後ろにひっくり返る」
ボッカは崖の上を見据えながら、前世で幾度となく引いた図面を脳内に展開し、淀みなく指示を出した。
「蹴り上げやすい踏み面40センチ、蹴上げ20センチ。傾斜角は緩めの約26度だ。雨で濡れても滑らないよう、表面には排水と滑り止めのスリット(溝)を刻め。それを、あの絶壁の上まで等間隔で打ち込んで繋げ」
『……合理的かつ、完璧な設計思想オーダーです。安全マージンを最大限に確保しました。カプセルを壁に向かって射出してください』
ボッカは、激しく明滅し始めたカプセルを握り込み、暗い絶壁の頭上へ向かって思い切り投げつけた。
ドゴォォォォンッ!!
カプセルが崖に衝突して弾けた瞬間、光の奔流と共に古代の石材が増殖した。
土煙が晴れた後に現れたのは、ただの岩の出っ張りではない。ボッカの指示通り、完璧な歩幅と角度で計算された「絶対に崩れない石の階段」が、絶壁に沿って美しく形成されていた。
【古代石の階段】 踏破難易度:E / 崩落危険度:0%
【表面スリップ率:0.1%】
その光景を見て、ボッカは短く息を吐き、結界石の重みを背中で確かめるように太い革ベルトを締め直した。
「……完璧な施工だ。いい仕事するじゃねえか、ロジ」
『お褒めに預かり光栄です、マスター。さあ、配達ミッションを再開しましょう』
泥だらけの無骨な運び屋は、ブーツの裏で石の階段の確かな硬さをトントンと叩いて確認すると、誰も登れなかったはずの絶壁を、一歩、また一歩と確実に登り始めた――。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます!
「また道に殺されるのか」と絶望しながら谷底へ落ちたボッカ。
しかし、彼が落ちた先には、このファンタジー世界にはあるはずのない『未知の遺跡』が眠っていて……!?
次回、第2話『地下遺跡とナビゲーションAI』
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