大動脈(トンネル)更生工事:不法投棄(モンスター)を排除せよ
翌朝。東の空が白み始める頃、村がまだ深い眠りの中に沈んでいる時間から、ボッカは活動を開始していた。
新設されたばかりの銭湯。まだ誰もいない一番風呂に、ボッカは静かに身を沈めた。
「……ふぅ。最高だな」
地下の熱源を直接引いた湯が、じんわりと肌を刺す。立ち上る湯気の向こう、早朝の冷たく澄んだ空気を吸い込むと、肺の奥まで洗われるようだ。
『マスター。バイタルチェック完了。……驚異的な「超回復」を確認。昨日の激務による乳酸は完全に分解され、筋繊維はより高密度に、かつ柔軟に最適化されています。……これこそが、ロジの補助による「現場適応型」の肉体進化です』
「……道理で、身体が軽いわけだ。昨日の150キロが嘘みてえだな」
ボッカは湯船の中で拳を握り、解いた。無駄な脂肪が削ぎ落とされ、機能美に特化した筋肉が、朝の光を浴びてしなやかに躍動している。
風呂から上がり、軽く身体をほぐしていると、宿舎から二人の影がふらふらと現れた。ガッシュとテオだ。
「あ、痛ててっ……! 親方、おはようござい……うわぁっ!」
ガッシュが挨拶をしようとして、腰に激痛が走ったのか変な声を上げる。
「おはよう、ございます……。足が、自分のものじゃないみたいです……」
テオも生まれたての小鹿のように膝を震わせていた。
二人はボッカの前に立つと、無理やり背筋を伸ばし、痛みを押し殺してシャキッとしようとする。
「親方! 今日も……バリバリ働けます! 指示を!」
その必死な姿に、ボッカは思わず苦笑いを漏らした。
「……やめとけ。テメエらの筋肉が『限界だ』って悲鳴を上げてるのが、こっちまで聞こえてくるぜ」
「い、いえ! これくらい根性で……!」
「馬鹿野郎。根性で身体を壊すのはプロじゃねえ、ただの無鉄砲だ。……今日は身体を休めろ。現場で一番大事なのは『自己管理』だ。壊れた道具じゃ、いい仕事はできねえ」
ボッカはそう言うと、腰のホルダーからカプセルを取り出した。
「ほら、これを受け取れ。……昨日、現場を最後までやり遂げた『職人』への支給品だ」
カプセルから微かな光が漏れ、二つの小さな物体が形成される。
それは、鈍い銀色に輝く**【特製マルチツール】**だった。
重厚な金属のボディには、古代文字の意匠と共に、はっきりと刻まれていた。
『第一工区・ガッシュ』
『第一工区・テオ』
「あ……僕たちの、名前……」
「し、師匠……これ、僕たちの道具……!」
二人は痛みを忘れて、その重厚な道具を宝物のように両手で受け取った。
「喜んでる暇があったら、もう一度風呂に浸かって、お互いの筋肉をよく揉みほぐしてこい。……今日はそれがお前らの仕事だ。いいな」
「おうっ! ありがてぇ、親方!」
「はいっ! ありがとうございます、師匠!」
喜びと痛みが混ざった叫びを上げながら、二人が銭湯へ駆けていくのを見届け、ボッカは残ったカプセルに手をかけた。
「さて……ロジ。弟子たちが休んでる間に、村の『血管』を繋ぎきるぞ。昨日村人たちが集めてくれた【黒鉄木】のストックを出せ」
『了解しました。……【黒鉄木】の繊維を触媒に、耐腐食性と柔軟性を兼ね備えた「魔導配管」を生成。……全戸への上下水道敷設、これより開始します』
村人が集めてくれた鉄のように硬い木材の繊維。それをカプセルの魔力で再構成し、村の地下に張り巡らされたメインパイプへと繋いでいく。
一軒、また一軒。
家の中に蛇口が設置され、外には清潔な排水口が造られていく。
朝の静寂の中、ボッカの足跡を追うように、村の地下で「文明の脈動」がトクトクと流れ始めた。
村の全戸に上下水道が通り、家の中から「水が出た!」「お湯が流れた!」と驚きと感動の声が響き渡る中、ボッカは村人たちを集めて使い方のレクチャーを行っていた。
「いいか、蛇口は力任せに回すな。下水に油や大きな生ゴミを流すと、詰まって村中が臭くなるぞ。……メンテナンスはガッシュとテオに仕込んでおくから、何かあったらこいつらに言え」
「「任せてください!」」
風呂で筋肉をほぐし、新しいマルチツールを腰に下げた二人は、痛みに顔をしかめつつも誇らしげに胸を張る。
ボッカはその様子を見て鼻を鳴らし、北の枯れ谷――地下トンネルの入り口へと向き直った。
「さて……村の血管は繋がった。次は大陸の『大動脈』を拝みに行くぞ」
ボッカが腰のホルダーを確認すると、そこには弟子たちへのツール生成でリソースを使い切り、細かなひびが入ったカプセルが一つ残るのみだった。
『マスター。現存カプセルの耐久値は限界に近く、大型構造物の生成は不可能です。……現在は「精密・小規模出力」のみに限定されます』
「分かってる。……だが、暗闇で足を踏み外すのはプロのやることじゃねえ」
ボッカはひび割れたカプセルを起動させ、今のリソースで捻り出せる最小限の、だが「現場」に必須の装備を二つだけ形にした。
ボッカの頭を保護し、暗闇を鋭く切り裂く**「魔導ライト付き安全帽」。そして、壁や床の強度を音で測る「地質診断ハンマー」**だ。
ボッカは地下ハッチを開け、かつての高速輸送路――「大動脈」へと、独り足を踏み入れた。
「……何だ、これは。ガレキどころじゃねえな」
ライトが照らし出したのは、ボッカの想像を遥かに絶する「1200年後の姿」だった。
かつては滑らかな魔法舗装が施されていたであろう広大なトンネルは、壁一面を覆い尽くす脈打つような紫色の苔と、鍾乳石のように固まった巨大なマナの結晶に侵食されていた。
さらに、かつての警備装置がバラバラに破壊され、その残骸を骨組みにして、巨大な蜘蛛のような魔物が粘着質の糸で複雑な「巣」を形成している。
『マスター。前方20メートル地点に「高エネルギー反応」。……不法投棄されたガレキがマナの影響を強く受け、自律行動する「岩石ゴーレム(廃棄物集合体)」へと変異しています。……さらに、通路全体の構造強度が低下。崩落の危険あり』
「ふん。……崩落しかけの天井に、不法占拠した害虫ども、それに歩く粗大ゴミか。1200年もメンテナンスをサボりゃ、道路も『魔窟』に成り下がるってわけだ」
ボッカは手にした診断ハンマーで、近くの壁をコツン、と叩いた。
キィィィン……。
澄んだ音が響くが、そのエコーの中に、明らかに空洞ではない「異物」の振動が混ざる。
「……ロジ。あの岩石ゴーレム、ただの石じゃねえな?」
『はい。スキャン結果によれば、内部に古代の「魔導配管の予備パーツ」や「未加工の魔石」を大量に取り込んでいます。……これらは、村の発展に必要な貴重な資材です』
「なるほどな。……不法投棄されたゴミ山だと思ってたが、よく見りゃ『宝の山』じゃねえか」
ボッカはヘルメットのライトの光軸を絞り、奥に鎮座する巨大な宝の山――岩石ゴーレムを見つめて不敵に笑った。
(弟子たちを連れてくる前に、まずは安全通路の確保と、ゴミの分別から始めねえとな……)
ひび割れたカプセルを腰に、バール一本を肩に担いだボッカ。
一人きりの「深夜残業(先行工事)」が、静かに幕を開けた。
ボッカ親方、弟子を休ませて自分は下見……。これぞ「現場の父」ですね!
次は、この「歩くゴ宝山」をどうやってバールとハンマーだけで「解体・分別」していくのかを描く第20話となります。
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