地下遺構の再起動(バイパス工事編)
「……よし、準備はいいか。ここから先は『1200年前の現場』だ。何が起きても不思議じゃねえぞ」
ボッカは腰のベルトを締め直し、谷底のハッチへと向けて垂らした吊り梯子に手をかけた。
カプセルの残弾はゼロ。地上の枯れ谷で『遮熱壁(即席)』の補助と、地盤を抜く『穿孔プラグ』の生成に、緊急チャージ分も含めてすべてを使い切った直後だ。
『マスター。カプセル再構成完了まで、残り45分。……現在のチャージ率は75%です。このまま強行するのは、現場の安全基準を著しく下回ると判断します』
「45分も指をくわえて待ってられるか。現場じゃ『手待ち(作業停止)』が一番の罪なんだよ」
ボッカは人力で設営した木製の滑車とロープを点検した。
「ガッシュ、テオ。ロープの結びは『もやい結び(ボーライン・ノット)』だな? この結び方はな、強い力がかかるほど締まり、それでいて解きたい時には指一本で解ける。船乗りや鳶が命を預ける、インフラ屋の基本だ。確認しろ」
「は、はい……! カチカチです!」
若者たちは、ボッカの放つ圧倒的な威圧感と、それとは裏腹に細部まで行き届いた「安全への執着」に気圧されていた。
三人は慎重に、地下15メートルの管理ハッチへと降り立った。
目の前には、1200年の歳月を経て周囲の岩盤と一体化したかのような、重厚な円形ハッチが立ちはだかっていた。
『マスター。ハッチのロック機構、およびヒンジ部分は酸化物と堆積したマナの結晶により、分子レベルで固着しています。人力での開放は不可能です。……カプセルのチャージ完了まで待機を推奨します』
「物理的にくっついてるなら、物理的に剥がすまでだ。魔法がねえなら、道具を使え」
ボッカは腰のポーチから、一本の【小型バール】と、使い古された【ハンマー】、そして採掘街ガスマインで手に入れていた【浸透潤滑油】を取り出した。
「いいか、ガッシュ、テオ。よく見ておけ。これが『固着り』を剥がすプロのやり方だ」
ボッカはまず、ハッチの隙間に潤滑油を薄く吹き付けた。
「油を差してすぐに叩いても意味はねえ。まずは油が毛細管現象で奥まで染み込むのを待つ。……ロジ、UIで内部を透過しろ。錆の結合が一番脆いのはどこだ?」
『……解析中。ヒンジの右側、3センチ下。そこに応力が集中しており、内部に微細なクラックを確認。……打撃点として最適です』
ボッカは、その一点にバールの先を添えた。
「大きな力でこじ開けようとするな。そんなことをすれば、テコの原理でハッチの芯棒が曲がって二度と開かなくなる。……大事なのは、『共振』だ」
ボッカがハンマーを振るった。
キンッ……!
硬く、高い金属音が地下通路に響く。
「一撃で壊すんじゃない。内部の錆を細かく砕くイメージで叩く。金属には固有の振動数がある。同じリズムで叩き続けることで、固着した面を少しずつ浮かせていくんだ。油を染み込ませる隙間を、振動で作ってやるのさ」
キンッ、キンッ、キンッ、キンッ……!
一定のリズム。それはまるで心臓の鼓動のようだった。
ボッカの腕の筋肉が、打撃の衝撃を逃がすためにしなやかに躍動している。ボッカは時折、叩く位置を数ミリ単位でずらし、再び油を差した。
メキッ……。
微かな、だが確かな「剥離の音」が聞こえた。
「――今だ、ガッシュ、テオ! 左右のレバーに体重をかけろ! 力任せじゃない、俺のハンマーの音に合わせて『一瞬』だけ引き込むんだ。せーの……!」
キンッ! という最後の一撃と同時に、二人が全力でレバーを引いた。
ゴォォォォォ……ッ!!!
1200年分の空気の吐息が、ハッチの隙間から溢れ出した。「呪いの谷」の奥深くに眠っていた古い空気が、若者たちの頬をなでる。
「……あ、開いた……」
テオが、震える自分の手を見つめた。
カプセルも使わず、自分たちの力と、親方の「知恵」だけで、伝説の遺構の扉を開いたのだ。
「……よし。ハッチ開放完了。気密も構造も生きてるな」
『マスター、報告。ハッチの開放により、内部の精密スキャンが可能になりました。……チャージ完了まで残り5分。ですが、前方20メートル地点に通路を塞ぐ巨大な熱源反応を検知。……これは、生物ではありません』
ロジの声が、警告のトーンを強める。
「……? 何かいるのか」
『データ照合。……「旧帝国・自律型保守管理ユニット」、通称【管理ゴーレム】です。……不完全な待機状態で「防衛モード」に入っている可能性があります』
「挨拶も無しに中へ入れば、不法侵入者として叩き出されるってわけか」
ボッカは暗闇の奥、ロジの放つ微かな青光の先に、巨大な石の影がうっすらと佇んでいるのを見た。後の「先輩」となるその巨躯が、静かに侵入者を待っている。
「……さあ、ガッシュ、テオ。ここからは『1200年前の作業員』へのご挨拶だ。俺の後ろから離れるなよ。……カプセルが回復するまでの5分間、こいつを怒らせねえようにやり過ごすぞ」
中へ踏み込むと、そこには地表の暑さが嘘のような、冷たく無機質な空間が広がっていた。
若者たちは、自分たちが開いた扉の先にある光景に圧倒されながら、前を歩くボッカの背中を、これまで以上の敬意を持って追いかけた。
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