012.帰り道の踏査と、ギルドへの帰還
さらに一日歩き、ボッカは活気に溢れたギルドの街の門を潜った。
数日前、絶望的な条件の指名依頼を「背負子一つ」で引き受けた大男の帰還に、街の住人たちがざわめき始める。
ボッカは迷いのない足取りでギルド本部の扉を開けた。
数日前のような蔑みの視線はない。そこにあるのは、結果を待ちわびていた者たちの、熱を帯びた好奇の眼差しだ。
ボッカがカウンターへ歩み寄ると、ギルドマスターは既にそこで待っていた。
その表情は、半信半疑ながらも「彼ならあるいは」という期待に満ちている。
ボッカは無造作に、泥にまみれた背負子をカウンターの横に置くと、街長から預かった封書を差し出した。
「……待たせたな。採掘街への配送、完了だ。中身も無事だ」
ギルドマスターは、まるで聖遺物を扱うような手つきで封書を開いた。
そこには、街長からの心からの感謝と、コアが「一点のズレもなく完璧な状態で稼働した」という驚愕の報告が記されていた。
「……ボッカ。正直に言えば、五分五分だと思っていた。だが、まさかこれほど完璧にやり遂げるとはな」
ギルドマスターは、深く、敬意を込めてボッカを見据えた。
「お前の言った通りだ。人間の『関節』が最高のサスペンションだということを、お前は証明してみせた。……見事だ。ギルドを代表して礼を言う」
「礼はいい。俺はただ、受けた仕事をプロとしてこなしただけだ。それと、ギルドマスター。あんたに伝えておくことがある。……峠の崩落現場、通れるように『補強』しておいたぜ。当分は崩れねえはずだ」
ギルドマスターは目を見開いた。
「……直しただと? ポーターのあんたが、あの絶壁をか?」
「ああ。これからはあの道が、マイン・タウンへのメインライン《幹線》になる。ライセンスの通り、あそこの管理運営には俺が口を出す。……いいな?」
ボッカの言葉に、ギルドマスターは苦笑し、首を横に振った。
「運び屋かと思えば、今度は土木技師の真似事か。……いいだろう。お前のような男を敵に回すほど、私は愚かではない。今後の物流ルートの再編についても、お前の意見を聞かせてもらうことになるだろう」
二人の間に、数日前にはなかった「対等なビジネスパートナー」としての信頼が通った瞬間だった。
ボッカは白金貨の革袋を掴むと、一度だけ短く頷き、ギルドを後にした。
「……さて、ロジ。これで名実ともに、俺たちはこの地域の『物流の要』になったわけだ。急ぐぞ。村の連中が首を長くして待ってる」
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ギルドの重い扉が閉まる音を背に、ボッカは夜風を深く吸い込んだ。
革袋の中には、白金貨10枚。宿での支払いや道中の備えとして、すでにその一部を現物として受け取っており、残りの報酬分もギルドの「預かり証」として完璧に処理済みだ。
「……なぁロジ。ギルドマスターのあの顔、見たか?」
『肯定します、マスター。彼は貴方を単なる「便利な運び屋」から、代えの利かない「戦略的パートナー」へと認識を改めました。計算によれば、今後の交渉におけるマスターの優位性は300%以上向上しています』
「だろうな。だが、いつまでもあいつらの下請けで甘んじるつもりはねえ。今は実績作りのためにギルドの看板を借りてるが……次は、俺自身が『看板』になる」
ボッカは街の灯りを背に、暗い夜道を拠点(村)へと歩き出した。
「……いずれはギルドを通さず、荷主と直接契約を結ぶ。だが、俺一人の腕じゃ限界がある。俺が道を切り開き、拠点を設計し、村の連中がそこを管理して荷を回す。……物流の全工程をシステム化して動かす『運送組織』の設立だ。ギルドはただ、俺たちが造り上げた『仕組み』に頭を下げて乗っかればいい」
『壮大な構想です、マスター。貴方が「頭脳と先遣隊」となり、村人たちが「維持と実働」を担う……。その第一営業所が、あの村というわけですね』
「ああ。あそこにはもう、死を待つだけの絶望した村人はいねえ。俺が造った井戸と防壁で、彼らの目には『生気』が戻ってるはずだ。……だが、生きてるだけじゃ組織にはならねえ。次は、プロとしての『誇り』を叩き込んで、俺の右腕に育て上げる」
一時間ほど歩くと、闇の中に村の防壁が見えてきた。
数日前にボッカが言い残した通り、村の入り口は整然と片付けられ、彼が造ったポンプ式の井戸からは、夜でも絶え間なく清らかな水の音が響いている。
村の門には、交代制の見張りが一人立っていた。ボッカの姿を認めると、その若者は弾かれたように背筋を伸ばした。
「――ボッカ様! お戻りになられたのですね!」
若者の叫び声を聞き、村長が宿舎から慌てて駆け寄ってきた。
「ボッカ殿! おお、無事のご帰還、心よりお待ちしておりました! 言いつけ通り、井戸も防壁も、村人全員で守り抜いております!」
「……ああ。規律を守って、井戸を大事に使っているようだな。合格点だ」
ボッカは、村人たちが正しくインフラを運用している様子を見て、短く頷いた。
インフラは使われてこそ価値が出る。そしてその「運用の質」が、ロジの機能をアップデートさせる鍵なのだ。
ボッカは背負子をドサリと下ろすと、道中の街で仕入れてきた『塩の袋』と『乾燥肉の塊』、そして『エール』の樽を差し出した。
「これは、俺からの『福利厚生《差し入れ》』だ。全員に配ってくれ。これからの仕事に備えて、今夜はしっかり食って、体力をつけておけ」
「こ、これは……! 貴重な塩に、肉まで……! ありがとうございます!」
驚き喜ぶ村長を制し、ボッカは村の中央にある、自分の権利地《空き地》を指差した。
「村長。明日からは、本格的に『現場』を始める。……俺はここに、世界を繋ぐ物流のターミナルを造る。だが、俺一人で全部やるつもりはねえ。村の連中を『プロの作業員』として雇用し、適材適所で現場を回してもらう」
ボッカは村長を真っ直ぐに見据え、組織の根幹となる考えを伝えた。
「俺は次の現場を開拓し、新しい道を切り開く。その間、ここを維持し、荷を捌き、守り抜くのはお前たちの仕事だ。……俺が欲しいのは、命令を聞くだけの奴隷じゃねえ。俺の背中を支えて、共にこの物流網を運営する『仲間』だ。……働きたい奴は、明日の朝、ここに集まってくれ。正当な報酬と、相応の誇りを約束する」
ボッカの言葉に、村長は目を見開いた後、深く頭を下げた。
「……承知いたしました。ボッカ殿のそのお心、必ずや村の者たちに伝えます。明日一番で、やる気のある者を揃えておきます!」
(……よし。こいつらが成長し、村全体の『幸福度』が伸びれば、ロジの出力も上がる。そうなれば俺はさらに遠く、さらに険しい場所へと道を伸ばせる……。最強の循環だ)
焚き火の光に照らされた自分の拠点予定地を見つめながら、ボッカは不敵に笑った。
白金貨という資本、村人という組織、そしてロジの解析データ。
ボッカの野心は、この小さな村を「世界を変える物流会社の心臓部」へと変貌させるため、力強く動き出そうとしていた。
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