03 解けない魔法はございません
初デートの翌日。
秘密のランチ会の予定が無かった真結は、あの男を会社から少し離れたカフェに呼び出した。
「昨日の夜。こんな連絡が来たんだけど、どういうこと?」
「拝見させて頂きます」
真結が突き出したスマホを、男は丁寧に両手で受け取り、画面を確認する。
笑顔を浮かべたまま目だけを動かす男の姿に、真結の感情は静かに、でも確実に刺激され……。
「私、あなたの言う通りにちゃんとやったわよね?なのに、これはどういうことかしら?どうして私が、振られないといけないの?」
真結は初デートの後。アドバイス通り、高志へデートのお礼連絡をした。けれど返ってきたのは、次の約束ではなく、別れを告げる内容だった。
「私の夢を叶えてくれるって、あなた言ったわよね?これじゃあ……話が違うと思うんだけど。ねぇ、どういうこと?」
男が差し出したスマホを掴み取り、真結は溢れる感情をそのまま吐き出し続ける。次第に八つ当たりのような内容になっていくが、感情が高まりすぎた真結は止まらない。
そして──
「笑ってないで、なんとか言いなさいよ!!」
溜まっていたモノを一滴残らず吐き出した。
店内の視線が集まったような気がしたが、真結は構うことなく男を睨みつける。
「それでは僭越ながら、お伝えさせていただきます。村田さん、そのお嫁さんになりたい夢。諦めませんか?」
いつもの完璧な笑顔で男はそう言った。言い訳をするわけでも、謝罪するわけでもなく、ただ淡々と"諦めろ"と……。
「それって、つまり……私は結婚できないってこと?負け組がお似合いって、ことかしら?あはは……。──馬鹿にしないでよ!あんたに私の何がわかるって言うのよ!もう……いいわよ!!」
思わず水の入ったグラスを手にした真結だったが、ギリギリで理性が戻り、グラスから伝票に握り替えて席を立った。
会社に戻ってからも気分は最悪で、イライラは収まらない。だからちんたら降りてくるエレベーターなど待っていられず、階段を、感情をぶつけるように駆け上がる。
あんな男を頼った私が馬鹿だった。結婚くらい、お嫁さんになるくらい、私一人でできる。夢を叶えて、それで、それで……。
「あ、れ……。それで、なん、だっけ」
踊り場で足が止まった真結。息が上がり酸素不足だからだろうか。自身の質問への答えが、わからなかった。
結婚したら幸せになれる。なんて、真結は思っていない。それはただの幻想だと、両親や友達の離婚から既に知っている。だいたい、結婚=幸せなら、この世に不倫や離婚なんて言葉はない。ならば真結は、結婚してどうなりたいのだろうか……。
一度芽生えた疑問は、仕事中も心の隅で揺れていた。
「お先に失礼します」
定時を迎え、真結は1人退勤する。いつもより足が重いが、コンビニに寄って少し良い缶ビールを買って帰るつもりだ。おつまみも今日は女子力高めのナッツではなく、もつ煮や焼き鳥にしよう。シメは米系にするか、それとも麺類にするか……。
「だから……私は、駄目なの?」
問題から目を逸らしたくて、どうでもいいことで頭を埋めたはずなのに、結局真結の思考は夢に向かってしまう。
夢を叶えるために、苦手な料理も少しは作れるようにした。仕事の日以外はスニーカーを止めた。缶ビールからの直のみも止めたし、色気の無いおつまみも封印した。
どうしてもお嫁さんになりたかったから……頑張って、頑張ったのだ。しかし結果は……。
「ねえ、私も……輝けると思う?」
見上げた夜空に輝く星々に、真結はそっと問いかける。もちろん返事がくることはないが、あまりにも光が優しかったので、聞かずにはいられなかった。
「なんてね……はぁ。帰ろう」
何もかもごちゃごちゃだが、考えたところで答えは見つからなそうなので、真結は視線を落として駅に向かう。
そして、改札前で鞄から取り出したスマホに、メッセージが着ていたことに気がついた。
1番始めに登録したある相談所からの連絡で、登録内容に変更はないかというものだった。
数カ月で内容が変わる訳ないと呆れつつも、社会人経験の長さから、確認しろと言われたら無視できないため、真結は自分のプロフィールに目を配る。
「えっと、はいはい。性格も趣味も変わり……」
流し読みをしていた真結だが、最後の"一言"内容に目が止まる。この項目は、素直な気持ちを書いてほしいと言われ、真結は特に考えずに記載した。
──好きな人と結婚して幸せになりたい。
夢見る少女のような内容だが、紛れもなくそれは真結の本音だった。
結婚に幻想はいだいていない真結でも、好きな人といられることは、幸せだと思っている。なんせ……こんな自分を好きになってくれる人は素敵な人に決まっている。そんないい人と出会えて恋をして、一緒にいられるのだ。それを幸せ以外に、なんと言う。
「お嫁さんになりたかったわけじゃ……なかったんだ」
嘘偽りのない言葉は、真結の顔から不要な力を解放した。




