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To Dream  作者: 三井
第2章【向いていなかったもの】
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02 ガラスの靴はいかがですか

 秘密のランチ会に、休日の集中特訓を重ねること2週間弱。ついにその時がやって来た。


「村田さん、大丈夫ですか?顔が、強張っていますよ」


 真結の隣に立つ黒スーツの男が、前を向きながらそう囁きかける。

 都内のイベントホールで30代限定の婚活パーティーに参加している真結。今日はアドバイス通り、白のふんわりとしたワンピースに白のパンプスを履き、軽く髪を内巻きにしている。もしこの会場に同僚がいても、真結だとはすぐに気づかれないだろう。


「だ、大丈夫よ。練習通り出来たし、手応えだって……」


 胸のあたりで握る手に力を込める真結。この瞬間だけは何度経験しても慣れることはない。


「大変お待たせしました!確認が出来ましたので、ご参加者様はこちらへお集まりください」

「……いっ、行ってくるわ」

「ご武運を」


 会場スタッフに扮している黒スーツの男に背を向け、真結は司会者の元へゆっくりと足を進める。

 参加者が集まったことを確認した司会者は、ニコニコと当たり障りのない締めの挨拶を始めた。

 そんな余談はいいからさっさと結果を知らせろ!と苛立つ真結だが、決して笑顔は崩さない。


──笑顔は魅力を底上げします。


 ここ数週間で何度もそう教えられたから。他にも行動を真似したり、相手が不快に感じない程度に距離を詰めるなど、様々な事を教わった。そして、その全てを自然に行うために練習を重ね、合格だと、あの男に告げられたのだ。ちょっとやそっとのことでは、もうボロは出ない。


「ええ、それでは最後に……。本日成立したカップルを発表させて頂きます!」


 長い長い前置きを終えた司会者は、焦らすようにそっと手にする紙を広げ、読み上げる。


「本日は……4組のカップルが成立しました!まずは──」


 男性側の番号が呼ばれ、女性側の番号が呼ばれる。そして呼ばれた2人は恥ずかしそうに司会者の隣へ……。

 握りしめる手の力が強まる真結。今まではあちら側に行くことは出来なかったが、今日は、今日こそは──


「最後は男性8番様と女性1番様です!どうぞこちらへ!」

「……うそ。ほ、ほんとうに……」


 最後の1組が呼ばれ、真結の手から力が抜けた。顕になった札の端は少しだけ寄れてしまっているが、記載されている番号は、はっきりと確認できる。


「1番様。どうぞこちらへ」


 司会者がそう呼びかけると1番の女性は──白いワンピースを揺らして壇上へ上がった。


 司会者の隣で祝福と妬みの拍手を浴びる8人の男女。顔を見合わせて笑いあったり、はにかんでは顔を反らせたりしている。

 その幸せそうな壇上の端。隣の男性ではなく、選ばれなかった側へ笑顔を送る女性──真結の心は浮き立っていた。


「真結さん。この後ってお時間ありますか?」

「はい、大丈夫です。高志(たかし)さん」

「それならちょっと、付き合ってくれませんか?実はこの近くに真結さんを連れて行きたい場所があるんです。疲れていなければ、その……で、デートに行きませんか?」

「……はい!ぜひ、ご一緒させてください」


 真結はきょとんとしてからすぐに頬を緩め、首をちょこんと傾ける。

 「カップル成立後は結婚前提のお付き合いを始めること」が参加条件だったため、パーティー閉会後にそのままデートに行くことは想定内。すぐにこのふわふわした服からスウェットに着替えたいと思っていても、真結は問題なく練習の成果を発揮した。

 ただ少しでもふたりっきりでいたいからと、タクシー移動ではなく徒歩移動にしたことは、非常に後悔した。まさかカフェに喫茶にレストランと、3店舗も回ることは想定外だったから……。


「つ、疲れた……。ああ……足、いったぁ〜」


 初デートから帰宅した真結は玄関に座り込み、今日1日共に頑張ったふくらはぎを労い、軽く揉む。

 気力が回復し、動けるようになった真結はこれから相棒になるパンプスをスニーカーの横に並べ、部屋の奥へ進む。

 冷蔵庫からコンビニで買っておいた缶ビールを取り出し、そのまま疲れた体に、染み渡らせる。


「っ〜!あぁ……しあわせ」


 思わず零れた本音に真結は苦笑いを浮かべ、デート後のことを思い出した。


──つまらない。


 デート中、終始口角を上げいた真結だが、心は冷めていた。

 高志がつまらない男だったわけではない。むしろ真結を喜ばそうと話題を提供したり、知識を披露したり、頑張ってくれていたと思う。

 しかし真結は、本当は動物の近くで飲食するのは嫌だし、コーヒー豆の違いもわからない。なによりワイングラス1杯に800円も払うなら、ちょっと贅沢な缶ビールの方がいい。

 だから改札で高志を見送り、姿が見えなくなると、ため息が漏れた。


「今のは減点、ですよ?」


 いつの間にか隣にいた黒スーツの男。彼の完璧な笑顔を見ると、真結は更に疲れた気がした。


「……別に、見られていないんだからセーフよ」

「そうだと、いいですね」


 意味ありげな発言をする男だが、高志は一度は振り返ったものの、その後はホームへ向かい、姿を消した。戻ってきた姿も無いのだから、アウトな訳がない。


「それで、何か用。疲れたから、早く帰りたいんだけど?」

「これは失礼しました。では、手短にお伝えさせていただきます」

「はぁ……。デートの感想連絡なら問題ないわよ?ちゃんとポイントを押さえて──」

「夢を諦めたら、幸せになれるかもしれませんよ?」

「……は?なに、言ってんの?」


 真結は意味がわからなかった。今日、やっと積み重ねてきた努力が実を結び、夢が叶う一歩手前までたどり着けたのだ。それなのに夢を諦めるなんて、ありえない。


「村田さん、デートは楽しかったですか?」

「……別に普通よ、普通。初デートなんだから、こんなもんよ」

「そうですか……。ではもう1つだけ、お伺いさせてください」

「今度はなに?疲れてるって──」

「今、幸せですか?」


 雑音の中ではっきりと聞こえた男の質問に、真結の口は開かなかった。

 

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