03 見えていましたか
「今日はカフェ風にしてみました」
「……ありがと」
中庭の端で男から横長の弁当を受け取るあい。以前はこの時間が楽しみで仕方なかったが、少し前から何故か胸のあたりがギュッとなる。
「松村さん、なんだか元気がありませんね。どうかしましたか?」
「いや、別に……」
受け取った弁当の蓋を開け、スマホで写真を撮る。2、3枚撮った後、良さそうなものを選び、インスタグラムに投稿した。そして以前は上昇する度に感情も高まったいいね数を、平然と眺める。
「……幸せそうではありませんね。せっかく夢が叶ったのに」
「え?そんなわけ……ない、よ」
「ではどうして──寂しそうな顔をされているのですか?」
あいは答えられなかった。
男の映えるお弁当のおかげで、インフルエンサーになれた。夢は叶ったのだ。嬉しくないわけがない。幸せで、毎日がキラキラしているはずだ。
──モヤモヤするなんて、おかしい。
「夢を諦めたら、幸せになれるかもしれませんよ」
「……夢を、諦める?」
「いえ、冗談です。夢を諦めるなんて、嫌ですよね」
失礼しましたと微笑む男。いつもの完璧なその笑顔から、本音は伺えない。ただ男が去ってからもあいの頭には、彼の言葉が繰り返されていた。
「夢を諦めたら、幸せに……」
オシャレなカフェ風弁当をじっと見つめるあい。
「……きんぴらごぼう、食べたいな」
無意識のうちに、そう呟いた。
放課後。
穂に買い物に誘われたあいだが、首を横に振り、どこにも寄らずに、ゆっくり帰宅した。
「……ただいま」
「あ、お帰り。今日は早かったんだね」
あいに気がついたお母さん。相変わらず優しい顔で出迎えてくれるが、その顔は朝よりもあいの胸を締め付けた。
思わず目を逸らしたあいに、お母さんは慌てて言葉を続ける。
「えっと、今日ね?本屋さんでたまたまオシャレなお弁当、って本を見つけたんだ」
「……ほん?」
「うん……。ごめんね?あいは女子高生だもんね。煮物とか茶色い物ばかりじゃ嫌だったよね」
お母さんの手元に広げられているのは、どうやら料理本らしい。中身までは見えないが、沢山の付箋が貼られていることだけは確認できた。
「……お母さん」
「今はこんなに可愛くて美味しそうなお弁当があるんだね。……あのね、あいの好きそうな物、選んでみたんだけど、どれがいいかな?」
付箋のページを広げ、内容を説明するお母さん。
その姿を見た瞬間、あいはお母さんと一緒にお弁当の内容を話したり、美味しかったと伝えてきた日々を思い出した。
「ねえ、どれが──っ!どうしたの!?学校で何かあったの?」
慌ててあいに駆け寄り、背中を撫で始めるお母さん。
突然のことに訳がわからなかったあいだが、視界が歪み、頬が濡れていることに気づいた。そのとき、自分が泣いているのだと理解した。
「っ……ごめんなさい。わたしっ、わたしっ……」
背中を撫で続ける手が優しくて、温かくて……。溢れたそれは、しばらく止まることがなかった。




