05 踊りきりましたね
都内某所にあるプラネタリウム。職員休憩室。
「蒼夜さん、お疲れ様っす。今度の人なんすけど、少し……厄介そうな人っす」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
蒼夜は楽しんでいたホットココアをテーブルに置き、白兎から真っ黒のファイルを受け取った。
向かいに座った白兎が、数分前の自分と同じようにホットココアを口にしてから、蒼夜はファイルを開く。
──津金環。
彼は、次に蒼夜が導く相手だ。
あまりよろしくない会社の一員で、素行も、褒められたものではない。
ただ人情に厚く、特に同僚や社長のことは大切にしているらしい。
「……細かな点まで、よくまとまっています。これなら誰が担当になっても、問題ありません」
「あざますっす!蒼夜さんからOKもらえたんなら、こっち系の情報収集もクリアっすね」
「ええ。……ですが、いい機会です。失敗した場合も体験してみましょうか」
ファイルを閉じ、蒼夜はいつもの笑顔を浮かべる。
『鍵人』(研修生)として優秀な白兎は、これまで情報収集で相手にバレたことはない。
しかし人間誰しも失敗はする。それに今は実践期間だ。今後のためにも、様々な経験をしたほうがいいだろう。
「……笑顔が怖いっす」
「気のせいです。ではプランを……ココアを飲んでからにしましょうか」
「はいっす……。ココアに罪はないんで、美味しくいただくっす!」
そうして2つのマグカップの中身は、ゆっくりと減っていく。
時折他愛もないことを話しつつ……10分後。
「それでは、これからの予定をお伝えします」
「あ、お願いしますっす!」
「まずは明日。津金さんが用心棒として通っている喫茶店に行きます。そこで"ユメアメ"に関して話します」
「……はい!?」
目を丸くする白兎だが、蒼夜は構うことなく説明を続けた。
その内容は予想外のものだったらしく、白兎の表情はどんどん困惑の色が強くなる。
「──以上です。ご質問はありますか?」
「え?あ、えっと……蒼夜さんの計画なら、問題ないと思うっす。で、でも……危なくないっすか?」
「失敗するということは、そういうことです。ああでも、会社へのしつこい電話は、私がしますのでご安心ください」
会社への問い合わせ電話など、誰がしても構わない。
だが今回は相手の神経を逆撫で、かつ最終日の布石を打つ必要がある。そのため1週間毎日「津金環さんに関して教えてください」と電話してきた声と、「教えてくれないのなら自分で確認します」などと最終通告する声は同じでなければならない。
「あ、あざます、っす?……あ、あと!津金さんの要求、受けちゃっていいんっすか?」
「問題ございません。どうせ……断られますから」
『導き手』が「夢を叶えてあげる」と声をかけ、導けるのは導く相手のみ。他の人に伝えても、戯言として流されてしまう。
それに今回声をかけるだろう女の子は、自分の可能性を信じ、懸命に努力し、真っ直ぐ夢に突き進んている。初対面の男の荒唐無稽な話など、気にすることはない。
「そう……っすね。……承知したっす。たぶん」
「疑問があれば、いつでも聞いてください。ちなみに、明日行く喫茶店ですが、プリンアラモードが美味しいらしいですよ」
「……どうしてそんなこと、知ってるんっすか?」
「昔、色々教えてもらったんです。あの時はただ、食べているだけでに見えたんですけどね」
首を傾げる白兎は、あの時見せてもらった"最愛の息子"の画像とは異なり、ココアで口の周りを汚していなかった……。
──
仕事を終えた蒼夜と白兎は、いつも通り事務所に回収した"ユメアメ"を保管し、報告を済ませた。
「眠そうですね……。遅くなったし、送っていくよ」
「あざざます……。でも、大丈夫っす。お父さんがぁ、迎えに……来てくれてるみたいなんす」
閉じかけている瞼を擦り、あくびを噛み殺す白兎。
大人になったような気がしていたが、まだ子供っぽさが残るその姿に、蒼夜の緊張感も完全に解けた。
「相変わらずだな……。それじゃあ俺は帰るけど、途中で寝るなよ?あと、純一さんによろしく」
「はいっす……。おやすみ──じゃなくって、お疲れ様っす」
ふにゃふにゃの顔で白兎は駐車場へと向う。
その背中を見送ってから、蒼夜は1人事務所を出た。
「……今夜も、綺麗だな」
見上げた夜空には、無数の星が瞬いている。
今ごろ津金は、心配して駆けつけた同僚に囲まれ、文句を言われている最中だろう。
この星空を見上げる余裕は、きっとない。
それでも──
同じ空の下にいるのだと思うと、蒼夜の胸に、ほんの小さな温もりが残った……。




