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To Dream  作者: 三井
第5章【怖かったもの】
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04 お約束の日です

 赤の他人を信用していたわけじゃない。

 けれど期待していなかったわけでもなかった。

 だから──若の娘が選ばれず、デビューできないと知ったとき。環は喪失感に襲れ、同時に……怒りも湧き上がった。


「なんで……どうしてだよ!オレが、なにをしたってんだよ!!」

「津金さん、落ち着いてください」

「うっせぇ!!……なあ、どうしてオレの夢を叶えてくれねぇんだ?」


 金さえ払えば夢を叶えてくれる。

 そう喫茶店で聞いた。

 だから今まで稼いだ金──その全部を差し出してもいいと思っていた。

 それでも……夢は、叶わなかった。


「なんでだよ……。オレが、いい子ちゃんじゃねえからか?なにもできねぇ、ゴミだからか?特別な才能もセンスも、ねえからか……。なぁ、教えてくれよ」


 その場にしゃがみ込み、環は自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す。

 こんな感情が、まだ自分の中に残っていたことに驚きながらも、涙は出なかった。


「どうしたらオレは……独りにならないんだよ」


 流す涙など遠の昔に、枯れ果てているから……。


「ご安心ください。津金さんの夢は、既に叶っておりますよ」

「……オマエ、頭湧いてんのか?」

「湧いてはおりません。ですが……いわゆる普通。ではありませんね」


 長身の男は環と同じ目線まで身を屈め、善人面で笑いかけた。

 自分のことをゴミではなく、1人の人として見てくれたのは、会社の人間意外で初めてだ……。

 そのゆるっちぃ視線に、環は思わず顔を逸らす。


「……だろうな。こん状況で笑えるとか、オマエ。普通じゃねえー」

「はい。私はもう、普通の生活は諦めましたから」

「は?意味分かんねぇ……。はぁ〜、オマエらもう帰れ。さっさと消えろ」


 夢を叶えてくれないのなら、こんな一般人にかまってる暇はない。

 ただでさえ禁じられている単独行動をしているのだ。さっさと何食わぬ顔で会社に戻り、今日までにこなした仕事を報告すべきだ。たとえ……昇進は見込めなくても。


「そうですね。あまり長居をしていますと、鉢合わせてしまいますので」

「安心しろ。こんなバカ話、誰にも言ってねぇよ」

「存じております。ですから──私がお伝えしました。本日20時30分。この廃ビルにお越しください、と」

「は?オマエ……なに考えてんだ?」

「すぐに、わかりますよ」


 ムカつく笑顔を浮かべたまま、長身の男は自分の腕時計を見る。

 自分たちを消そうとした奴らの仲間を待っている……らしいその姿は、どこか別世界の住人のようだ。


「……つかチビガキは?どこ行きやがった?」


 周囲を見回しても、姿は見当たらない。

 部屋に入ってきたときは、確かに長身の男の影にいたはずなのに……。


「チビガキとは、どなたのことでしょう。……それより津金さん。ひとつだけ、お伺いしてもいいですか?」

「……なんだよ」

「あなたの夢は、なんですか?」

「オレの……ゆめ」


 すべてを見透かしているような男の瞳に映る自分を見つめ、環はゆっくりと言葉を探す。


「オレの、ゆめは……。若に認められて、傍で役に立っ──」

「ではありませんよね?……本当は?」

「ほんとう、は……オレは……」


──恩を仇で返すような奴にはなりたくない。


 数年前。

 この会社で働かせてほしいと頭を下げた時、若は理由を聞いてきた。

 だからそう答えた。拾われた命だから、若のために使うのは当然だと。


 すると若は盛大に笑い、肩を叩いて言った。


──家族なんだから、恩だなんて他人行儀やめろ。


「……こんなオレのことを、家族だって言ってくれた若と、ここの奴らと、いたい……」


 閉ざされていたモノが開放されると、環の頭に、今までのことがあふれ出した。


 しつこいほど祝の言葉をもらった、誕生日。ホールケーキなんて……初めて食べた。

 本人よりバカ面で泣いて喜んでくれた、高校の卒業式。夜中まで……飲んで騒いでいた。


 思い返せば、いつもバカなアイツらが、傍にいてくれた。自分はもう……。


「認識が一致したようですね」

「……うっせぇ」

「失礼しました。では私はこれで失礼しますが、最後に微力ながら一言。……信頼されると、上司は去っていくものです」

「は?意味わか……っ!」


 立ち上がろうとした瞬間、視界が左右に歪み、世界が回りだした。と同時に、激しい眠気に襲われ、環は頭を押さえる。


「オマ……なに、しやがった」

「申し訳ございません。これが私の仕事ですので」


 長身の男は、丁寧に頭を下げた。


「──津金環さん。どうぞ、いい夢を」


 狭まる視界の中、その優雅な姿と、遠くから聞こえてくる乱暴な足音が、ひどく対照的に重なっていった……。

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