04 お約束の日です
赤の他人を信用していたわけじゃない。
けれど期待していなかったわけでもなかった。
だから──若の娘が選ばれず、デビューできないと知ったとき。環は喪失感に襲れ、同時に……怒りも湧き上がった。
「なんで……どうしてだよ!オレが、なにをしたってんだよ!!」
「津金さん、落ち着いてください」
「うっせぇ!!……なあ、どうしてオレの夢を叶えてくれねぇんだ?」
金さえ払えば夢を叶えてくれる。
そう喫茶店で聞いた。
だから今まで稼いだ金──その全部を差し出してもいいと思っていた。
それでも……夢は、叶わなかった。
「なんでだよ……。オレが、いい子ちゃんじゃねえからか?なにもできねぇ、ゴミだからか?特別な才能もセンスも、ねえからか……。なぁ、教えてくれよ」
その場にしゃがみ込み、環は自分の頭をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
こんな感情が、まだ自分の中に残っていたことに驚きながらも、涙は出なかった。
「どうしたらオレは……独りにならないんだよ」
流す涙など遠の昔に、枯れ果てているから……。
「ご安心ください。津金さんの夢は、既に叶っておりますよ」
「……オマエ、頭湧いてんのか?」
「湧いてはおりません。ですが……いわゆる普通。ではありませんね」
長身の男は環と同じ目線まで身を屈め、善人面で笑いかけた。
自分のことをゴミではなく、1人の人として見てくれたのは、会社の人間意外で初めてだ……。
そのゆるっちぃ視線に、環は思わず顔を逸らす。
「……だろうな。こん状況で笑えるとか、オマエ。普通じゃねえー」
「はい。私はもう、普通の生活は諦めましたから」
「は?意味分かんねぇ……。はぁ〜、オマエらもう帰れ。さっさと消えろ」
夢を叶えてくれないのなら、こんな一般人にかまってる暇はない。
ただでさえ禁じられている単独行動をしているのだ。さっさと何食わぬ顔で会社に戻り、今日までにこなした仕事を報告すべきだ。たとえ……昇進は見込めなくても。
「そうですね。あまり長居をしていますと、鉢合わせてしまいますので」
「安心しろ。こんなバカ話、誰にも言ってねぇよ」
「存じております。ですから──私がお伝えしました。本日20時30分。この廃ビルにお越しください、と」
「は?オマエ……なに考えてんだ?」
「すぐに、わかりますよ」
ムカつく笑顔を浮かべたまま、長身の男は自分の腕時計を見る。
自分たちを消そうとした奴らの仲間を待っている……らしいその姿は、どこか別世界の住人のようだ。
「……つかチビガキは?どこ行きやがった?」
周囲を見回しても、姿は見当たらない。
部屋に入ってきたときは、確かに長身の男の影にいたはずなのに……。
「チビガキとは、どなたのことでしょう。……それより津金さん。ひとつだけ、お伺いしてもいいですか?」
「……なんだよ」
「あなたの夢は、なんですか?」
「オレの……ゆめ」
すべてを見透かしているような男の瞳に映る自分を見つめ、環はゆっくりと言葉を探す。
「オレの、ゆめは……。若に認められて、傍で役に立っ──」
「ではありませんよね?……本当は?」
「ほんとう、は……オレは……」
──恩を仇で返すような奴にはなりたくない。
数年前。
この会社で働かせてほしいと頭を下げた時、若は理由を聞いてきた。
だからそう答えた。拾われた命だから、若のために使うのは当然だと。
すると若は盛大に笑い、肩を叩いて言った。
──家族なんだから、恩だなんて他人行儀やめろ。
「……こんなオレのことを、家族だって言ってくれた若と、ここの奴らと、いたい……」
閉ざされていたモノが開放されると、環の頭に、今までのことがあふれ出した。
しつこいほど祝の言葉をもらった、誕生日。ホールケーキなんて……初めて食べた。
本人よりバカ面で泣いて喜んでくれた、高校の卒業式。夜中まで……飲んで騒いでいた。
思い返せば、いつもバカなアイツらが、傍にいてくれた。自分はもう……。
「認識が一致したようですね」
「……うっせぇ」
「失礼しました。では私はこれで失礼しますが、最後に微力ながら一言。……信頼されると、上司は去っていくものです」
「は?意味わか……っ!」
立ち上がろうとした瞬間、視界が左右に歪み、世界が回りだした。と同時に、激しい眠気に襲われ、環は頭を押さえる。
「オマ……なに、しやがった」
「申し訳ございません。これが私の仕事ですので」
長身の男は、丁寧に頭を下げた。
「──津金環さん。どうぞ、いい夢を」
狭まる視界の中、その優雅な姿と、遠くから聞こえてくる乱暴な足音が、ひどく対照的に重なっていった……。




