05 ありがとう。お元気で
蒼夜が『Color Me』に訪れてから3週間後。
「八重さん、すごく楽しそうですね」
「当たり前じゃん!だってライブだよ!?同じ空間にいられるんだよ?もうヤバ過ぎて、ネイルもかなり凝っちゃった!」
「本当ですね。……特に左薬指。彼の初ソロ曲のジャケットのデザインとそっくりです」
「でしょー!?だってこの曲に出会えたから、今の私がいるんだもん」
上機嫌で自分の爪を見せてくる響に、蒼夜は完璧な笑顔を送る。
2人がいるのは、とある駅の改札付近。
今日はここから少し先にあるドームで、人気韓国アイドルグループのライブが開催されるため、たくさんの女性で混雑している。
「そうですね。あの、八重さん。今……幸せですか?」
「そんなの幸せに決まってるじゃん!メッチャ幸せだよ〜。夢だって……叶ったし」
自分のネイルを見つめる響。その顔は、蒼夜が見てきた中で、1番の笑顔だ。
「響さ〜ん!!」
「あ、ひなちゃん!それじゃあ、あたしたち物販行ってくるから、会場でね!」
響は声をかけてきた女の子ともとへ走り出す。と思ったら急に振り返った。
「迷子になったら、連絡してね。迎えに行くから!あ、あと!……夢を叶えてくれてありがとー!!」
恥ずかしそうにはにかみながらそう言って、響は色違いのネイルをしている女の子のもとへ走って行く。
合流した2人は楽しそうにネイルを見せ合ってなにかを話している。両手を振って否定している様子の響だったが、その顔は嬉しそうだ。
「もう、世間の声に惑わされないでくださいね」
蒼夜は1人呟いて、意気揚々とドームへ向かう2人とは反対の道へと進み、近くのファミレスへ入った。
「お疲れ様です。先程、無事"ユメアメ"を回収したとご報告がございましたよ」
「お疲れ様です。ご確認くださり、ありがとうございます」
蒼夜はモーニングセットのトーストを片手に持つ純一の正面に座り、コーヒーを注文した。
"ユメアメ"と言う単語に心はざわつくが、純一が指摘しなかったので顔には出ていないようだ。
「それでは……。コホン、最終報告をお願いします」
トーストを皿に置き、手を拭いた純一は姿勢を正した。
「はい。今回導かせていただいたのは八重響。彼女は──」
顔の見えない相手の声に縛られた……。
響は推し活をしており、推しは、何もかも嫌になっていた自分を救ってくれた1人のアイドル。
グッズを集め、直接会えるイベントがあれば仕事を調整し、海外遠征もした。推し仲間がほしくて、推し活に特化した店に転職をして、同僚たちと一緒に推し活を楽しんでいた。
だがそんな時、SNSで推し活を否定するような投稿が話題になった。
20代後半の響にとってそれは無視できず、心に突き刺さった。
いつまでこんなことをしているのか。
推しに投資して意味があるのだろうか。
無駄な時間を、過ごしているのではないのだろうか……。
そうして響は「推しのように誰かを救えなくても、推し活を通して元気になってもらいたい」という夢を忘れ、現実を「世間一般の幸せ」こそが正しいのだと思うようになった。
「──以上が見失った経緯です」
「鍵人さんからいただいた情報通りでしたね。それでその後は……どうしたのですか?」
「本来の夢を、叶えて差し上げました」
星側が導く時。
誤った夢を叶えることで本来の夢を思い出させることが多い。だが蒼夜は、響が完全に夢を見失っていないと紫色の机から感じた。
そのため止めていたSNS投稿の再開を勧め、足が遠退いていたイベントへの参加を促した。
「夢が叶った彼女は、どうなりましたか?」
「彼女は……推し友と元気に、ライブに参加しています」
改札付近で別れた響の姿を思い出し、蒼夜はそっと微笑む。
──笑顔になってくれて、よかった。
初めて出会ったとき。無理して笑っていた響が、今日はなんの迷いもなく笑っていた。とても……幸せそうに。
その姿を見られただけで、これまで費やしてきた時間は無駄ではなかったと、意味があったのだと思える。
「それは何よりです。ですが蒼夜くん。……わかって、いますよね?」
「はい、大丈夫です。座学の試験を合格した際に仰っていたこと、ですよね」
蒼夜が試験に合格した時に、純一は賛辞と共に1つ忠告をしていた。それはこれから星側として活動する上で、決して忘れてはいけないこと……。
「さすが蒼夜くん。これからも、私たちは感謝されるためにやっているわけではなく、ただ笑顔が見たいだけ。幸せに笑ってほしいだけ。と言うことを忘れないでください」
どんなに相手のために行動しても、導かれ、"ユメアメ"が回収された人間は、星側の記憶をすべて失う。
星側は一方的に──やり取りも、気持ちも、すべて忘れ去られてしまう。
それは頭で理解し、仕方ないと割り切っていても……笑顔を曇らせる。
「はい。心に……留めておきます」
「ありがとうございます。では最後に……これからも、続けられそうですか?」
「……続けさせてください。俺の夢はまだ、1つしか叶っていませんから」
蒼夜は、はっきりと伝えた。
忘れ去られてしまうのは辛いことだが、それ以上に自分は笑顔が見たいと。相手が笑ってくれれば自分も笑顔に……幸せになれる。
──一緒に、幸せに笑うこと。
それが、気がつけなかった自分の夢だったと。
「その言葉を聞けてよかったです。改めまして──あなたの夢が叶う場所。星側へようこそ星夢蒼夜さん」
───
都内某所のある駅前。
その日はたくさんの女性で混雑していたが、赤や緑、紫と、とてもカラフルだった。
そんな賑やかな駅前で、ビジネススーツ姿の蒼夜は浮いているのだろうが、誰も気にすることはなく、空気のようにすれ違う。
だから蒼夜も平然と、1人改札へ向かう。
「今回のネイルも響さんに頼んで正解でしたよ!」
「いやいや、そんなこと無いって!彼らがヤバすぎるからだよ〜」
聞こえてきた会話に、心だけを踊らせて。




