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To Dream  作者: 三井
第4章【星に願わなかった人】
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04 今度こそ

 蒼夜がプラネタリウムの扉を開いてから1ヶ月後……。


「ついに実践研修……。純一(じゅんいち)さん、最後までよろしくお願いします」


 これから1ヶ月間、教育係としてサポートしてくれる男──黒霧(くろきり)純一(じゅんいち)に、蒼夜は丁寧に頭を下げた。


 星側として活動できるのは、本来、代々その役目を担ってきた者だけだと、純一は言っていた。

 けれど今は人手が足りず、条件を満たした一般人が例外的に選ばれることがあるらしい。

 蒼夜は、その「例外」だった。


「こちらこそよろしくお願いします。でもまさか、1ヶ月で座学の試験を合格するとは思いませんでした。とても、頑張ったのですね」

「ありがとう……ございます」


 純一の高評価に対し、蒼夜はそっと視線を下げる。


 星側の専門教育は、中学生から高校生までが基本だという。一応大学もあるらしいが、ほとんどの者は『導き手』や『鍵人』、あるいは星側からの卒業へと進むため、研究や技術を学ぶ大学に進む者は少ないそうだ。


 しかしスカウトの場合は例外で、スカウトした者が責任を持ってゼロから教える。進学塾のようにマンツーマンで。

 ただ学習期間は最長3年。その間に座学を修得し、実践で経験を積む。そして最後に、スカウト者から活動許可を得る。

 つまり通常なら6年かけて学ぶ内容を、半分の3年でこなすことになるらしい。

 自然と過密スケジュールになるが、教育期間中も星側としての活動もするスカウト者の方が、過酷だろう。

 純一は「効率重視なんです」と言っていたが、蒼夜は──適性のない者に割く時間は、1秒もないのだと感じた。


「それでは時間もありませんので、向かいましょう。あ、申し訳ございませんが実践も、残業はなしでお願いします」

「はい。頑張ります」


 完璧な笑顔の純一とは違い、ぎこちない顔の蒼夜。それは緊張からなのか、それとも古傷が疼くからなのか……。

 自分の本音がわからない蒼夜だが、それでも純一の後を付いていく。彼の言葉と、自らの直感を信じて。


 目的地までの45分間。

 蒼夜はもらった資料と自作資料を確認し、頭の中でシミュレーションを繰り返す。ときどき隣で見守る純一に、最終確認を入れながら。

 そして純一と蒼夜は目的の店『Color(カラー) Me(ミー)』─ネイルサロン─にたどり着いた。


「それでは蒼夜くん。行ってらっしゃい」

「は、はい。行って……きます」


 生まれて初めて訪れたネイルサロン。

 これまで関わることの無かった未知の領域に、蒼夜の鼓動は速まっていく。


──えがお、えがお。


 純一から教わったことを思い出し、うるさい心臓を黙らせる。

 大丈夫、上手くいく。

 軽く深呼吸をして、店の扉を開いた。


「いらっしゃい………ませ」


 蒼夜が店に入った瞬間、店員は顔を歪めた。

 女性専用店ではないので、男性客が来ることはたまにはあるだろう。だが可愛いポップなこの店に、ビジネススーツの男は似合わないらしい。


「突然すみません。妹が先日こちらに、ぬいぐるみを忘れたと言っていまして。紫色の髪をしているぬいぐるみなんですが……」

「あぁ……あったかな?確認してくるんで、ちょっと待っててくたさい」


 そう言って店員──八重(やえ)(ひびき)は店の奥へと姿を消した。

 八重響。

 この『Color Me』で働くネイリストで、明るく多趣味なうえ、人当たりもよく、技術も確か。自然と指名が集まる、人気スタッフの一人だ。

 そして──

 蒼夜が導く相手。


「ごめんなさい。ぬい、ありませんでした。多分大切なやつですよね。もし、どこで無くしたか分かるんなら、SNSで呼びかけたらどうですか?見つかるかもしれませんよ?」

「ありがとうございます。妹に伝えてみますね。でも……どうして大切な物だとわかったんですか?」

「いや、持って出かけたくなるぬいなんて、大切な物に決まってる。あたしだってほら、一緒に出勤してるし?」


 響の視線の先には、作業スペース以外、紫色のグッズで埋められている机があった。


「わかってるよ〜。いい年して推し活なんかしてないで、自分に?もっと将来とか価値あることに投資しろって……。って、ごめん!あたしなに言って──」

「素敵だと、思いますよ」

「えっ?」

「八重響さん。その夢、叶えませんか?」

「は?えっと……ん?」


 目を丸くする響に蒼夜は微笑み、話をする。

 彼女が自分の心に向き合い、思わず「叶えて!」と、言葉が溢れだすまで手を差し出し続ける。


 そして1時間後……。


「お疲れ様です。蒼夜くん、少し……痩せましたか?」

「お疲れ様です。いえ、気のせいです」


 店から出た蒼夜は、近くの喫茶店でプリンアラモードを食べていた純一と合流した。


「あ、蒼夜くんも何か頼みますか?活動時間内なので経費で落とせますよ?」

「俺は大丈夫です。それより、評価をお願いします」

「わかりました。あ、すみません!彼にココアをお願いします」


 純一は店員にそう告げると、プリンアラモードを一口頬張り、満足そうに、顔を緩めた。

 定時まで後5分程度なので、純一は既にオフモードなのだろう。

 仕事のときとは異なり、愛妻家で親バカな父親の姿に蒼夜は最初こそ戸惑った。

 だが、ほぼ毎日のようにひとり息子の画像を見せられ、「お父さんみたいになりたい!って言ってくれたんだよ〜」と緩みきった顔を向けられれば、嫌でも慣れてしまう。


「純一さん。定時で帰れなくなりますよ?」

「それは困る!夕飯に間に合わないなんて、絶対ダメ!!……ええっと、まずは総評から。その後、細かくお伝えさせていただきます」

「よろしくお願いします」


 瞬時に仕事モードに切り替わった純一は、すらすらと話し始める。


「今回は及第点です。しかしかなりギリギリです。理由は、会話の流れが運任せ過ぎます。先程は彼女の性格上、上手くいきましたが他の方では好ましい返答をもらえるかはわかりません。そしてなにより視線誘導が不自然で表情も固く、警戒心を解くのに時間がかかり過ぎです。だから説明を繰り返すことになった。と、考えられます」


 まるで純一もあの店にいたかのように蒼夜の視線や動作を指摘するが、通話状態だったスマホからは会話のみしか聞こえていなかったはずだが……。


「はい……。努力します」


 純一の指摘に頷く蒼夜。だが手を抜いたつもりはなかった。


「蒼夜くん、あなたは十分努力していますよ?ですが、私が初めに『導き手』として1番大事だと教えたこと。教えたこと覚えていますか?」

「もちろん覚えています。相手のことを理解する。です」


 座学が始まった時。純一は資料を開く前に、蒼夜にそう教えた。

 いきなりなにを言っているのかと不思議に思ったので、よく覚えている。

 だから蒼夜は響のことを理解するよう努め、彼女の性格に合わせたシミュレーションを繰り返し、好印象を感じるらしいスーツ姿で行ったのだ。


「素晴らしい。では……『カラカラ★フルフル』は何枚目のリリース曲ですか?初めてのライブDVDの特典はなにか。答えられますか?」

「……すみません。質問の意図がわかりません」

「相手のことを理解するとは、主に気持ちの面です。彼女がなぜ彼らに惹かれるのか。なぜたくさんいるメンバーの中から、彼に惹かれるのか。その気持ちをわかっていなければ、同じ景色は見られませんよ?」


 優しく微笑む純一だが、言っていることは容赦が無かった。

 導く相手のために時間を費やすのは、わかる。


 だがそこまでする必要は、あるのだろうか。


 たとえ相手と同じくらい韓国のアイドルグループに詳しくなっても、話せるのは、関われるのは、その時だけだ。

 導いた後、自分のことを忘れてしまう相手のために──

 本当に、そこまでしなければいけないのだろうか。


「……資料室にCDやDVDはありますか?」

「もちろん、全てあります。初回限定盤も豪華版も、取り揃えてあります」


 疑問は消えなかったが、蒼夜は純一から目を逸らさなかった。

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