03 もう……無理っす!
実践期間1年目。
白兎は『鍵人』として蒼夜の下で経験を積むことになった。
始めは表情が固かった白兎だったが、数件こなすうちに緊張は溶け、移動中に蒼夜と雑談できるようになった。上司が知り合いの蒼夜だったことも、大きいだろう。
だから白兎は、順調に進んでいると思っていた。
「白兎君、少々よろしいでしょうか?」
その日の仕事を済ませ、事務所のバックヤードに回収物を置いた時。珍しく蒼夜の方から声をかけてきた。
「なんすか?あ、もしかして、置く場所違ったっすか!?」
白兎は慌ててもう一度、棚と段を確認する。
今回の回収物は"ユメアメ"棚の……"濃厚"列……。
置く前にきちんと確認はしたが、バックヤードはそれなりに広く、似たような黒い棚が並んでいる。棚も4段に別れていて、最初の頃は指定場所を探すのに苦労した。
「いえ、保管場所は合っていますよ」
「あ……よかったっす。……うん?ならなんっすか?」
「……白兎。俺でよければ、話を聞くよ」
営業スマイルを外し、緩んだ蒼夜の口調から、白兎は仕事の話ではないことを理解する。そして蒼夜には、隠しきれていなかったことも。
──誰かの役に立ちたい。そして自分にしかできないことをしたい。
それが白兎の夢だった。
幼い頃は周りが両親を褒めるから、その子供である自分も優秀なんだと思っていた。
中学生になっても、『導き手』と『鍵人』の両適性があると評価され、自分は特別な人間だと感じていた。
しかし現実は違った。
高校に入学すると両適性ありなんてざらにいた。むしろ自分より成績のいい人もたくさん。
日々現実を突きつけられ、自分は優秀でも特別でもないと理解した。
ただそれでも、父親のように『導き手』として、夢に迷ってる人に道を示してあげたい。母親のように『鍵人』として、夢に覆われてる人の本当の思いを聞いてあげたい。そして、誰かの役に立ちたい。その思いだけは消えなかった。
消えなかったのだが……
──オレがやる意味ある?
星標学園を卒業し、知識と経験があれば星側の仕事は誰でもできる。
そう──誰でもいいのだ。
「オレは……両親を尊敬してるっす。だから2人のように誰かの役に立ちたいっす。でも……オレにしかできないことをしたいとも思うんっすよ。それが何かは、わからないっすけど……」
「それが、白兎の夢?」
「……そうっす」
あやふやな夢をいだいてから、ずっと考えてきた。自分はどうしたいのか。何をしたいのか。
しかし自分のことなのに、答えは見つからなかった。考えれば考えるほど沼にはまっていくようで、気持ちは、沈んだ。
「なるほど。だから最近、笑顔がぎこちなかったんだな」
「ゔ……オレ笑えてなかったっすか?」
「そんなことはなかったけど、何となく影があったかな。だからさ、白兎?その夢、諦めようか」
「……はへ?」
目を丸くする白兎に、蒼夜は笑いかける。その姿はいつも通りだが、言っている意味がわからなかった。
諦める……夢を?
どうして?なんで?
だって夢は、叶えるもんでしょ?
白兎の思考は更に深く、沼へとはまっていく。
「どうしてって、顔してるな。でもさ、今の時代、白兎にしかできないことってあると思うか?」
「それは……探せば……」
「あるかもな。でも!無い可能性の方が高い。よな?」
「……そうっ、す」
残念だが、蒼夜の言ってることは正しかった。
人類が誕生して何千年もたった今。たった1人しかできないことは数少ない。それこそ優秀で、特別な人でないと難しいだろう。
「だから自分にしかできないことじゃなくて、他の人より得意なこと。簡単にできること。好きなことをしたらどうだ?」
「得意、簡単……好きな、こと?」
蒼夜の言葉を繰り返し、白兎は自問する。
しかし今までそんなことを考えたことがなかったので、すぐに答えは出ない。代わりに、どんどん眉間にシワがよっていく。
「そんな難しく考えるな。……あ、それなら、オンリーワンじゃなくて、ナンバーワンを目指したらどうだ?」
「ナ、ナンバーワン?」
「それこそ白兎にしかできない方法で、白兎らしく、ナンバーワンになればいいんじゃないか?」
蒼夜は理解しやすいように言い換えてくれたのだろうが、白兎の頭の中には更にクエスチョンマークが発生する。
だから晴れやかに笑う蒼夜とは異なり、白兎の顔は歪み続けるのだった……。
翌日。
白兎は蒼夜の言葉が頭から離れなかった。
──ナンバーワンになればいい。
尊敬する蒼夜がそういうのなら、そうなのかもしれない。だがナンバーワンになるとはなんなのだろうか?いったいなんのナンバーワンを目指せばいいのだろうか……。
「ああーもうー、わかんないっすよー!!」
言いたいことは何となく……少しは理解できる。でも、だからと言って納得できるわけではない。
白兎の頭と心はぐちゃぐちゃのごちゃごちゃだった。
しかし今は実践期間中。頭を抱えてしゃがみ込んでいたら、蒼夜に迷惑がかかってしまう。
だから……。
「いらっしゃいませ。あら、また来てくれたの?」
「もちろんっすよ!だってここの定食、めっちゃうまいんっすもん」
白兎はある定食屋に、今週3回目の来店をする。
都内から少し離れた場所にあるこの定食屋は、ある夫婦が2人で切り盛りしている。夫が料理担当で妻が配膳に会計。そしてたまに、
「ただいま。佐々木のおじさん、明日はアジフライ定食がいいって。あ、いらっしゃいませ」
大学生のひとり娘が出前を手伝っている。
「アジフライ定食ね、わかった。手伝わせちゃってごめんね。就活準備で忙しいのに。もう大丈夫よ」
「え、あ、うん……。あのさ、おか──」
「ああ、ごめんなさいね。メニュー聞いてなかったわ。今日は何にする?」
母親は娘の話を遮ったことに気づいていないのか、白兎の方へ顔を向け尋ねてきた。
「ああ、じゃあ今日はC定食をお願いしまっす!」
「はいよ、C定食ね。すぐ出来るから、ちょっと待っててね」
そう言って母親は厨房へ向った。
一方残された娘はうつむいてから、ゆっくりと店の奥へ消えた。
「確かに、定食屋は1流企業じゃないっすね〜」
厨房で作業する夫婦を横目に、白兎はスマホから対象者の基本情報をもう一度確認した。
夫婦が経営する定食屋は、家賃の高い都内への出店は厳しいが、常連や近所の会社に務めるサラリーマンとOLのおかげで売上は悪くない。毎日贅沢はできなくても、年に1、2回くらいなら国内旅行に行けるだろう。
ひとり娘も素行は悪くないし、大学の単位もきちんと取っているため、ストレートで卒業できる。
一見、何も問題ない家族に思えるが……。
──娘には1流企業に就職して、私たちのように苦労しない人生を歩んでほしい。
それが夫婦の夢だった。
今でこそ経営は安定してるが、開店当初は赤字が続いたし、感染症が流行った時は、開店自体できなくなった。
潰れてしまうかもしれない。生活できなくなるかもしれない。娘に、不憫な思いをさせるかもしれない。
夫婦は何度も眠れない夜を過ごした。
だから娘には立派な会社に就職して安定した人生を歩んでほしい。会社務めが安泰とは言えない時代だとしても……。
「はい、お待ちどうさま。C定食だよ」
「あざまーす!め〜っちゃ、うまそうっす」
「ありがと、ご飯と味噌汁はおかわり自由だから、遠慮しないでね」
「この店、マジ神っすよね!」
大袈裟だよと笑う母親につられ、厨房の父親も顔が緩む。
どこまでも温かく優しい夫婦。3回しか来店したことがない客に対してこの対応なのだ。大切なひとり娘に対し、思いが膨らみ過ぎるのも無理はない。
「……ごちそうさまでした!」
「あら、もういいのかい?遠慮しなくていいんだよ?」
「遠慮してないっすよ!今回も、大満足っす!」
定食を完食した白兎はお腹をさすって、満腹だと伝える。そうしないと高校生なら食べ盛りでしょと、強制おかわりが発生してしまう。
「あ、でも、ごめんなさいっす。今日でバイトのヘルプが終わって、戻ることになったんす」
「そうなのかい?それは残念だね。また近くに来ることがあったら寄ってちょうだい。サービスするから」
夫婦と親交を深めるために、白兎は小さな嘘を付いていた。親切にしてくれる夫婦を騙すようで心苦しいのだが、情報収集のために来たとは言えないので、仕方がない。
だからせめて……
「ほんとっすか!?なら今度は先輩と来るっす!」
店の売上には貢献したい。
会計を済ませた白兎は、改めて美味しかったと伝え、店を出た。
そのまますぐ横の路地を曲り、スマホを取り出して、集めた情報を入力する。
「……もうすぐ笑えるようになるっすからね。待っててくださいっす」
そう呟いてから、空に向かって送信ボタンを押した。




