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お稲荷様は、甘いものにうるさい  作者: 櫻木サヱ


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6/7

売れる味、残る味

昼過ぎ、店先に人が立ち止まる回数が、いつもより少し多かった。


「……気のせい?」


千代は暖簾の奥から、通りをそっと覗く。

見慣れた商店街の顔ぶれ。

だが、視線がおはぎの並ぶケースに向けられている時間が、確かに長い。


「気のせいではないな」


背後から、いつもの声。


「今日の形は、呼び止める」


「……そんな力、あるんですか」


「ある」


即答だった。


「迷いが減った分、余計な音が消えた」


「音?」


「作り手の心の、だ」


千代は曖昧に頷き、店を開けた。


最初に入ってきたのは、見知らぬ若い女性だった。

スマホを手に、少しだけ緊張した様子でケースを覗いている。


「あの……おすすめ、どれですか」


「え?」


一瞬、言葉に詰まる。


今までは、決まり文句のように答えていた。

「全部同じですよ」とか、「定番です」とか。


だが今日は。


「……今日の、粒あんです」


自然と、そう言っていた。


女性は少し驚いた顔をしてから、うなずく。


「じゃあ、それで」


代金を受け取り、包みを渡す。

女性は小さく会釈して、店を出ていった。


「今の、良かったぞ」


お稲荷様が言う。


「売りたい味ではなく、出したい味を出した」


「……それで、売れなかったら」


「その時は、残る」


千代は、ふとケースを見る。

売れ残るおはぎ。

今までは、それが怖かった。


「残る味は、悪い味ですか」


「違う」


お稲荷様は、首を振る。


「残る味には、理由がある。

まだ、届いておらんだけだ」


午後、八百屋の佐吉が顔を出した。


「お、今日は減りが早いな」


「……少しだけ」


「少し、じゃねえよ」


佐吉は笑いながら言う。


「形、変えたか?」


千代は、少し迷ってから答えた。


「……はい」


「いいじゃねえか」


それだけ言って、二つ買っていった。


夕方、客足が落ち着いた頃。

ケースの中には、いつもより少ない数のおはぎが残っていた。


「……全部は、売れませんでした」


千代は、ぽつりと言う。


「当然だ」


お稲荷様は平然としている。


「毎日全部売れる味は、だいたい疲れる」


「え」


「甘すぎるか、軽すぎるか、どちらかだ」


千代は、今日残ったおはぎを一つ、手に取る。


「……この子は?」


「まだ、残る役目だ」


「役目?」


「誰かが、明日、これを欲しがるかもしれん」


その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなった。


閉店後、帳簿をつけながら、千代は気づく。

売上は、ほんのわずかに増えているだけ。

劇的な変化ではない。


それでも。


「……怖くない」


昨日まで感じていた、あの焦りがない。


「商売とはな」


お稲荷様は、暖簾を整えながら言った。


「売れる味を作ることではない」


「……」


「売れない日にも、作り続けられる味を、残すことだ」


千代は、深く息を吸い、吐いた。


「……まだ、迷います」


「迷え」


お稲荷様は、はっきり言った。


「迷いながら作る者だけが、残る」


夜、神社に供えるためのおはぎを一つ、包む。

今日は、売れ残りではない。


「……今日の味です」


そっと置いた瞬間、風が一度、境内を抜けた。


千代は、確かに感じていた。


売れる味と、残る味。

その間に立つことを、

自分は、ようやく選び始めたのだと。

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