形は嘘をつかない
「おはぎはな」
朝の仕込みが一段落した頃、お稲荷様は出来上がったおはぎをずらりと並べた。
「味より先に、見られる」
千代は黙って、その列を眺める。
大きさは微妙に違い、丸いものもあれば、少し潰れたものもある。
「……昨日よりは、揃ってます」
「揃っている、な」
お稲荷様は一つ手に取り、指先で軽く転がした。
「揃えたか?」
「……」
千代は答えられなかった。
確かに、無意識に力を加えていた。
均一に、同じように、と。
「形を整えるのは、悪くない」
お稲荷様は言う。
「だがな、整えすぎた形は、作り手の迷いを隠す」
「迷い……」
「これでいいのか。
これなら売れるのか。
誰かに怒られないか」
一つ一つ、静かに並べ直していく。
「その不安が、指先から伝わる」
千代は、自分の手を見た。
白くなった指。
知らず知らず、力が入っている。
「……でも」
「うん?」
「形が悪いと、買ってもらえません」
正直な気持ちだった。
「味を知ってもらう前に、選ばれない」
「その通りだ」
即答だった。
「だからこそ、形は正直でなければならん」
「……?」
お稲荷様は、少し形の崩れたおはぎを手に取る。
「これは、今日の餡と米を、ちゃんと受け止めておる」
次に、妙に綺麗なものを指さす。
「これは、“売りたい”が先に立っておる」
「そんなの、見ただけで分かるんですか」
「分かる」
あっさりと言い切る。
「神だからな」
「ずるい……」
「だろう?」
少しだけ、悪戯っぽく笑った。
「だが、人も無意識に感じ取っておる」
「え」
「美味しそう、の前に」
指で机をとん、と叩く。
「安心できるかどうか、だ」
千代は、祖母の店に来ていた常連の顔を思い出した。
形が少々歪んでいても、文句一つ言わなかった人たち。
「……祖母のおはぎ」
「うむ」
お稲荷様は頷く。
「あやつは、形を整える前に、腹を決めておった」
「腹を……?」
「今日は、これを出す。
これを、自分の味だと言い切る」
千代の胸が、少し苦しくなる。
「私は……」
「まだ、決めきれておらん」
お稲荷様は、きっぱり言った。
「だから、形が揺れる」
しばらく、沈黙が落ちた。
「……じゃあ」
千代は深く息を吸う。
「今日は、揃えません」
お稲荷様の眉が、わずかに上がった。
「ほう」
「今日の餡と、今日の米が、自然に落ち着く形で……」
手を伸ばし、一つ、そっと丸める。
「これを、今日のおはぎにします」
形は完璧ではない。
けれど、不思議と落ち着いて見えた。
お稲荷様は、何も言わずにそれを眺め、やがて一言。
「ようやく、立ったな」
「……え?」
「作り手として、だ」
千代は、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
昼前、店を開けると、最初の客が入ってきた。
商店街の八百屋の佐吉だった。
「今日は、やけに静かな顔してるな」
「……そうですか」
佐吉はおはぎを一つ手に取り、少し眺めてから言った。
「なんか、ええな」
それだけ言って、代金を置いていく。
千代は、深く頭を下げた。
厨房に戻ると、お稲荷様が腕を組んで立っていた。
「な?」
「……はい」
「形は、嘘をつかん」
その言葉を、千代は胸に刻んだ。
この店は、まだ小さい。
売れる数も、少ない。
それでも。
自分の手で、自分の覚悟で、
今日のおはぎを出せた気がしていた。




