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お稲荷様は、甘いものにうるさい  作者: 櫻木サヱ


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2/7

潰れかけのおはぎ屋と、狐の来訪

商店街の一番端。

シャッターの音だけがやけに大きく響く朝が、ここ最近の日常だった。


「……今日も、三個しか売れてないか」


木の引き戸を閉めながら、千代は小さく息を吐いた。

創業五十年の「千代乃屋おはぎ」。祖母の代から続く店だが、今では客足もまばらで、夕方まで残るおはぎの方が多い。


味に自信がないわけじゃない。

手間も惜しんでいない。

それでも、時代の流れというやつは容赦がなかった。


スマホで「映える」洋菓子に客を取られ、コンビニのおはぎの方が手軽だと選ばれる。

暖簾を守るという言葉が、重たく胸にのしかかる。


「……もう、潮時なのかな」


そう呟いた瞬間だった。


カラン、と鈴の音。


「失礼するぞ」


振り返ると、そこに立っていたのは妙な客だった。

白い羽織に赤い袴。年の頃は二十代後半ほどに見えるが、どこか時代錯誤な装いだ。

なにより、目が異様に金色に近い。


「えっと……開店前ですけど」


「知っておる。だが、今日は売るためではなく、作るために来た」


男は勝手知ったるように店に入り、ショーケースを覗き込む。


「ふむ。餅は悪くない。小豆も真面目だ。だが……」


指先で空気をすくい、首を傾げた。


「心が、甘さに追いついておらぬな」


「は?」


千代が固まっていると、男はくるりと振り返り、にやりと笑った。


「名乗っておこう。わしはこの辺りの稲荷を預かる者。人の言葉で言えば――お稲荷様、というやつだ」


「……え?」


狐の面も、耳も、尻尾もない。

だが、否定する言葉より先に、不思議と納得が胸に落ちてきた。


「お主の店が、このまま消えるのは困るのでな」


「え、ちょ、ちょっと待ってください。冗談ですよね? ドッキリ?」


「冗談なら、昨日の売上が三個で済むものか」


千代は言葉を失った。


「安心せい。無理難題を押しつけるつもりはない」


お稲荷様は棚に並ぶおはぎを一つ取り、丁寧に眺める。


「ただし――わしは甘味には厳しいぞ」


「……何しに来たんですか」


「指導だ」


即答だった。


「お主のおはぎは、真面目すぎる。人の腹は満たしても、心を掴みきれておらん」


「そんな……」


「だから教えてやる」


金色の瞳が、じっと千代を見据える。


「神に供え、神が喜び、なおかつ人が通うおはぎをな」


店の奥で、どこか風鈴のような音が鳴った。

千代は気づかないうちに、背筋を正していた。


「……断ったら?」


「潰れる」


にこやかな顔で、容赦のない一言。


「選べ。暖簾を下ろすか、狐に弟子入りするか」


千代は、祖母の笑顔を思い出した。

餡を練る背中。

「おはぎはね、作り手の覚悟が味になるんだよ」という声。


「……弟子入りって、何をするんですか」


「まずは」


お稲荷様は袖をまくり、炊飯釜を指さした。


「小豆の声を聞くところからだな」


こうして、潰れかけのおはぎ屋と、やたら口うるさいお稲荷様の奇妙な修行生活が始まった。

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