ふたりの場合 木崎×花穂編 第6話
「わー!いっぱいありますね。どれにしようか迷っちゃうなぁ」
カウンターに並べられた色とりどりのケーキや焼き菓子に、子供のように目を輝かせる彼女と、その横で微妙な表情の俺。
休日の今日、花穂の提案で巷で有名と言うホテルレストランのケーキバイキングにやって来た。
ケーキバイキング、下手したらはじめてかもしれない。
甘い甘い香りが目一杯広がるキラキラした店内で、俺は場違いなんじゃないかという気がしてならない。
普段の見慣れたタイトな社服と違って、ふんわりしたフェミニンな洋服の彼女。甘いお菓子が良く似合う彼女と、いつも通りのスーツ姿の俺。
周りにはどう見えているのだろう。
そんな、情けない葛藤を心の中で繰り広げていると、二人がけ席を陣取った花穂から声をかけられる。
「かかりちょー、早く。早くー」
相変わらず、名前を呼んでくれない彼女。
もういっそのこと名前を『係長』に改名してしまったらいいのか?
でも、飛び切りの笑顔でこちらに手を振ってよこす彼女を見ると、なんて呼ばれようが、彼女と居れるなら、どうでもよくなってくるから不思議だ。
「係長?もしかして甘いのダメでした?」
席に着くなり小首をかしげて聞いてくる、彼女。
俺の微妙なテンションを感じとったのか、心配そうに見つめてくる。
「いや、嫌いってわけじゃ、ない」
俺はこの空間に居てもいい存在か?なんて、さすがに聞けない。
「そうですか?よかった。誘ってから、嫌いだったらどうしようかって、思ってたんです」
自分をごまかし彼女に笑いかけると、安心したように微笑む彼女。
「天気予報だと、今日は一日晴れだって言ってましたから、どこかに出掛けてもよかったかも、ですね」
とフォローまで入れられてしまった。
彼女となら、どこに居ても、いい。
でも、出来るなら二人きりになれる所がいい、と思う俺は田島の言う通り、ヘンタイなのかもしれない。
そんな煩悩が頭を渦巻いていると、注文を請けにきたウェイターと話す彼女が目に入ってきた。
ウェイターと話しをしていた彼女が急に、こちらを向いた。
「か……。直哉さんは、飲み物、何にしますか?」
「俺はコーヒーで、……え?」
今、名前で呼んだ?
「コーヒーですね。……じゃあ、コーヒーと紅茶、ホットで、お願いします」
ウェイターに慌てて向き直す彼女、ちらっと見えている耳が、赤くみえるのは気のせいか?
ウェイターが机を離れると、はにかみ微笑んでいた彼女が、改まって背筋を伸ばし座り直すと口を開いた。
「やっぱり、こういう時に係長じゃ変ですもんね。……ね、直哉さん」
彼女が笑うと花が咲いたように見えるけれど、今日はいつものふんわり笑顔というよりは何かを企んでいるような、笑顔に見える。
よからぬ事を企んでいるのか、田島か岡本に何か吹き込まれたんだろうなぁ……。
「直哉さん。私、一回やってみたい事あったんですけど、今それをやってもいいですか?」
小さい身体に似合わず、ケーキやフルーツを皿一杯に盛って帰ってきた彼女が、目を輝かせながら切り出してくる。
やっぱり、なにか企んでる?
「なにを。するんだ?」
とにかくワクワク感が隠し切れない感じの彼女。
コレは、嫌な予感的中なのか?
「いいですか?駄目って言ってもやめませんからね?」
「……」
黙ってやり過ごそうとしていると更にたたみ掛けてくる彼女。
「いいって言ってくれないと、また係長って呼びますよ?」
何だよ、その軽い脅しは。ドコで覚えてきたんだ?
「……いいよ」
しぶしぶ、うなずいているとウエイターがコーヒーと紅茶を運んできた。
ウエイターが去ってから、彼女がおもむろに口を開く。
「じゃあ、直哉さん」
彼女の前に置かれた皿の上の苺の乗ったケーキを一口大にフォークで切り分け、俺の顔の前に持ってくる。
「はい、あーんしてください」
満面の笑顔でフォークを突きつける彼女。
「か、花穂?」
「ケーキ、嫌いじゃないなら食べれますよね?」
「自分で食べれるから、い――」
「駄目です。だって、さっき、いいって言ってくれましたよね?」
背中に嫌な汗を感じながら、フォークから仰け反って逃げようとしたら、今度はちょっと眉尻を下げて拗ねたような顔をする。
その顔に俺が弱いって、彼女は知っているのだろうか?
「……、食べてくれませんか?」
弱々しげな彼女の声。
周りのざわめきが遠くに聞こえる。
周りに誰も居なかったら、こんな躊躇なんてしないのに。
なんてとてもじゃないけど、言えないけれど。
蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なのか?
言いよどんでいると心配そうな顔の彼女。
「……なおやさん?」
「わかった。……一口だけな」
「はい!」
途端に花が咲いたみたいな笑みがこぼれる。
間違いなく、振り回されてる。
でもそれもたまには悪くない、かな。
先程より幾分下に下がったフォークを、彼女の手ごと掴むとすばやく口に運んだ。