帰り道の人間観察 ~神のちいさな趣味
満月の夜は、酒を片手に人の行き来を眺めるのが好きだ。
これが、元々の性格なのか、鎮守神として生きているからなのか、はわからない。
こういう時のお酒がおいしいと感じる。
日が落ちかけると、お酒の準備をして、拝殿の軒下に座る。
神の姿など、誰も気にはしない。
それに、今の時代では、見えないどころか、感じる人も少なくなったものだ。
面白みがなくなった、といえばそうだが、逆に安心して眺めていられるというものだ。
日がすっかり落ちると、神社の境内のそばで遊んでいた子ども達は帰った。
徐々に人の流れは大人へとかわっていく。
皆、拝殿や本殿には見向きもせず、足早に去って行く。
この神社は駅と住宅街の近くにあるせいか、通勤の道として使われることが多い。
酒をくっと飲みきる。
お参りせずに去って行くのは仕方ないと思っている。
だが、参道の真ん中をずっと歩いておきながら、拝みもせず、こちらをにらみつけながら去って行くのは見ていて気分が悪い。
目つきの悪い会社員が去って行くのを、同じようににらみつけながら、その肩についている『悪い気』は見て見ぬふりをする。
「はぁ」
酒がなくなった。
確か奉献された神酒がまだあるはず。
立ち上がって本殿に酒を取りに行った。
「きれい……」
拝殿を通って、軒下に出てきたとき、そんなつぶやきが耳に入る。
どきり、としたときには、一人の女性と目があっていた。
じぃとこちらを見つめられて、肝が冷える。
もう数十年、姿を見られたことはない。
久しぶりの感覚に、動揺する己を自覚した。
「見える、のか……」
「……」
動いてみても、女性の目線は動かない。
ずっと一点を見つめている。
まさか、とその視線を追う。
視線の先は自分ではない。
「きれいだなぁ………」
拝殿の内部に施された彫刻。
それを見ていることがわかった。
さらに女性はそのまま拝殿の天井をのぞき込む。
そしてまた微笑む。
「……」
「おーい」
ひらひら、と顔の前で手を振っても気にするそぶりがない。
気付いていない。
ということは。
「見えていない……か」
ちょっと期待してしまっていた己に気付いてしまう。
それを残念に思ってしまう己にも。
自嘲しながら、元の場所に座り、酒をあおる。
やがて女性は二礼二拍手一礼で参拝して帰って行く。
幼いときから、この神社にお参りしていたが、通学で通らなくなっていたようだ。
しかし、学校が変わって再び通るようになり、久しぶりに来たという。
するり、と手を伸ばして、足に絡みつこうとしている『嫌な感じ』を持つ生き霊を絡め取っておく。
――――昔から見守ってくださりありがとうございます。ここを通ることになったので、時間があればお参りにきます。
これだから、帰り道になるこの神社の境内の人間観察をやめられない。