もう一度だけ
薄暗い病室。部屋にはベッドが、一つぽつりと配置されていた。
そのベッドに、一人の女が眠っている。
そして、その女を前にして涙を流している男がいた。
その女は、ゆっくりと目を覚ました。
男がそばにいることに、気が付いたようだ。
男の顔を見て微笑んでこう告げた。
「アラン。そんな顔をしないで仕方ないことなのよ。あなたは何も悪くないわ」
「嫌だ。マリア、仕方なくなんてない。死ぬことなんて許さない。絶対にダメだ」
「そんなに喚かないの。あなたは大人でしょ?子供じゃないんだから、最後くらいしっかりしなさいよ」
そう言われた女・・・マリアはそう言って男・・・アランを窘める。
彼女は数年前に、十大魔獣に数えられる巨大魔獣ベヒモスと戦った。
当時、『大魔導士』と呼ばれていた彼女だが、そんな彼女でその戦いに勝つことは叶わなかった。
何とか部隊の半数と共に撤退することができたが、戦いで巨大魔獣ベヒモスの呪いを受けた。
ベヒモスの呪いは、特殊だった。その呪いとは、少しずつその人物に対しての記憶を他者から奪っていく、
そして、失われた記憶だけその呪いに掛かったものの命を削っていくものなのだ。
それからマリアは、今病室にて過ごしているのだ。
ベヒモスの呪いを受けてもうすでに数年たっている。つまり、それだけ生命力が削られているということ。マリアの命はもう長くはなかった。
マリアは何か思いついたようで、口を開いた。
「そうね。なら、こんなのはどう?生まれ変わった私をもう一度見つけて見せて、来世でもまた結婚しましょう」
そんな突拍子もないことを、俺に告げた。
その発言が俺が折れないようにするための物だということは、容易に理解できた。
死んでしまうのならば、俺を安心させてから死にたいと思っているのだろう。そんな考えが伝わってきた。だからこそ、俺は悔しくて涙を流す。
けれども、ここで涙を流してはいけないと思い、必死に涙をこらえた。
「あなたなら、できるわよね?」
「ッ!ああ、わかった。来世でもそのまた来世でもお前を見つけてやるッ!」
俺も彼女を安心させたかった。だから、そう決意を口にした。
彼女もそれを分かっているのだろう。だから、俺に優しく微笑んだ。
ああ、死んでほしくない
ずっと一緒にいたいなぁ
そんな気持ちが、胸の奥からこみあげてくる。
だが、俺のそんな気持ちとは裏腹に、彼女の命は刻一刻と削られていく。
やがて、その時は訪れた。
「もう・・そろそろ・・みたい・・・」
その言葉に息を飲んだ。
このままでは彼女を失ってしまう。
嫌だ。離れたくない。死んでほしくない
そんな感情が、想いが強く強くなっていく。
「最後に・・・言いたい・・ことが・・あるの・・」
彼女の纏う雰囲気が変わった。それが終わりが近づいていると告げている。
焦燥と後悔、自分への怒りで、まともに思考が働かない。
彼女が何か告げようとしている。
だが、頭がぼんやりとしているため、頭に入ってこない。
「・・・今までありがとう。こんな私を貰ってくれて。私はあなたを愛しています。アラン」
その言葉だけははっきりと、心に刻み込まれるように伝わった。
マリアの心の内を知れて、愛してくれていたのだとわかると、嬉しいと思ってしまった。
だからこそ、悔しい、悲しい、嫌だ
悔しくて声が出ない。
だが、なんとそんな感情をこらえて言葉を、自分の意志を紡ぐ。彼女に伝えるために。しっかりとお別れをするために。
「ありがとうマリア。俺もマリアがいてくれたおかげで頑張れたんだ!俺もお前を愛しているよ!・・・こんなどうしようもないガキと、結婚してくれて・・・ありがとう」
俺がそうやって自分の想いを紡ぐと、マリアは嬉しそうに笑った。
マリアはゆっくりと目を閉じた。
咄嗟にマリアの手を握ったが、その手には力が籠っていたなかった。
その感触がマリアの死を告げている。
俺はそれが嫌で、そっと・・・マリアの手を離した。
今、この状況になって、初めてマリアとの思い出が思い起こされる。
様々な思い出が蘇る。だからこそ、どうして死んでしまったんだと思ってしまう。
いや、どうして死なせてしまったのだろう?
・・・マリアの死から数日が経過した。
マリアの葬儀などは、すぐに準備された。そのため、マリアの死から二日程度で葬儀を行うことができた。葬儀にはたくさんの貴族が参列した。その中には、この国の国王や他国の皇帝、獣王までもが参列した。その規模は国葬並みであり、いかにマリアが慕われていたか分かる。
マリアが死ぬまで、マリアの存在を忘れていたくせに・・・
俺はそう思わずにはいられなかった。
マリアの葬儀から数日後の今日。
俺は無気力に、何もせずこの数日を過ごしていた。
貴族なので、当然貴族の仕事がある。
だが、今の俺はそんな仕事さえ投げ出していた。
何もする気が起きない。
俺にとっては、マリアが全てだったんだ。
変えの効くはずのない、そんな大切な存在だったんだ。
だからかな、心に穴が開いたように感じるのは。
高級な造りの自室で、そんな風に項垂れる。
周囲の人間は、俺のそんな状況を憐れんでいるのだろう。声を掛けることもなく、憐れみさえ感じているようだ。だが、俺はそんな周囲の態度を、当然であると感じている。なぜなら、俺は愛妻家として貴族の中では有名だったからだ。マリアが死ぬまで、俺は誰も知らない妻と言う幻想を抱いていたと思われていたのにな。記憶が戻ってからは、憐れみだして・・・すり潰してやろうか。
いや、だめだ。今、感情的になってはいけない。それに、周囲の人間たちが悪いわけではないのだ。
だから、この苛立ちを抑えるんだ。
そうだ。こんな時はマリアのことを考えよう。
俺は、マリアと会った時のことを思い出す。
マリアとの出会いは、王立学院でのことだ。
当時は俺もマリアも学院に入学したばかりの頃だった。
俺は男爵家で、マリアは公爵家だった。俺は、貴族の中で一番力を持たない爵位の人間だった。
そのため、周囲は俺を見下していた。
それに対して、マリアは王族の次に力を持つ公爵家。それに、彼女は類まれなる剣の才を持っていた。
だから、マリアは周囲から、羨望のまなざしを集めていた。
それに、マリアは誰にも分け隔てなく接していた。
しかし、基本的に貴族は下の者を虐げる傾向にあった。
俺は身分の差を盾に、自身よりくらいの高い貴族に、虐げられていたとき。
マリアが俺のことを助けてくれたのだ。
それ以降、俺とマリアはよく話すようになった。
あの時は、俺を守るためによく話してくれていたのだろう。
俺はそんなマリアと関わっていくうちに、マリアのことが好きになった。
いや、本当は初めて会ったときに、惚れていたのかもしれない。
そして、そんな俺とマリアが結婚したのは、ある事件がきっかけだ。
その日、俺は普通に授業を受けていたんだ。
そして、マリアと一緒のクラスだから、一緒に授業を受けていたんだ。
今思うと、いつもより周囲の人間がピリピリしていた。
なぜなら、その日は反国王派の貴族が、クーデターを起こそうとしていたからだ。
だから、反国王派の貴族が緊張していたのだ。
そして、唐突にクーデターが発生した。
当然、そのクーデターで学院も襲われた。
学院には武装している反乱軍が、入り込んできた。
反乱軍は、学院の中で国王派の生徒たちを襲っていた。
俺は、学院にいては危ない。そう思ったから、咄嗟にマリアの手を引いて学院から逃げた。
しかし、逃げた先の王都でも、クーデターは起こっていた。
その時は、咄嗟に逃げたせいで冷静じゃなかった。
だから、逃げている先が行き止まりであることに気づいていなかった。
しかも運が悪いことに、その時反乱軍の小隊がその行き止まりの近くを通りかかったんだ。
もちろん、その小隊と戦うことになった。
俺とマリアは、二人とも戦闘が得意だったから、うまく戦えていた。
しかし、所詮は実戦慣れしていない学生。
戦闘の最中に、隙ができてしまうこともある。
マリアは、交戦中に隙を晒してしまったのだ。
相手は実戦慣れしている敵である。もちろん、その隙をついて攻撃してきた。
俺は咄嗟に自分の体を、攻撃とマリアの間に滑り込ませた。
マリアの隙を捉えた攻撃を庇った俺は、カッコ悪いことにそこで意識を落としてしまったんだ。
その後の話は、マリアから聞いた話になる。
マリアが言うには、騎士団がその後に到着したらしい。
俺とマリアは、その騎士団に保護されたらしい。
けれど、その時騎士団はとても忙しくて、そんな王都の行き止まりに現れるはずがない。おかしいが、マリアが言うんだから本当なんだろう。
まあ、その事件がきっかけでマリアとの距離が縮まったんだ。その後、俺達は見事交際することに成功したんだ。俺はマリアと結婚したくて、公爵家に乗り込んだ。そこで、マリアの両親の前で土下座して、何回も訪れて婚約を認めてもらったんだっけ。今思うと、恋心に盲目だったのだろう。
その後は、マリアに不自由な思いをさせたくなくて頑張って爵位を上げた。
そのおかげで、俺は公爵と言う地位にいるのだ。
マリアとの思い出を思い出すと、懐かしくなる。それと共に喪失感が、はっきりと体にのしかかるのだ。
もう何度流したか分からない涙が、また溢れてくる。
それからまた数日の時間が流れた。
時の流れとは残酷で、俺の気持ちとは裏腹に仕事をしなければいけない。
俺は仕事をしている間、心に穴が開いた状態だった。
そのせいで同僚からも何度も心配された。
仕事もうまく手がつかず、結局先に家に帰された。
ああ、もう一度でいいからマリアと会いたい。
何度そう思ったのだろう。少なくとも十や二十は超えているだろう。
今の俺には世界がすべて、灰色に見えてしまう。
そんな俺に一つ転機が訪れた。
その日はいつも通り、無気力に職場から家に帰っていた。
帰り道では、どこもかしこからも話し声が聞こえてくる。
「ねぇ、聞いた?死者と会わせる悪魔の噂」
「そんな噂があるの?」
ふと、そんな会話が耳に止まった。
死んだ人と会わせてくれる悪魔?
その話をしていたのは、二人組の女だった。
「ええ、どうにも悪魔は死んだ人と会わせるということを言っているらしいわよ。最近だと、ケーキ屋さんのアイリスさんが、夫と会うために悪魔と会ったらしいの」
「何それ、そんないいことしてるなら、悪魔じゃなくて天使って言えばいいのに」
「それが、死んだ人と会ったと時に自分のことを忘れられているらしいの」
俺はその話が気になり、その会話をしている人たちに話しかけた。
「その悪魔と言うのは、どこにいるのか知っているのか?」
会話をしていた女性たちは、いきなり話しかけられて驚いた様子だった。
まあ、いきなり知らない貴族そうな人に、話しかけられれば驚くか。
だが、その二人は親切なようだ。
戸惑いながらも、俺にその情報を教えてくれた。
俺はすぐに、その悪魔がいると言われている場所に向かった。
その場所には一人の黒いスーツを身に纏い、黒い帽子をかぶっている長身の男性がいた。
いかにも、裏の人間と言う風貌をしているな。
俺はとりあえず、その男性に何か知らないか聞いた。
「このあたりに、悪魔と呼ばれている人物がいるらしいんだが何か知らないか?」
「クックック、ハハッハッハ!!」
俺がそう聞くと、その男はおかしそうに笑いだした。
何がおかしいのだろうか?
考えられる可能性としては・・・
「いかにも怪しそうな人物相手に、そう聞くってことは、相当参っている奴なわけだ。いかにも俺がその悪魔だ。」
こいつが悪魔で間違いないだろう。
悪魔が放つドロドロとした威圧感のある魔力が、それを証明している。
「死んだ人と会わせてくれるって本当か?」
「ああ、本当だ」
俺はすぐに要件を話した。
その返答で、俺はもう一度マリアと会えるかもしれないと希望が見えてくる。
「お願いだ。俺を今は亡き妻と会わせてくれ」
「クク、悪魔に頼み事をするということはどういうことか分かっているだろうな」
元来、悪魔とは支払われた対価に応じた働きをすると言い伝えられている。
そして、悪魔が対価として求める物は魂、身体、命などだと言われている。だから、悪魔は嘘をつかないとも言われている
もちろん、悪魔に対価を求められることなど想定済みだ。
と言うか、その程度マリアと会えるならいくらでも払ってやるよ。
「もちろんだ。どんな対価でも支払おう」
「ああ、わかった。では、その亡き妻の死因と死んだ日付を教えてもらえるか?」
悪魔は俺の返答を気に入ったようで、ニヤニヤとニヒルな笑みを浮かべた。
俺は悪魔の要求通り、妻がベヒモスの呪いで死んでしまったこと。死んだに日付を教えた。
すると、悪魔は顔を顰めた。
「なるほど、それなら会うことは難しいな」
「なっ!!どういうことだ!!」
思いもよらない悪魔の返答に声を荒げてしまう。
悪魔は顔を顰めたまま、理由を話し始めた。
どうやら、十大魔獣は神の眷属なんだそうだ。
そして、神の眷属はそれぞれの神の性質を持っているらしい。
ベヒモスの主である神は生と死、大地の循環を司る神らしい。
これがどう会うことが難しくなるかと言うと。本来、この世界の生物が死ぬと、この世界の輪廻に戻るらしい。
その輪廻を司る神が干渉する。すると、場合によってはその輪廻から外れてしまうらしい。
だから、ベヒモスの呪いに掛かったマリアは、輪廻から外れているのだろう。
そして、悪魔はその輪廻の途中の生まれ変わる前のその人物に会わせることで、願いを叶えているらしい。
つまり、俺がマリアをこの悪魔では再会させることができないらしい。
「なんだよ、それ。なんでマリアだけそんなことになっているんだよ」
俺は行き場のない怒りを吐き出すように、思い切り横にあった壁を殴った。
殴った衝撃で壁は崩れた。
唯一の希望が消えてなくなったことで、膝から崩れ落ちた。
なんで、どうしてどうして。なんでマリアだけ・・・
行き場のない怒りが、悲しみがただただ自分の中に溜まっていくのを感じる。
もういっそのこと・・・
俺にそんな自暴自棄な考えがよぎったとき、悪魔が口を開いた。
「おい、早まるんじゃねえ。・・・方法がないこともない」
「本当か!」
もし、マリアと会う可能性がまだあるのなら、どんな方法でも使ってやる。
「ああ、言ったろ難しいと、できないとは言ってない。とは言っても天文学的確率に近いがな」
「それでもいい」
例え天文学的確率だろうとも、マリアと会えるなら。わずかでも可能性があるのならば。俺はその可能性を掴むために何も惜しまない。
それから、悪魔はその方法を教えてくれた。
「その方法は、輪廻から外れた魂と会うためにお前も輪廻から外れるしかない。そして、無限に近い数の世界の中から、たった一つの魂を見つけなければならない。それでもやるか?」
「なんだ、・・・そんな程度か」
つまり、俺は無数にある世界の中から、マリアの魂を見つけるだけでいいのだ。
今でもマリアの魂が、どこにあるかなんて感覚で分かっているのだ。
ただ、そこに行く方法が分からなかっただけで。
それに元より、可能性なんてほとんどなかったのだ。
それが時間を掛ければ確実に会えるのだから、そう考えれば簡単だ。
その世界に行く方法も、悪魔が教えてくれるだろうしな。
「そんな程度とは、よく言い切るな」
「当たり前だろう。すべての世界を見て回れば確実に会えるんだからな」
「お前の覚悟は分かった。では対価の話をしようか」
「ああ、なんだって言ってくれ」
「ああ、対価は・・・」
そいつの対価は思っていた物とは、全く異なった。
「そんなことでいいのか?と言うか、それは対価になるのか?」
「ああ、俺は既に何でも持っているからな。だから、面白い物事の方が俺にとっては価値が高いんだよ。」
こいつは何を考えているんだろう。
と言うか、今更だがこいつは何者なのだろうか。
俺は疑問を悪魔に聞く。
「最後に一つ聞いてもいいか?」
「ああ、なんだ?今術式を構築しているんだが」
「お前は何者なんだ?」
「何者ねぇ?そうだな名乗るとするならば・・・」
悪魔がそう話していると、突然見たこともない魔法陣が足元に浮かび上がった。
なんだ?突然どういうことだ?
俺の動揺などお構いなしに、魔法が光りだす。
どういうことだ!?
「俺は・・・数千の世界を統べる者・最強の王ゼノだ」
悪魔・・・ゼノがそう名乗ると、魔法陣が完全に発動した。
次の瞬間には、俺はその場所から姿を消していた。
気づけば、俺は何の色もない空間にいた。光も、闇も何も存在しない。
何も知らない。どうしたらいいのかもわからない。
ここがどこなのか、どうやったら他の世界に行けるかも。何もかも俺は知らない。
だが、心が“魂”が言っている。
『あの方向にマリアがいる』
そう声を上げている。
どうしたらいいか分かってきた気がする。
俺は唯々、その方向に進んでいく。
走って走って・・・
何時間走っただろうか?
ふと、足元に視線を向けると俺の体がなかった。
俺が走っていると思っていたのは、ただ魂が移動しているだけだった。
まあ、そんなことはどうでもいい。
それからもずっと移動し続けた。
ここだ。いや、この奥だ。
俺は直感的に、この奥の別の次元にマリアがいると感じ取る。
どうすればいい?
否、どうやって壊すのか?この空間を、この次元にどうやって亀裂を作るのか。
分かっているはずだ。俺の魂はその方法を知っている。
俺はただそこにた佇み、意識を俺の内の暗闇に落とす。
次の瞬間。空間が揺れる。
ゴゴゴゴゴゴッゴゴゴッゴ!!!!
空気がないはずなのに、すさまじい轟音が辺りを支配する。
魂から、大量のエネルギーが流れ出す。
パリンッ!
そんな音と共に、一つの亀裂が現れた。
この先にマリアがいる。俺はそう思ってその亀裂に入った。
亀裂に入ってから、しばらくの年月が経った。
どうやら、あの亀裂は異世界につながっていたらしい。
俺はその世界に生まれ変わった。
この世界で、天寿を全うするまでマリアを探した。
天寿を全うすると、またあの空間に戻ってきていた。
正確には別の次元の似た空間なのだが。
つまり、俺はこれから多くの亀裂に入り、多くの異世界で生を受ける。
そして、その世界の中でマリアを見つける。
ゼノが言っていたことは、そういうことか!
それから、何千何万何億何兆の世界を渡り歩いただろうか。
これまでの世界で、親友と呼べるくらい仲のいい友もできた。
この世で最強なんじゃないかと思う奴もいた。
俺のことを好いてくれたいい奴もいた。
世界を滅ぼそうとする魔王だって、必要があれば討伐した。
俺の邪魔をするなら神だって、何体も消した。
正直、何度もつらくなって投げ出しそうになった。
特に、仲良くなった友達と別れるのは辛かった。
ただ、ましだったのはマリアみたいな別れじゃなくて、寿命やお互いが納得していたことだ。
そんな親友たちでさえも、俺の世界に色を与えることはできなかった。
ある世界、俺はこの世界では貴族として生を受けていた。
そして、貴族としての爵位は公爵家だった。
だから、俺は貴族パーティーに出席していた。
貴族の派閥争いとか、マウント大会なんて全く興味がないため。俺は会場の隅で飲み物を飲みながら、ボーとしていた。
すると、会場の扉が開いた。
そこから、一人の令嬢が入ってきた。
この国では公爵から男爵、最後に王族の順で会場に入る決まりがある。
今は順番的に男爵が入ってきたのだろう。
俺はそちらの方に目を向けた。
俺は目を奪われた。
なぜならそこにいたのは・・・果てしない時間を掛けて探していた人なのだから。
見間違うことなどあるはずがない。
彼女がマリアだと、俺の魂が言っている。
マリアを見つけた喜びで、頭がおかしくなりそうだった。
それを何とか、精神魔法まで駆使して抑え込んだ。
俺は急いでマリアの下に向かった。
マリアは驚いた様子だ。
仕方ないだろう。あちらからすれば俺は知らない人物なわけなのだから。
俺はマリアの下に着くと、息を整えてからマリアに話しかけた。
「私はグランベル公爵家のアラン・グランベル公爵と言います。失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいですか?」
俺はそうマリアに話しかけた。
すると、マリアは不思議そうにこちらをみていた。
もしかして、何かおかしかっただろうか?
急に話しかけるのは、失敗だったか?
「あの、私の顔に何かついていますか?」
「ふふ。いえ、何とも他人行儀な挨拶をするものですから。少し面白かったので」
その返答に、俺は違和感を覚える。
他人行儀?この世界では初対面のはずだ。
もしかして、マリアとしての記憶を持っているのか。
いや、生まれ変わったマリアが、マリアとしての記憶を覚えているはずがないのだから。
そんな風に不思議に思っていると、彼女の侍女らしき人物が口を開いた。
「お嬢様。公爵様になんということを言っておられるのしょうか!?」
彼女の叱責はもっともである。
この場においては、俺の方が爵位が高いのだから。
俺はマリアが相手だから、気にしないが他の貴族ならば怒るだろう。
ならば、何故俺に対してそんな態度を取ったのだろう。
まさか・・・いや、そんなわけが・・・
「あら、ようやく気付いたの?それともまさか妻のことを忘れたわけではありませんよね?アラン」
「まさか・・・そんなことがあり得るのか?マリア?」
「では自己紹介をさせていただきます。私はストレガー男爵家長女クロエ・ストレガー。もしくはマリア・ローズ・ヴェルファイア公爵夫人と名乗った方がよろしくて?」
彼女が名乗ったのは、生前のマリアのフルネームだった。
つまり、彼女は記憶を持ったまま、生まれ変わったということだ。
魂レベルで覚えてくれていたのだろう。その事実が今は嬉しくて仕方ない。
俺はその考えを口にしていた。
「記憶を持ったまま、生まれ変わったのか?」
「いえ、そういうわけではないわ。あなたを見つけた瞬間に思い出したのよ。魂と言うのかしらね。それがあなただけを覚えていたの」
まさか、マリアが俺のことを覚えていてくれたなんて。
魂が覚えているということは、魂に刻まれているということ。
つまり、永遠に忘れることがない。最大級の想いの強さの表れである。
少なくとも俺はそう考えている。
だから、俺はそのことが嬉しくてたまらない。
さて、俺にはやらなければならないことがある。
ちゃんと対価を払わなくてはいけない。
俺は、マリアに正対する。
来るかもしれないこの日のために用意していた物を、亜空間から取り出した。
それは指輪だった。
「マリア。いや、クロエ・ストレガー。私と結婚してほしい。この世界でも何度生まれ変わっても君だけを愛すと誓おう!」
俺はそういって、指輪を見せる。
彼女は涙ぐみながら、その左手を俺の方に出す。
今まで、失った時間を取り戻すくらい、俺は彼女と一緒にいると決めていた。
だから、もう話はしないのだ。
「はい、喜んで。アラン」
指輪をマリアの左手の薬指に嵌めた。
それから、何年か経ったある日。
「そう言えば、なんで再会したその日に告白をしたの?あなたの性格的にすぐには告白しないでしょう?」
俺はマリア・・・クロエにそう問われていた。
クロエの疑問はもっともだと思う。
非常識な行為であったと、今でも思うし、反省もしている。
なら、なぜそんなことをしたかと言うと、これは対価なのだ。
ゼノはあの日、対価にマリアともう一度結婚することを提示した。
あの時は分からなかったが、永遠に近い時間を生きた今ならわかる。
永遠の時を生きる者にとっては、刹那こそ大切なのだ。その一瞬の幸せを噛みしめることが、永遠を生きるためには必要なのだ。
例え、それが相反する概念だとしても。
人と人の交わりによっておこること。世界同士の交錯。その他にもあるが、そう言った事象は不確定であり、初めて見るものであることが多いのだ。
だからこそ、飽きることがないのだ。
まあ、そんな対価を抜きにしても、再会させてくれたゼノの要求だ。そのくらいなら無償でしたのにな。
もしかしたら、俺たちのことを見ているのかもしれない。
なら、言ってしまったら少し可哀そうだ。
せめてもお礼として黙っていたい。
だから・・・
「そうだな。それは秘密だ」
「もう、気になるじゃない」
「秘密は秘密だ。ただ、言うとするならば恩返しだよ。」
あの人もどうか、幸せに生きてほしい。
ー完ー
ちょっとした気分転換に書いたのですが、思っていたよりも伸びてしまい。一万文字程度も書いてしまいました。リアルが忙しいことは変わっていないので投稿ペースは遅いのですが、これからも私の作品を楽しみにしていただけたら嬉しいです。
最後までご覧いただき、ありがとうございます。