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1.店主とお客様

都心から電車で1時間。小麦の香り香る小さな農村からさらに山に向かって歩いたところにこじんまりとした花屋があった。

パッと見は鮮やかな緑色に塗装された木目調の一軒家だが、店先のテラスには色とりどりの花が並んでおり、木漏れ日がスポットライトの様に店を明るく照らしている。


カランコロンとドアベルの音が鳴り響いた。

「ちょっと待ってくださいね、今向かいますから。」

バタバタと店の奥から出てきたのは店主と言うかバイトと言うか、冴えない三つ編みおさげの少女だった。

「なんだ、セキレイ先生か。」

私の姿を見て少しばかり落胆した様子も見せたが、いつものようにテラスまで出迎えてくれた。

「今日も差し入れですか?いつもありがとうございます。」そう言って彼女は私の持ってきた桑の実を受け取った。


「今日はどんな小花がいいですかね、オススメは今朝こちらに持ってきたステラとかジャメスとかはどうですか?」

何度も首を傾げながら話を聞いているセキレイ先生に花を見せながら訊ねると、黄色のジャメスブリテニアの花の茎を咥えて飛び立って行った。

セキレイ先生と親しんでいる彼は野鳥のハクセキレイで、毎日お昼過ぎに木の実を咥えて来店している。

「またいらしてくださいね、お待ちしてます!」と空に向かって大声で告げると店内のカウンターに戻って溜め息をついた。どうして人には花を買ってもらえないのだろうか。

今月も先月もお店はずっと赤字続きで人間は一人を除いて誰も寄り付かない。こんなにも動物たちには人気なのに。とレジ横に並んだ花の葉を指先で撫でながら頬に手をつく。

もし動物たちがお金をくれたらきっと今頃大金持ちになれていたのだろうと煩悩にまみれた思考を振り切る様に三つ編みを振りほどいた。


「ラムちゃん、今日もいつものお願いしてもいいかしら。」

と、聞き馴染んだ優しい声で我に返る。近所に住む藤崎のおばあちゃんだ。毎日このフレグランス•クロリスを訪れ、花瓶に生ける生花やドライフラワー、香水を買っているこの店唯一の常連客だ。

いつも通り一万円分の生花を選びながら恋愛話に華を咲かせる。

「昨日はね、お花も香水も褒めてもらったのよ、私にぴったりな香りの香水だって。」

素敵なお人柄をより華やかにさせるのが私の仕事であり、この仕事のやり甲斐だ。最後に花束の周りにセキレイ先生も選んだジャメスブリテニアを加えて包み、代金をいただいて花束を手渡す。

「あら、ラムちゃん少し疲れているんじゃない?休めているの?」

「あはは、最近町まで出て畑仕事のお手伝いしてるんです。」

経営難が続き朝から晩まで仕事続きな日々に疲労困憊であった。

「大変ねぇ、そうだ今度家にいらして。いつもお世話になっているからご飯をご馳走させてちょうだい。」

「おばあちゃんの手料理大好きだから嬉しい!」

母の手料理の味も香りも全く覚えてないのに温かいおばあちゃんの手料理は夢に出てくるまでに大好物だ。


夢から覚めると早朝のお仕事が始まる。庭のお花達に水をあげ、プランターから顔を覗かせる花の蕾の根元から雑草を摘み取る。そして上着を手にして町に降り、畑仕事の手伝いをする。春のお仕事は春植え小麦の種蒔きと秋頃に植えた小麦への水やりだ。農家宅を訪れ小麦に水がかからないよう根元にだけ丁寧に水をあげていく。まだ緑色の小麦たちがこれから色を付けていくのが楽しみだ。

お仕事が終わったら農家の家族たちと一緒に朝食をいただく。焼き立てでほかほかふわふわのパンを半分にすると大好きな小麦の芳醇な香りか広がり私のお腹が楽しみだと音を立てた。

「今朝もパフュラムのお腹が鳴ったよ。」

「パンを分けていたら良い香りがして、あはは。」

と農家の三男であるフロウが席について私の取り分けたパンを受け取る。

「フロウは今日も学校に行くの?」

「そうだよ。そうだパフュラム聞いてよ、昨日のテストはクラスで1番だったんだ!」

「凄いなあ、フロウは本当に勉強が好きなんだね。」

「うん!勉強したら知らなかった事も沢山分かるんだよ、僕も兄ちゃん達みたいに沢山勉強をするんだ!」

「ライム、早く席についてください。」

次男のライムが欠伸をしながら食卓にやってくる。この春に長男のリリーが学業の為に都会へ越してから、ライムの調子が優れない様子。ここ数日は早く食事を済ませて部屋に篭ってしまう。

私は学校に通った事が無いから学校へ通う事の大変さが分からないが、この春は特別に疲れている様子だ。

「パフュラム、いつもありがとうな。これが今日の仕事代だ。」そう言って手渡された金額はいつもよりも2倍程多いものだった。旦那さんの顔を見ると照れくさそうに笑っていた。

「ほら、昨日はライムの事を想って花を持ってきてくれたじゃないか。」と壁際に飾られた花瓶を指差した。

旦那さんの話によると大切に飾られているのが伝わる私の育てた花はライム自身が花瓶に生けたそうだ。その話を聞いてすぐにライムの部屋を訪ねた。


「ライムがお花飾ってくれたんだって聞いたよ!」勢い良くドアを開けると驚き慌てた様子でこちらに振り返るライムとライムの座っている勉強机にはコップに生けられた1輪のグラジオラスの姿があり思わず笑みが溢れる。

「なんだよラム。男が部屋で育てちゃ悪いかよ。」

「ううん、大切にしてくれてるのが嬉しかったの。また明日畑仕事のお手伝いに来るからね。」

そう告げて農家を後にし自身の花屋開店の準備をしに山に入っていく。すっかり太陽が出て暖かくなってきたお店の前には本日の第一お客様が既に待っていた。


「アカギさんいらっしゃい、お待たせしました。」

私はお店の開店準備をしながらアカギさんがお店に並んだ花を見て回っている姿を横目で見た。

「お久しぶりですね、今日は彼氏さんへのプレゼントですか?」だなんて聞くと、店の入り口にはアカギさんの彼氏さんと4人のお子さんの姿があった。

「ご家族でご来店でしたか!朝からお花なんてきっと今日は素敵な1日になりますね!」

アカギさんの鼻の寄せた赤色の花を手に取ると、旦那さんが差し入れに持ってきたラベンダーと交換した。アカギさんと呼んでいる彼女は小柄なアカギツネで、3年程前から定期的に訪れていたのだがしばらく姿を見ておらず心配していたのだが、4匹の子狐とアカギさんよりも2周りほど大きいガッシリとした体格の旦那さんを連れて半年ぶりに元気な姿で現れ、育児で忙しいだろうに家族揃って来てくれた事がとても嬉しかった。


アカギツネの家族が店を後にすると、差し入れにいただいたラベンダーを調香所に運んだ。

この店では森からやってくるお客様からの差し入れで香水を作っている。こんな田舎では香水を買うお客も生花を買うお客ですらも数少ないが、色んな人達の生活に私の花が彩り、華やかにしている事が感じられる瞬間が大好きなのだ。


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