9.事の真相
私が写映機と蓄音晶に魔力を注ぐと、昨日の出来事が再生された。
写映機に映し出されたのは放課後の廊下。
ルイが数学研究会の活動を終えて、モーリスと一緒に会室から出てくるところだった。
「ルイくんが研究会に入ってくれて、本当に良かったよ。今度、とっておきのナンプレを用意するから、チャレンジしてみて」
「はい。楽しみに待ってます」
モーリスがフランクに話しかけている様子からして、二人はそれなりに打ち解けたのだろう。
ルイも無愛想ながら、どこか楽しそうだ。
二人が他愛もない話をしながら廊下を歩き始めると、前から来た大柄な男子生徒達と肩がぶつかった。
ルイと肩をぶつけた男子生徒は、弾かれて尻餅をつく。
「痛っ……!」
「あっ、すみません!」
「お前ら、どこ見て歩いてんだ!」
大柄な男子生徒達は大袈裟に仲間を助け起こすと、二人を睨みつけた。
「おい、今のわざとだろ!?」
「なぁ、コイツって確か数学研究会の陰キャ貧乏男爵令息じゃねえか?」
「こっちの奴は元々奴隷だったって、キャサリン様が言ってたぜ」
「男爵令息と元奴隷のくせに、偉そうに廊下のど真ん中歩いてんじゃねえよ! お前らはもっと廊下の端を歩けよ、端を!」
吐き捨てるような言葉に、二人の肩が小さく震える。
「謝れよ。土下座でもすれば許してやる」
彼らの挑発は止まらない。
二人は必死に頭を下げ、「すみません」と繰り返すだけだったが、それが逆に彼らの苛立ちを煽ったようだ。
「舐めてんのか!」と叫んだ一人が拳を振り上げ、ルイの胸元めがけて殴りかかる。
が、次の瞬間。
鈍い音と共に倒れ込んだのは加害者の方だった。
自分の拳を押さえてうめき声をあげる姿は、まるでルイに殴り返されたかのようにしか見えない。
周囲にいた者たちの間に、どよめきが広がった。
アルフレッドらしき男が現場に駆けつけたところで、私は写映機の映像を停止した。
「ほら! やはりルイ・クロスが暴行をしたではありませんか!」
アルフレッドが食い気味に叫ぶ。だが私は一歩も退かない。
「ランドルフ様、よく映像をご覧ください。ルイは身を竦め、防御しているだけです。反撃の動作は一切ありません」
学院長は目を細め、映像に見入った。
「……確かに」
それでもアルフレッドはなお、声を荒げる。
「しかし事実として、彼らは傷を負っています。 ルイ・クロスが何らかの力を使ったに違いありません!」
私は静かに言葉を重ねた。
「それは、私がルイにかけた『物理反射』の魔法です。彼はかつて奴隷であったため、主人に殺されかけたことがありました。ですので同じ危険が繰り返されぬよう、私は彼に反射魔法を施し、さらには使役モンスターに証拠を残させていたのです」
「まさか、ベルモント様がそのような魔法までお持ちだとは」
学院長が冷静に私の説明を聞く一方で、アルフレッドは驚いて眉を上げた。
「なるほど。では今回の件、クロスさんは一切手出しをしていないと?」
「はい。強いて言えば、彼らを攻撃したのは私の魔法です。私は停学すべきでしょうか?」
私は、余計な波風を起こさないために自ら出ようとした。だが学院長は慌てて首を横に振った。
「いえいえ、キャサリン・ベルモント嬢。貴方は何も悪くありません。そもそも先に危害を加えようとしたのは彼らですから、彼らを停学にします。そしてルイ・クロスさんの停学処分を取り消します」
「公正なご判断を賜り、誠にありがとうございます。念の為、写映機と蓄音晶は証拠として提出致します」
学院長の判断にアルフレッドは顔色を変え、短く舌打ちを漏らした。彼は、悔しさと不満が混じった表情で、ルイを睨みつける。
「ですが学院長。実際に被害を出した者がお咎めなしというのは如何なものかと」
「それも、そうですが……」
アルフレッドの指摘に、学院長は眉間に皺を寄せ、私の顔色を伺いながら逡巡した。
私…ひいては名門ベルモント家の後ろ盾を失うことへの恐れと、理事長として公正を示さねばならぬ責務との板挟みに苦しんでいるのが、ありありと伝わってくる。
額ににじむ汗が、その逡巡の深さを物語っている。
「わかりました。ランドルフ様のお気持ちもごもっともです。物理反射の魔法を使った私にも非があります。ですので、甘んじて罰を受け入れましょう。ただ、せめて文書での反省にてお許しいただけないでしょうか?」
私は落とし所をつけるため、誠意を示して反省文の提出を申し出た。
「えっ? あっ、いえベルモント様のことを言ったわけでは……」
私の申し出に、アルフレッドは虚をつかれたように狼狽えた。
「わかりました。ではキャサリン・ベルモント嬢、本日中に今回の件の反省文を書いて提出してください」
「承知しました」
こうして私が自ら反省文を書くことで、ルイは一切の処分を免れ、事件の責任は私が肩代わりした形となった。
私達は学院長室から出ると、アルフレッドはルイを睨みつけて舌打ちした。
「今回はたまたま違ったようだが、貴様がボロを出すのは時間の問題だ。この学院は貴様のような穢らわしい存在が居ていい場所ではないと、気づかないのか?」
アルフレッドの言葉は毒針のようだ。
ルイは完全に萎縮して、声を出せない。
周囲の生徒がちらりとこちらを窺っている。
「さっさと学院から去れ。その方が身のためだぞ」
威圧的なアルフレッドの態度に、私の胸に怒りが沸々と湧き上がった。
言葉は穏やかに、だが釘のように深く投げつける。
「あらランドルフ様。我がベルモント家の者がランドルフ様に何かご迷惑ををおかけしましたでしょうか?」
私の問いは遠回しだが明白な抑止力を含んでいる。ルイを理不尽に罰する行為は、ベルモント家を敵に回す行為と同義だ。
その圧が伝わったのか、アルフレッドは一瞬、顔色を変え、咳払いをするようにして体勢を立て直した。
「これは失礼しました。ですがベルモント様。一つ大切な助言をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「何でしょう?」
「ルイ・クロスをあまり信用なされない方がよろしいかと存じます。ベルモント様がこの者を『運命の番』だと感じたのも、この者の策略という可能性があります」
アルフレッドの吐き出した言葉は冷たく、そして含みのある言い方だった。
彼は自分の立場をわきまえ、礼を取り繕いながらも、ルイに対する警戒を解かない。
「あらそうなのですか? でしたら、この私が『ルイの策略』とやらに引っかかった間抜けだと、ランドルフ様はおっしゃりたいわけですね」
私は自虐気味に軽く笑うと、アルフレッドの表情は焦りで歪んだ。
「いえいえ! 滅相もございません!」
彼の声はやや高く弾み、必死に真顔を取り繕う。
だが瞳の奥の、ルイに対する警戒は消えない。
「ただ、もしルイ・クロスが悪事をしでかすようでしたらいつでもご相談に乗ります。その時は私が、責任を持ってこの者を罰します。それでは私はこれにて失礼します」
そう言うと、アルフレッドは小さく会釈して足早に去っていった。
ルイはアルフレッドの背中をじっと見つめ、彼が視界から消えると、視線を私へと戻した。
彼の肩はまだ微かに震えていたが、顔色はマシになった気がする。
奴隷だった過去があるとはいえ、アルフレッドのルイに対する執拗な嫌悪は異常に映った。
単なる偏見なのか、個人的な因縁があるのか。
二人の微妙な関係性が、私の中で少し気がかりだった。
お読みいただきありがとうございました。
次回の更新は明日20時の予定です。
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