8.呼び出し
編入二日目の朝。
ベルモント家の馬車は今日も、王立オルフェウス魔術学院に向かって軽やかに進む。
車輪の揺れとともに馬車が停まると、私達は扉を開けて降り立った。
その瞬間、肌を撫でる冷たい空気にルイの肩が小さく震える。
「行きましょう、ルイ」
私が声をかけると、ルイはわずかに頷いて門をくぐる。だが足取りは相変わらず重い。
昨日、彼は数学研究会という居場所を得た。
だから少しは学院に馴染めたのかと思いきや、そうでもないらしい。
昨日、屋敷に戻った時のあの様子。
帰ってきて早々に自室へ籠ったルイは、どこか取り乱しているように見えた。
何かあったのかしら?
「ルイ、まだ緊張しているの?」
「え、あ……はい」
返ってきた声は上擦っていて、彼の視線は宙を泳いでいる。
「昨日の数学研究会の人を探しているの?」
「いえ…」
「だったら、何を探しているの?」
「それは……すみません」
曖昧に謝る彼の横顔は、心ここにあらずといった具合だ。
モーリスに聞けば、ルイが挙動不審な理由がわかるかしら?
そんな時だった。
人混みの向こうから、瑠璃色の髪を持つ一人の青年が現れた。凛とした佇まいに、鋭くて力強い目つきの彼は、誰もが自然と道を開けてしまうほどの圧を持っている。
伯爵令息アルフレッド・ランドルフ。
この学院の生徒会会計であり、学院でも一目置かれる存在。
そして、あのランドルフ伯爵の嫡男だ。
その姿を見た瞬間、ルイの顔から血の気が引いた。
背筋を縮こまらせ、まるで蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
アルフレッドの鋭い目がルイを射抜く。
冷たい石を投げつけるような声音が飛んできた。
「おい。………ルイ・クロス」
「は、はい!」
乾いた声で返事をするルイ。
その声には恐怖が混じり、喉が詰まる音まで聞こえそうだった。
アルフレッドの目は、汚物を見るように冷ややかだ。
私は瞬時に彼の前に一歩出る。
無いとは思うが、もしアルフレッドがルイに危害を加えるならば、彼を守るために施した魔法が発動するだろう。
だけど、彼が今更ルイに何の用かしら?
「貴様、学院長がお呼びだ。さっさとついて来い」
ルイの肩がびくりと跳ねる。
「あら。学院長がルイに何の用でしょう? 私も同行してもよろしいかしら?」
「勿論です」
私に対しては棘のある態度を一切見せない、アルフレッド。
彼のそんな態度が、どことなく慇懃無礼のように感じる。
私は彼をじっと睨み、挑むような視線を交わしながら、ルイを伴って学院長室へと向かった。
◆◆◆
学院長室に通されると、壁一面の本棚が威圧感を放っていた。窓から差す光に、机上の魔導具が冷たく反射している。
「お待ちしていました。ルイ・クロスさん」
学院長は目尻にくっきりと笑い皺が刻まれた、穏やかな表情の初老男性だったが、その眼差しは冷ややかにルイを射抜く。
「実は貴方が昨日、数人の生徒に暴行を働いたという報告を受けました。よって貴方を二週間の停学とします」
「そ、そんな……!」
ルイは絶望の色を浮かべ、顔から一気に血の気が引いた。
声は震え、今にも崩れ落ちそうな様子だ。
「言い訳はするな!」
すかさずアルフレッドが追撃するように声を張る。
その口調は断定的で、自身が正しいという確固たる自信を感じられた。
「私も現場に遭遇した。ルイ・クロスが暴力を振るっているところを、しかとこの目で確認したぞ!」
ルイの瞳から光が失われていくのが見えた。
嗚呼。
だから今朝からこんなにも怯えていたのね。
私は学院長へ静かに口を開いた。
「失礼します。昨日の件についてですが、私の方でも確認をさせていただけませんか?」
学院長は怪訝な顔で首を傾げる。
「確認……ですか? 一体どのように?」
私は軽く息を整え、手を翳す。
途端に空気が揺らぎ、隠していた使役モンスターが現れた。
学院長の目が見開かれる。
ルイは驚いて息を呑み、アルフレッドすら眉をひそめる。
「こ、これは……!」
「私が使役しているモンスターです。昨日から彼らに透過の魔術を施し、ルイを見守らせていました」
私はモンスター達の手から、魔導写映機と蓄音晶を受け取る。
掌にずっしりとした重みが宿り、場の空気が張り詰めた。
「ルイはともかく、お二人ならこれらが何かご存じですよね? 写映機は過去の映像を、蓄音晶は過去の音声を再生できる魔導具です。これで昨日の様子を確認してみましょう」
私は写映機と蓄音晶に魔力を流し込む。
すると写映機の光が放たれ、宙に淡い像が浮かび上がった。
そして蓄音晶から響く音と連動して、過去の出来事が再現された。




