7.数学研究会
好奇の視線にさらされながらも、どうにか終えた編入初日。
無事に一日を終えて、ルイは安堵し穏やかな表情になった。
今日一日、ルイからは不器用ながらも学院に溶け込もうとする健気な努力が、ひしひしと感じられた。
「ルイ、お疲れ様。編入初日はどうだった?」
「今日は、本当に……緊張しました」
「それは当然よ。初めての場所だもの。でも、ちゃんと頑張っていたわ」
ルイは、照れくさそうに小さく笑う。
「あと、授業が少し難しかったです」
「ふふ、でも貴方なら大丈夫。分からないことがあったら、いつでも私に聞いてちょうだい」
ルイは小さくうなずく。
その表情が嬉しそうに感じたのは、きっと勘違いではないだろう。
教室から出た私達は、帰りの馬車に乗るため正門へと向かう。
するとそこへ、一人の男子生徒が私達のもとへとやってきた。
男子生徒は、ワカメのように深緑色で波打つクセ毛の持ち主だった。
地味で影の薄そうな風貌の彼は、おそらくクラスメイトのモーリス・アップルトン男爵令息だったと思う。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
「失礼します、ベルモント様」
「あら、何かしら?」
「お隣におられるクロスさんに用事があるのですが、よろしいでしょうか?」
「私は構わないけど、ルイに何の用?」
「実は僕、数学研究会の会員なのですが、クロスさんには是非、うちの研究会に入って欲しいのです!」
モーリスは羨望の眼差しをルイに向けた。
「今日の数学の授業で、クロスさんに類稀なる数学の才能を感じました! ぜひ、数学研究会にて一緒に数学を追究しましょう!」
モーリスは瞳を輝かせながら、ルイを見つめる。ルイは固い表情のまま逡巡しているが、口角が若干上がっているし、満更でもなさそうね。
「……お誘い、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」
「よかった! では早速、研究会の活動に参加していただけますか?」
「キャサリン様が良ければ大丈夫です。キャサリン様、参加してもよろしいでしょうか?」
「勿論よ」
反対する理由はない。
むしろ学院内に彼の居場所が増えることは良いことだ。
「折角なら、私も数学研究会とやらに参加しようかしら?」
するとモーリスは狼狽し、額に汗をかいた。
「キャ、キャサリン様! ありがたい話ですが、お気持ちだけで充分でございます!」
「あら? 私が入るのは嫌なの?」
「め、滅相もございません! ただ、我々のような小さな研究会の活動は、キャサリン様にとってつまらないかと思われます」
「そんなことはないわ。ルイがいれば、きっとどこでも楽しいわ」
「ですが……その……チェス愛好会やトランプ愛好会のようになりませんか?」
懐かしい単語が彼の口から出るとは思わなかった。
チェス愛好会もトランプ愛好会も、一時期入会していたが暇つぶしにもならなかった。
どちらの会も、会員達が弱すぎて対戦相手がいなかった記憶しかない。
「それらの愛好会が、どうかしたのかしら?」
「非常に申し上げ辛いのですが、キャサリン様があまりにも才能に恵まれすぎまして、その……会員達が自信をなくし解散したのでございます」
「あら、そう」
「ですので、キャサリン様の類稀なる才能に当てられてウチの会員達が自信をなくさないか心配でして……」
なるほど。
私の入っていた愛好会が次々と解散していったのは、そのせいだったのね。
「それなら、私は遠慮しておくわ。折角のルイの居場所を潰すようなことをしたくないもの」
「お心遣い、感謝いたします!」
モーリスは深々と頭を下げると、ルイを連れて数学研究会の会室へと足を運んだ。
私はそんな彼らを見送った後、先に屋敷へ帰ることにした。




