36.治療
「ティアナを魔法で治療、してくださるのですか?」
ランドルフ伯爵は目を大きく見開いて輝かせる。
アルフレッドやその場にいた使用人達も、期待の眼差しを私に向けた。
「成功する可能性は高くはありませんが、試してみても構いませんか?」
「是非、お願いいたします。これまで幾人もの治癒師の方々に診ていただきましたが、そのたびに『手に負えない』と治療を断念されました。ですが、ほんのわずかでも望みが残されているのでしたら、その可能性にお縋りしたいと存じます」
「承知しました。では早速、試してみますね」
私はティアナ様の頭に優しく手を置くと、精神組絵の魔法を発動した。
この魔法はクセが強くて、使い道が限られている。
そのため私も使うのは今日が2回目だ。
初めて使った時は動作確認程度のことしかしていないから、本格的に扱うのは今日が初めてと言っても過言ではない。
精神組絵によって、ティアナ様の精神はパズルのような形で具現化される。
彼女のパズルは想像していた通り、ほとんどのピースがバラバラで組み立てられていなかった。
私はそんな彼女のパズルを、一つ一つ慎重に組み立てる。
「……一旦は、終わりました」
パズルが概ね完成すると、私は精神組絵の魔法を解除し、ティアナ様を抱き抱えてベッドへと寝かせた。
精神組絵であれだけ精神に干渉したのだから、ティアナ様の負担もさぞ大きかっただろう。
死んだように眠っている彼女を見て、ランドルフ伯爵も、アルフレッドも、ルイも、全員が息を呑んだ。
「それで、治療は……ティアナは無事なのでしょうか?」
「成功しているかどうかは、起きてみなければ分かりません」
少なくとも、大成功とは言えない。
砕けたピースや嵌まらなかったピースが、幾つかあったからだ。
ただ、失敗しているとも言い切れないので余計なことは言わないことにした。
「確認のため、ティアナ様が目覚めるまでこちらで待機してもよろしいでしょうか?」
「はい、勿論です」
室内は静寂に包まれる。
部屋にいる誰もが、ティアナ様の目覚めを待っていた。
全員が彼女を見守る中、小一時間ほど経過して、ようやく彼女が目を覚ました。
「……ふぁぁ……」
大勢の人に見守られながら目覚めた彼女は、大きな欠伸をしながらゆっくりと上体を起こす。
そして周囲をキョロキョロと見回すと、気まずそうに苦笑いをした。
「あのぉ……お兄様。どうか致しましたか?」
ティアナ様はランドルフ伯爵を見て話しかける。
『お兄様』と呼ばれた伯爵は、目を潤ませて朗らかに笑いながら彼女を抱きしめた。
その光景に、アルフレッドを始めとしたランドルフ家の人々も感極まって、涙する者もいた。
少なくとも喋ることができるようだから、悪化はしていないだろう。
問題はどの程度、意思疎通が取れるかどうか、だ。
「そうだ、ティアナ! 私が分かるか? 思い出して、くれたのか?」
「お兄様、どうしたの急に? 暑苦しいわ」
大粒の涙を流す伯爵に、ティアナ様は無邪気に微笑む。
その姿は、先程までのヒステリックで病的な姿とはまるで違っていた。
「ティアナ叔母様、お身体は大丈夫でしょうか? どこまで覚えていらっしゃいますか?」
「貴方はもしかして……お兄様の息子なのかしら? 『覚えている』って何を?」
「私は貴女の甥のアルフレッド・ランドルフです。叔母様とお話しできて嬉しいです。叔母様はつい先程まで、精神が不安定だったのです。ですので記憶に問題がないか確認させていただいた次第です」
「あら、そうなの? 私が覚えているのは……」
ティアナ様は淡々と、記憶を辿りながら覚えていることを喋った。
彼女は学院を卒業するまでの記憶は割と鮮明に覚えているようだが、ネームドモンスターに襲われたことや精神が崩壊した後の記憶は曖昧のようだ。
「……覚えているのは、こんなところかしら?」
「それだけ覚えていたら充分だ。正気に戻ってくれてよかった。キャサリン様、愚妹を救ってくださり誠にありがとうございました。あらためて然るべき形でお礼をさせてください」
ランドルフ伯爵が私に深々と頭を下げる。
「……ランドルフ伯爵。お礼を向ける相手が違いますわ」
「……と、おっしゃいますと?」
「私はルイの願いを受け入れただけです。ルイがティアナ様を治してほしいと頼まなければ、私は手を貸しませんでした。ですから、感謝なさるのであればルイへどうぞ」
「しかし、実際に治療を施されたのはキャサリン様ではありませんか。それならば、キャサリン様に感謝するのが筋ではありませんか?」
「でしたら私に対する『お礼』は全てルイへ向けてください」
途端に、苦虫を噛み潰したような顔になる伯爵。
その鋭い視線に、ルイは怯えて顔が強張った。
「……貴様なんかに、私が感謝するとでも思ったか? この汚物が!」
伯爵はルイを睨みながら、恨めしそうに吐き捨てる。
「あら。ランドルフ伯爵は、私に対しても同じような感謝を告げるのでしょうか?」
「め、滅相もありません!」
「伯爵は私のことを汚物だと思っていらっしゃるのですね?」
「いえいえ! 決して、そのようなことは……」
「でしたら、どのように誠意を示してくださるのでしょう?」
するとランドルフ伯爵は眉間に皺を寄せながらも、ルイに対して頭を下げた。
「……ありがとう、ございました!」
暴言を吐くような荒々しい声で、ルイに感謝を伝える。
その声色からは感謝の気持ちが一切伝わってこない。
代わりに、屈辱とでも言わんばかりの歯軋りする音が微かに聞こえた。
「お兄様ったら、それが人にお礼を言う時の態度なの? 呆れるわ。 キャサリン様とルイ様、でしたっけ? お二方が私を助けてくださったのですよね。ありがとうございました」
ちゃんとお礼のできない伯爵に代わって、ティアナ様が朗らかな笑顔で感謝を述べる。
「……ところでティアナ様、ケントさんのことは覚えていらっしゃいますか?」
ルイは唐突に、真剣な顔でティアナ様に尋ねた。
その質問に、伯爵は「余計なことを言うな」と怒鳴り、アルフレッドや使用人達は白い目を向けた。
「ケントさん? どなたかしら?」
「貴女にとって大切なお方です」
「そうなの? でも全然、記憶にないわ」
「よく思い出してください。お願いします」
「ケントさん、ケントさん……。あっ! 学院で同じクラスだったケント・レイノルズ子爵令息のことかしら? でも彼はただのクラスメイトだし、大切な人とは言えないから……違うわよね?」
ティアナ様の言葉に、ルイの瞳は光を失ったかのように暗くなる。
一方で、伯爵はほくそ笑み、使用人達は安堵し胸を撫で下ろした。
「あの男のことを綺麗さっぱり忘れているとは。キャサリン様、これ以上なく素晴らしい治療をありがとうございます」
ランドルフ伯爵は満面の笑みで謝辞を述べたが、どうも腑に落ちない。
ルイの浮かない表情を見ていると、むしろ失敗だったとすら思えてくる。
「ランドルフ伯爵。もしよろしければ今後、ティアナ様の経過観察をさせていただいてもよろしいでしょうか? 精神組絵の魔法の効果は未知数なため、悪化していないか定期的に確認した方が良いかと思われます」
「勿論でございます! むしろアフターケアまでしてくださるとは。感謝してもしきれません」
とりあえずティアナ様の様子を見つつ、ルイのためにも『ケントさん』を思い出せるようサポートしよう。
ヒトの家の事情を詮索することほど無駄なことはないと思うが、そこにルイが絡んでくると意地でも知りたくなる。
ルイがティアナ様を気にかける理由は?
ティアナ様が『ケントさん』を忘れたことに、ルイが切ない顔をした理由は?
いつかルイの口から、その辺の事情を話してもらえる日が来るのかしら?
今回で第一部は完結となります。
第二部は書き終わり次第、まとめて更新する予定です。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




