31.活動停止命令
とある日の放課後。
この日も、私は漫画愛好会の活動に参加していた。
「ねぇ、エドナちゃん。『麗しのご令嬢様』の新刊、次はいつ出るの?」
「まだいつかは判明していませんが、噂ですと作者様の筆が乗っているそうで、次巻はすぐに出版されそうです」
次巻以降の内容は私も把握していないから、出るのが楽しみだわ。
内容によっては、実際にケイティとルーイのやり取りを私とルイで再現してみようかしら?
そんな何気ない会話を楽しんでいると、会室の扉をノックする音が響いた。
『失礼します』という声とともに入ってきたのはイザベラだ。
嫌というほど見飽きた、普段の嫌味ったらしい笑顔。
きっと、碌でもないことを報告しにきたのだろう。
「ご機嫌よう、漫画愛好会の皆様」
「ご機嫌よう、リュミエール様」
「漫画愛好会の皆さまのご活躍、まことに見事にございますわ。マリア様の御世界にて生まれたという漫画は、学院の生徒はもとより、今や王国中の方々をも魅了しております」
「お褒めのお言葉を頂き、光栄ですわ。ところで、リュミエール様のご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「どうか結論をお急ぎにならないでくださいませ。これでも、非常に申し上げにくいお話なのですのよ」
『言いにくい』という言葉とは裏腹に、彼女の口元は今にも言い出したそうに緩んでいる。
「とはいえ、いくら報告を延ばしたところで結論が変わるわけではございませんわね。それではご希望通り、報告致します」
イザベラの言葉に、マリアとエドナは息を呑む。
「誠に残念ではございますが、このたび漫画愛好会に活動停止命令が下されました」
やっぱりね。
イザベラが笑顔で報告しにくるなんて、そのくらいしか思いつかない。
口をぽかんと開けて固まっているマリアとエドナの代わりに、私はイザベラに問い出した。
「リュミエール様、あまりに急なお知らせでございますわ。それになぜ漫画愛好会が活動停止などという事態になりましたの?
まずは、理由をお聞かせいただけますかしら」
「漫画愛好会の皆さまのご活動が素晴らしいものであることは、私も重々承知しておりますわ。
けれども、皆さまが制作なさる漫画の一部は、学院の風紀を乱しかねないとの懸念がございますの。
実際、学院中の生徒が漫画に心を奪われ、学業が疎かになっている状況も見受けられますわ。
ゆえに、生徒の規律を正すためにも、漫画愛好会の活動を停止し、学院内での漫画の閲覧を禁じる判断が必要と相成りましたの」
「学院の風紀を乱す……って、そんなぁ」
膝から崩れ落ちるマリア。
イザベラはそんな彼女に対しては意地悪な笑みを浮かべず、優しく宥める。
「マリア様、ご安心くださいませ。あくまで学院内での活動を禁止するだけですので、学院外であれば今まで通り漫画制作に励まれても問題はありません。それにロビンソン様は我がリュミエール公爵家の分家の末端ですので、原稿の受け渡しは当家を介してくだされば今まで通り滞りなく出版できますよ。何でしたら、漫画の作画を担当する画家も当家で準備致します。ベルモント様も、その方が漫画制作の手伝いから解放されて良いのではありませんか?」
なるほど、イザベラの狙いは私とマリアの交流を断つことなのだろう。
一緒に暮らしている上に学院生活のサポートまでしている彼女より、ポッと出の私の方がマリアと仲が良いのが気に入らないみたいね。
「ありがたいご配慮ですが、マリア様の漫画制作は今後もお手伝い致しますので、リュミエール様の助力は不要です。
ところで『学院の風紀を乱しかねない』とは一体どなたのご判断なのでしょうか? その根拠を、ぜひ明確にお教えくださいませんか」
「以前から教師や保護者の方から『生徒が漫画に夢中になって勉強に集中できていない』という苦情が少なからずありました。また生徒会内部でも『勇者様のモデルに元奴隷を起用するのは歴代勇者様に対する侮辱ではないか』との懸念がありましたの」
その懸念を発した人物は想像がつく。
十中八九アルフレッドだろう。
「それでも私達生徒会は、生徒たちの自由な活動をお守りするため、幾度も教師陣を説得してまいりました。加えて、ルシアン殿下が漫画の制作に関わっていらっしゃるため、教師方や保護者の皆さまも強くはお咎めになれませんでしたのよ。しかしながら漫画の影響力が日に日に強くなるにつれ、寄せられる苦情も多くなり、説得が困難になりました」
「では今まで活動できていたのは、イザベラ様達のお陰だったんですね」
「その通りでございます」
マリアは感謝の眼差しをイザベラに向ける。
その裏でイザベラがほくそ笑んでいる……だなんて考えない辺り、マリアは純粋な子だと思う。
イザベラはそんな彼女を見て、私と話す時の表情とは違う優しい笑みを浮かべた。
「それと先程『活動停止命令が下された』とお話ししましたが、正確には少し違います。私達生徒会も、活動停止命令が下されないよう尽力しました。特に生徒会長である殿下の説得もあって、条件付きで活動停止命令を取り消していただけるように交渉できましたの」
「えっ!? 本当ですか!」
愛好会存続の一縷の希望に、マリアの表情は一気に明るくなる。
「それで、条件とはなんでしょうか?」
「来月の試験で、漫画愛好会の会員全員が全科目平均点以上を取ること。それが、漫画愛好会存続の条件でございます」
マリアは希望に満ちた表情から一変し、絶望の淵に突き落とされたように凍りついた表情になった。
無理もない。
マリアは全科目どころか、1科目すら平均点以上を取るのが難しいからだ。
私やエドナを含む他の会員は皆成績は悪くなく、真面目に試験勉強をすれば平均点以上は造作もない。
だけど、ついこの間この世界に来たばかりのマリアは別だ。
彼女は試験どころか、普段の授業ですら通訳がいなければまともに理解できない。
聖女は特例で試験の結果に関わらず進級可能ではあるが、彼女だけ試験が別内容になったり、採点を甘くしたりすることはない。
このままだと、マリアが平均点を取れずに漫画愛好会が活動停止になるのは確実だろう。
「イ、イザベラ様……もっと別の条件はなかったのですか? 条件が厳しすぎます」
「申し訳ありません、マリア様。ですが他に教師陣や保護者を説得できる条件を提示することができませんでした。殿下が『漫画愛好会の会員全員が平均点以上を取れば、漫画が学業に悪影響を及ぼすという保護者達の主張を覆すことができるのでは?』と提案してくださらなければ、今頃は無条件で活動停止命令が言い渡されていたでしょう」
──今の説明でピンと来たわ。
漫画愛好会の活動停止はルシアン殿下の策略だ。
学院内で『麗しのご令嬢様』、ひいてはケイティとルーイの恋愛譚への過度な熱狂を沈静化することが狙いなのだろう。
今になって『風紀を乱すから活動停止』だと言い出したのも、漫画を規制する口実だ。
元々、教師陣から苦情があったのは恐らく事実だろう。
だけどその苦情は、活動停止命令を出す程ではなかったんじゃないかしら?
ルシアン殿下も、今までは『麗しのご令嬢様』を流行らせたいから苦情を意図的に無視していたに違いない。
だけど、ここにきて『麗しのご令嬢様』が都合の悪い展開になったから、元からあった苦情を利用して活動停止命令へこじつけた……とか、そんなところだろう。
わざわざ『会員全員が平均点以上を取れば活動停止は回避できる』という条件を出したのは、聖女様と軋轢が生じるのを回避するため、といった感じかしら?
何なら『無条件の活動停止命令から、条件を満たせば活動存続許可へと交渉してくれた』という恩も売れたわけね。
イザベラは『活動停止命令が下されないよう尽力した』なんて言っていたが、元々漫画愛好会が気に入らなかったイザベラにとって、むしろ今回の話は渡りに船だったに違いない。
「わかりました、リュミエール様。生徒会の方々がくださった好機を無駄にしないよう、勉学に勤しみます」
私はイザベラに優しく微笑みかけながら、そう告げた。
この日から漫画愛好会は、本来の活動を一時中断して試験勉強に励むこととなった。




