3.譲渡契約
「私はキャサリン。この前も話した通り、貴方の、運命の番よ」
「キャサリン、様……」
やっと私の名前を呼んでくれた。
そのことがなぜか嬉しくて、思わず笑みが溢れる。
「フフ。そういえば、貴方の名前をまだ聞いていなかったわね? もう一度、聞いてもいいかしら?」
「僕の?」
番様はなぜか逡巡して、口を開いては閉じるを繰り返す。
「……ルイ、です」
躊躇いながら言った名前は、案外、悪くない名前だった。
「そう。素敵な名前ね。これからよろしくね、ルイ」
私はルイの手を取ると、譲渡契約のためにランドルフ伯爵邸まで戻った。
ルイと一緒に屋敷に入ると、彼を見たランドルフ伯爵は眉間に皺を寄せて露骨に舌打ちをする。
「貴様っ! 運のいい奴め」
「ねぇ、ランドルフ伯爵。話があるのは彼ではなく私なのですが?」
私が一歩前へ出て威圧すると、伯爵は情けなく肩をすくめた。
額から滝のように汗を垂らて、視線を左右に泳がせる。
「そもそも譲渡契約途中の奴隷を勝手に処分するのは、重大な契約違反です」
「は、はい……仰る通りでございます」
「番様が無事とはいえ、この事はお父様にも報告致します。どのような処分が下るか、楽しみにしてください」
「お、お待ち下さい! この事はどうか、ベルモント公爵閣下にはご内密に」
「その要望は聞き入れられませんわ。ルイも同じ意見よね?」
ルイに微笑みかけると、彼は戸惑って伏目がちにしていた。きっとまだランドルフ伯爵を恐れているのだろう。
「別に、伯爵に遠慮する必要はないわよ? 貴方が何を言おうとも、伯爵には手出しさせないから」
それでも、彼は言いあぐねる。
「……キャサリン様。もし、処分が下れば、この家はなくなるのでしょうか?」
「そうね。可能性はゼロじゃないわ」
むしろ、私の番様を殺しかけた代償は、その程度では生温い。
ありとあらゆる手を尽くして、この世界から物理的に消し去ることも厭わない。
「でしたら、今回のことは秘密にしてくださいませんか?」
「あら?」
ルイはまだ、伯爵に気を遣っているのかしら。
「貴方は本当に、それでいいの? 伯爵を恐れなくてもいいのよ?」
「はい。僕は……その……」
ルイは恐る恐る、伯爵を見つめる。
それに対して、伯爵は蛇のような鋭い眼差しを彼に向けた。
「この家が、潰れて欲しくありません。これは、僕の本心です。どうか、お願いします」
ルイは深々と頭を下げる。
力強く言う彼の言葉に、迷いは感じられなかった。
きっと、本心だというのは事実なのだろう。
なぜルイが伯爵を庇うのか理解できないけど、彼がそこまで言うのであれば、許してあげてもいいわ。
「あら、そう。一番の被害者であるルイがそう言うのであれば、今回の件はお父様には伝えないでおくわ」
「誠ですか! キャサリン様のご慈悲に、深く感謝致します」
別にランドルフ伯爵のためではないのだけれど?
許したのは、ルイがそう望んだからに過ぎない。
勘違いして私に頭を下げる伯爵の態度が、少し鼻につく。
「それはともかく、早速契約を済ませましょう」
「っ! ……はい、かしこまりました」
伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をしながらも、淡々と契約を済ませてくれた。
こうしてルイは、晴れてベルモント家の者となった。




