29.直談判
翌日の放課後。
漫画愛好会の会室を訪れた私は、早速エドナに『麗しのご令嬢様』について尋ねた。
「あっ! キャサリン様も早速読んでくださったのですね! ご愛読ありがとうございます!」
満面の笑みでお辞儀をするエドナ。
その姿からは悪意は一切感じられない。
「『ご愛読』はしていないわ」
「え? それは一体、どういう意味ですか……?」
戸惑うエドナを気にせず、私は本題に入る。
「ねぇ貴女。あの作品を漫画化しようとした理由はなぜ?」
「あの作品を漫画化した経緯ですか? もともと、人気のある小説を漫画化する話自体は、内部で挙がっていました。ですが肝心の絵を描く人が見つからず、そのせいでこの企画は一度、頓挫したのです。
しかし、その話を聞きつけたルシアン殿下が企画に協力してくださり、宮廷画家を用意してくださりました。お陰で、無事に出版できるようになったのです」
「なるほど、それで?」
「肝心の漫画化させる小説についてですが……先程話した経緯もあって、漫画化させる作品はルシアン殿下が希望する作品の中から選ぶことになりました。殿下の希望する作品はどれも『隠れた名作』といった感じで、漫画化させるには知名度が少なかったのですが、『麗しのご令嬢様』だけは知名度や人気も高かったので満場一致でこの作品に決まったのです」
ルシアン殿下も相変わらず、やり方が嫌らしいわね。
あくまで善意の助力であると相手に思わせつつ、自分の思い通りに物事をコントロールする手口は、いっそのこと感心すらしてしまう。
希望する作品とやらも、エドナ達に『麗しのご令嬢様』を選ばせるために、あえて他は微妙な作品ばかりを希望したのだろう。
「ところで、『麗しのご令嬢様』の作者はどなた? この作品をどういう意図で書いているのかが知りたいのだけれど?」
「それは流石にキャサリン様でもお教えすることはできません。作者様の個人情報ですので。……というより、私も作者様がどこの誰かは知らないのですが」
だったら自力で探し出すか。
私は今日の愛好会の活動を終えた後、ルイと一緒に帰りの馬車で出版商会まで赴き、『空間追憶』の魔法を使って作家らしき人物を探し出した。
過去の出版商会での出来事を遡るように振り返っていると、『麗しのご令嬢様』の話をしている男女が映っているのを見つけた。
男性は中年で眼鏡をかけていて、女性は20代後半くらいのご婦人だった。
『アイデアが思い浮かばないから打ち切り……って、それは困りますよ先生! この国には、麗しのご令嬢様の続きを待つ読者が沢山いるのですよ!?』
男性の方は額に滝のような汗をかきながら、女性を必死に説得している。
打ち切りになるのなら、むしろありがたい話だ。
もう少し様子を見てみよう。
『そう言われましても。キャサリン様に運命の番様が現れたと聞いてから、ケイティとルキウス王子の物語が全く浮かばなくなってしまいましたの。それっぽい話を書いても、しらけてしまって筆がなかなか進みませんし』
『そうおっしゃらずに! この作品は漫画化の話も出ているくらいの人気作なのですよ? アイデアなら一緒に考えますから、どうか今一度、筆を取ってください!』
『本当ですか? 漫画って、あのキャサリン様が描かれている絵付き書物のことですよね? あぁ、憧れのキャサリン様に拙作を描いていただけるなんて光栄だわ!』
描くのは私ではなく宮廷画家だと知ったら、さぞがっかりするだろう。
『でも折角描いていただけるなら新しく考えている物語の方が良かったですわ。漆黒の勇者様が出てくる物語が見てみたかったです』
『またその話ですか? キャサリン様の番様に影響を受けすぎです。……はぁ、キャサリン様もなぜ今になって番様を見つけたのか。連載が終わってから見つけてくだされば良かったのに』
なるほど。
事情は察した。
この状況、逆に利用できそうね。
そうと決まれば、やることは一つ。
私は、魔法で映し出された女性── 麗しのご令嬢様の作者に会いにいくことにした。
女性の顔には見覚えがある。
彼女はフィッシャー男爵夫人だ。
御者にお願いして、帰りの馬車でフィッシャー男爵邸へと向かうと、男爵と夫人は大層驚きながらも私達を客間へと迎え入れてくれた。
特に夫人は『生キャサリン様にお会いできるなんて光栄ですわ』と黄色い声を上げて厚くもてなしてくれた。
「恐れ入ります、キャサリン・ベルモント様。本日はどのようなご用事でしょうか?」
「今日はご夫人にお話したいことがありましたため、お尋ねしました。ご夫人が書かれている『麗しのご令嬢様』についてです」
そのタイトルを口にした途端、夫人は大きく目を見開いて息を飲んだ。
「……キャ、キャサリン様。どうしてそれを…?」
「作者様にお会いしたくて自力で調べました。ところで、麗しのご令嬢様の執筆に悩まれているとお聞きしましたが」
「そんな事までご存知なのですね。はい、その通りでございます。キャサリン様の番様が現れてからというもの、どれだけケイティとルキウス王子の物語を考えようとしても、キャサリン様と番様との妄想でかき消されてしまうのです。この作品を書き始めた頃に抱いていた熱が一気に冷めてしまったといいますか」
「なるほど、それは困りましたわね。でしたら、物語の続きを書くお手伝いをさせていただいてもよろしいですか? 一緒にアイデアを出しましょう」
「本当ですか? ありがとうございます。嗚呼、憧れのキャサリン様が拙作のお手伝いをしてくださるなんて、夢のようだわ」
その後、フィッシャー夫人の物語構成とアイデア出しを手伝い、今後の方針がある程度決まってからベルモント邸へと帰宅した。
今日決めた内容が小説として出版されるのは、早くて1年かかるらしい。
が、そこまで待てない。
夫人の執筆を代行したり、出版商会へ交渉したりした結果、数ヶ月後に漫画版と同時出版という形で世に出ることになった。
フフ。
この物語が学院内に広まる頃が楽しみね。




