28.麗しのご令嬢様
某月の25日。
エドナの言っていた漫画が、いよいよ発売された。
ルイと一緒に教室で朝礼が始まるのを待っていると、例の漫画の噂話が聞こえてきた。
「ねぇ、新しく発売された漫画、知ってる?」
「知ってる知ってる! 『麗しのご令嬢様』でしょ? 私、原作が大好きだから漫画も楽しみなの」
「私もよ! あぁ、放課後が待ち遠しいわ。早く読みたいわ」
例の漫画は『麗しのご令嬢様』というのね。
読んだことのないロマンス小説だわ。
「ねぇルイ。麗しのご令嬢様っていうロマンス小説を知っているかしら?」
「えっ?」
その単語を口にした瞬間、ほんの一瞬だけルイの表情が固くなった。
「その表情……もしかして知っているの?」
「いえ、噂程度にしか知りません。読んだこともありませんし」
「だけど今、一瞬だけ嫌そうな顔をしたように見えたけど?」
「それは……大したことではありません」
ルイの『大したことではない』は、大したことである時も結構あるから気になってしまうのよね。
「ところで、その小説がどうかしたのですか?」
「実はね、『麗しのご令嬢様』が原作の漫画が、今日発売されるみたいなのよ」
すると今度は分かりやすいくらいに眉間に皺を寄せて怪訝な表情をした。
「あら。やっぱり知っているんじゃないの?」
「いえ、本当に知りません。強いていえばキャサリン様が…いえ、何でもありません」
なぜ急に私の名前が?
もっとルイに質問したがったが、間が悪く朝礼が始まったため話は中断された。
その後も、休憩時間やお昼休み、教室移動の間……。
女子生徒達が『麗しのご令嬢』の噂話をする度に、ルイはピリついた雰囲気を漂わせていた。
よほど嫌いな作品なのかしら?
だけどルイは読んでないのよね?
読まず嫌いにしても、ルイがここまで何かに対して嫌悪感を抱くのは珍しい。
それに噂話をしている女子生徒達は、皆が皆、浮き立った様子で私を見つめてくるのは気のせいかしら?
その答えを知るべく、私は学院の帰りに書店に寄って、例の漫画を購入した。
ルイは私の隣で、不服そうに唇を少し尖らせる。
帰りの馬車に乗りながら、私達は隣り合って漫画を開いてみた。
「……なによ、これ!」
描かれていた内容に、思わず絶句する。
『麗しのご令嬢』は、公爵令嬢のケイティがルキウス王子と惹かれ合うストーリーだ。
それだけなら、どこにでもある設定だけど、問題はキャラクターデザイン。
公爵令嬢ケイティ。
彼女の容姿は、私そのものだ。
アメジストのように艶めく髪や瞳はもちろん、気まぐれで何でも完璧にこなすという人物像まで私と同じだ。
そしてルキウス王子。
こちらはルシアン殿下がモデルになっているのは明らかだ。
黄金色の髪と物腰が柔らかく真面目な性格、それに『王立学院の生徒会長』という肩書き。
ここまで寄せられていたら、誤魔化しようがない。
これを読んだ人は……特に学院の生徒なら、瞬時に私と殿下がモデルだと気づくだろう。
百歩譲って、それだけならまだいい。
だけど悪質なことに、ケイティとルキウスは仲良く手を取り合ったり、社交ダンスを踊ったり、キスしようとして頬を赤くさせたりしている。
私と殿下もそういう関係なのだと誤解されない内容だわ。
だからルシアン殿下は宮廷画家を遣わせてまでこの作品を漫画化したのね。
朝から妙に感じていた視線は、コレのせいだったわけだ。
私はふと、ルイの顔を覗いてみる。
彼は苛立ちと不安と悲しみが入り混じった、複雑な表情を浮かべていた。
「ルイが嫌がっていたのって、コレのことだったの?」
ルイは消え入るような声で『はい』と、小さく頷いた。
嫉妬で苛立っていたのだと考えると、そんな彼の姿が愛らしく、もっと見たいと感じてしまう。
とはいえ、彼に嫌な思いはして欲しくない。
それに私自身、ルシアン殿下との関係を周囲に誤解されたままでは鼻持ちならない。
「……わかったわ。この件、私が何とかするわ」
私は翌日、漫画愛好会の集まりで、エドナと話をつけることにした。




