26.本物と偽物の違い
アップルトン領での依頼を完了した後。
男爵は依頼のお礼に、領で採れたハニートレントを使ったティータイムで、私達をもてなした。
屋敷の屋上から瘴気の消えた美しい山を眺めながら、ハニートレントの甘酸っぱい香りを楽しむ。
ルイは目を輝かせながら、味わうようにゆっくり時間をかけて飲んでいた。
「やっぱり、好きなのね。その紅茶」
返事がなくとも、口角が若干上がっているのが肯定の証だ。
「ふふ。そんなに気に入っているのだったら、ベルモント領でハニートレント栽培を本格的に始めていいか、お父様に聞いてみようかしら?」
「だ、ダメですよベルモント様! そんなことをされては、アップルトン領の貴重な名産品が売れなくなってしまいます」
「そんなことはないわ。アップルトンのハニートレント、とても美味しいじゃないの」
「ベルモント様が本気で栽培されたら、きっとハニートレントは養鶏並に大量収穫できるようになってしまいます。そうなったらハニートレントの市場価値が暴落してしまいます」
「あら、買い被りすぎよ」
そんな他愛もない話をしていると、険しい顔をした使用人がやってきて私に話しかけた。
「失礼します、ベルモント様。確認したいことがあるのですが、今はお時間よろしいでしょうか?」
「ええ。構わないわ。何かしら?」
「ベルモント様が連れてこられた女性ですが、8人で間違いありませんか?」
「その通りよ」
使用人は眉間に寄せた皺を、さらに深く刻む。
「モーリス様。実はご報告がありますが、よろしいでしょうか?」
「何だい?」
「実は、ベルモント様が連れてこられた女性が、一人行方不明になりました」
「なんだって?」
使用人の顔が険しい理由は、それだったのね。
連れ帰った女性達は皆、意気消沈としていて大人しかったから、まさか行方をくらませるとは思いもしなかった。
「それは心配だね。その女性の身元は分かっていたの?」
「いえ。身元は他の女性達と同様、調査中でして」
「そうか…」
モーリスはチラッと私に視線を送る。
女性を探してくれ、とでも言いたげだ。
だけど、そこまで面倒を見る気はない。
その女性がいなくなったのは、ここの使用人達の不注意のせいだ。
「行くあてがなければ、そのうち帰ってくるんじゃないかしら?」
「だと、いいのですが」
モーリスは当てが外れたのを察してか、私から視線を外す。
これ以上、面倒ごとが起きて巻き込まれたら厄介だし、早めに帰ろうかしら。
「貴方達も忙しそうだし、私達はそろそろ帰るわ。行きましょう、ルイ」
「えっ、あ、はい!」
ルイは名残惜しそうに紅茶を眺めながら、私と一緒に帰り支度をして屋敷の正門へと向かった。
アップルトン邸から出る直前、ルイが『トイレに行きたい』と言い出したため、しばらく待つことなった。
……それにしても、遅いわね。
トイレへ向かってから小一時間が経つ。
『呼びに行こうか?』と考えては『もうそろそろ帰ってくるだろう』と思い留まるのを何度も繰り返す。
『流石に遅すぎるだろう』と迎えに行く決心をした途端に、私の目の前にルイはが現れた。
──否、正確に言えばルイではない。
見た目や背格好はルイと瓜二つだが、表情や纏う空気が彼とはかけ離れている。
そして何より、初めて出会った時に感じた閃光のような強いときめきを感じない。
「キャサリン様、お待たせしました」
偽ルイは、本人によく似た控えめな笑顔で、私に微笑みかける。
馬鹿にされたものね。
ちょっと彼の言動を真似ただけで私を欺けると思っているの?
本物の彼はそこまで分かりやすいリアクションを取らないわ。
側から見たら表情に変化がないようで、よく観察すると数ミリ単位で変化があるところが彼の可愛いところなのに。
「あの……キャサリン様?」
私がろくに返事もせずまじまじと見つめているからか、偽ルイは苦笑いをする。
この戸惑い方もルイとは違う。
ルイだったら、苦笑いした時に眉間に寄る皺が、もう少し薄い。
だけど、偽物は偽物で興味深いわ。
ルイと容姿や背丈が全く同じでも、微塵も魅力を感じないなんて。
ということは、運命の番とやらは見た目の好みで決まるわけではないみたいね。
偽ルイに運命とやらを感じないのは、言動の些細な違いがそうさせているからかしら?
それとも、言動以外に運命を決める要因があるのか?
偽ルイを観察するのも面白そうね。
「ねぇ、貴方。もう少し眉の力を抜いて、さっきと同じような表情をしてみてくれる?」
「えっ? こう、ですか…?」
さっきの苦笑いよりも本物の表情に近いが、それでも魅力的に感じない。
なら番を番たらしめているのは、言動の機微だけではないのかもしれない。
そんなことを考えていると、少し遠い場所からルイの声が聞こえてきた。
その聞き惚れるように甘い声は、間違いなく本人の声だ。
私は念の為、声の主を確認する。
その声の主は、視界に入っただけで目が離せなくなる程に惹きつけられた。
間違えようがない。
彼が本物の運命の番だ。
「キャサリン様、お待たせしまし……えっ?」
戸惑った時の目の細め方は、いつものルイらしい。
「キャサリン様、あれは偽物です。僕が本物です」
偽ルイは落ち着いた口調で私を説得する。
一方のルイは、偽物の登場にただただ困惑して狼狽えるだけで、言葉が出なかった。
「ねぇ、2人とも。一回、横に並んでみてくれないかしら?」
2人は私の要望に渋々従った。
こうやって本人と見比べると、偽物の変装能力の高さに驚く。
背格好や顔の構造はもちろん、肌質や髪質、まつ毛の角度、歯の形、爪の形……どれを取っても本物を完全再現している。
無表情で背筋を伸ばして立つ姿は、全く同じと言っても過言ではない。
にも関わらず魅力を感じないということは、やはり運命の番を認識する要因は見た目とは無関係みたいね。
「じゃあ次は自己紹介してみて」
「次はその場で右回りしてみて」
「今度は大声で歌ってみて」
次から次へとお願いする私に、ルイ達は文句も言わずに付き合ってくれた。
どんな仕草や動作をさせてみても、やはり本物は本物だし偽物は偽物だとしか感じない。
偽物と本物で何が違うのか?
他に考えられるとしたら、体質くらいかしら?
「あの……キャサリン様?」
「どうしたの、ルイ?」
すると本物のルイが、憂げな表情をしながら問いかけた。
「キャサリン様は、どちらが本当の僕か分からないのでしょうか?」
哀しそうに少し目を細めるルイ。
私はただ本物と偽物の違いを探していただけなのだが、ルイからしてみれば『どちらが本物なのか迷っている』風に見えていたようね。
「あら、ごめんなさい。貴方が本物だというのには気づいているのよ? 偽物があまりにもルイにそっくりだから、つい見比べてみたくなったのよ」
「本当、ですか?」
ルイは安堵と疑いが混ざったような、アンニュイな顔をする。
「フフ。私が見分けられていないと思って、悲しかったのね? 寂しそうに拗ねる貴方も可愛いわ」
私はルイの頬に手を添えて、その憂げな瞳を見つめると、彼は頬を少し赤くして恥ずかしそうに目を逸らした。
「キャ、キャサリン様! 騙されないでください! 僕が本物のルイ・クロスです!」
偽物のルイは焦って、私に訴えかけてくる。
その必死な姿は、やはり本人とは少し違う。
「えぇ、騙されないわ。騙されるわけ、ないじゃない。こんなに分かりやすいのに。だから貴方もさっさと諦めて正体を教えなさい」
睨みつけながら諭すと、偽ルイは観念して大きなため息をついた。
「あぁ〜〜クッソ、ムカつく女だなぁ」
偽ルイは苛立って、くしゃくしゃと髪をかき乱す。
ルイに似せるのをやめたのか、その声はヒキガエルのように低くて汚なかった。
虫唾が走るこの声、聞き覚えがある。
「あら貴方……もしかして瘴鬼のグランザーハ?」
「んな事も分かんのかよ」
私としたことが、油断していたわ。
ちゃんと始末したと思ったのに、まだ生きていたなんて。
「コイツに変装すれば、お前の寝首をかけると思ったのに」
グランザーハは変装を解き、別の姿へと変わる。
その姿は瘴鬼ではなく、汚れた服装のやつれた女性だった。
そういえば、私が連れ帰った女性の中に今のグランザーハと似た姿の女性がいたわね。
そこから察するに、グランザーハは死ぬ間際に囚われていた女性達の中に紛れ込んだのだろう。
そして機を見て姿をくらまし、私に気づかれないように身近な人間に変装して近づき、隙を狙っていたのだわ。
「私の目を欺いたことだけは褒めてあげる。だけど、私の前に現れたからには生かしておけないわ。なにせ、男爵には討伐完了の報告をしたばかりだもの」
私がそう言い終えると同時に、グランザーハは緑色の淡い光を放ちながら殴りかかった。
だけど、その威力はさっきよりも明らかに弱々しい。
殴りかかる拳に向かって軽く正拳突きしただけで、グランザーハは大きく吹っ飛んで倒れた。
「ハッ! いいのか、この女を殺して? 俺は今、この女に憑依しているだけだから、俺を殺すにはこの女も殺すしかないぞ?」
呼吸を荒くさせながら立ち上がるグランザーハは、なぜか勝ち誇った顔をしていた。
人質を取れば私が怯むとでも思っているのだろう。
「むしろ、それを教えてくれてありがとう。おかげで、その女性を誤って殺さずに済んだわ」
私は『時空停止』の魔術でグランザーハの時間を止める。
グランザーハが身動きが取れなくなっている間に、女性の身体に魔力を流し込んでグランザーハの本体を探った。
確かにグランザーハの言う通り、彼女は憑依されているだけの普通の人間だ。
ただ、彼女の中からグランザーハの魔力はほとんど感じない。
本体は別のところにあるのか? と思ったが、魔力が外に繋がっている気配もない。
恐らく特殊な魔法で彼女に憑依した代わりに、肉体や魔力をほぼ全て失ったのだろう。
瘴気も生み出していないので、このまま放置してもアップトン領が穢れることはないかもしれない。
が、不安の芽は詰んでおくことに越したことはない。
私は探った魔力をもとに憑依したグランザーハの核を見つけだし、『魔力分解』の魔術で女性とグランザーハを切り分ける。
そして解析に特化した魔法を駆使してグランザーハの本体が別のところに隠れいてるか確認し、隠れていないことを確認してから本体を始末した。
これでもう、大丈夫でしょう。
グランザーハに取り憑かれていた女性を屋敷の中へ運ぶと、私達は今度こそベルモント邸へと帰った。
「ルイ、ごめんなさいね。私がうっかり取り逃したせいで面倒なことに巻き込んで」
「いえ。上級モンスターが無事に討伐されて良かったです。……ただ、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「あら、何かしら?」
「僕が本物だと、キャサリン様はなぜ分かったのでしょうか? あの偽物は、僕が見ても自分自身だと思うくらい酷似していました」
「それはね……」
偽物と本人との違いを挙げていくのは簡単だ。
笑顔が控えめなところや苦笑いした時の眉間の皺など、幾つもある。
だけどそれを伝えてしまうと、ルイが逆に今度からそれを意識してしまうのではという懸念が湧いた。
「初めて出会った時に感じた運命のようなときめきを、偽物からは感じなかったのよ」
これなら、ルイが変に意識することはないだろう。
「初めて会ったときめき、ですか…?」
「えぇ。ルイは私と会った時に、運命のようなときめきを感じなかった?」
「……わかりません。ただ……」
「ただ?」
ルイは躊躇して口を閉ざす。
そして少しの沈黙の後、唇が微かに動き始めた。
「貴女がとても眩しすぎて、それが運命なのかどうかわかりませんでした」
消え入るような小さい声でそう呟くルイの顔は、一見すると無表情のようで実はほんのりと赤い。
嗚呼。
ルイのこんな愛おしい姿を見れるなんて、至福だわ。
それに偽物が出たおかげで、運命の番についてわかったことも増えた。
何だかんだで、今日の依頼を受けて良かったわね。




