24.瘴鬼のグランザーハ
瘴気の漂う山域は、アップルトン邸から北西へ約10キロメートル離れたところにある。
山そのものが黒い靄を吐き出しているようで、近づくほど視界は灰色に霞み、空気は重く淀んでいた。
「さて、どこから探りましょうか」
独り言のように呟きながら、私は瘴気の濃い山頂付近を適当に散策する。雨が降っていないにも関わらず土は湿っていて、歩く度に鈍い足音が響いた。枝葉は瘴気の影響で黒く染まり、遠くからモンスターの奇声がこだまする。
人間がこんな場所に長居したら、肺が穢れて呼吸できなくなるだろう。
この山を調査するのが私でなければ、精霊草は必須だったに違いない。
とりあえず、瘴気の流れを探ろう。
私は足の裏から地面へと向けて魔力を流し込み、大地の魔素を感じながら流れを掴む。
この山に流れている魔素は豊潤で、ハニートレントが生息するのに充分な高純度な魔素を備えている。
瘴気で溢れる前はさぞハニートレントにとって快適な環境だっただろう。
だけどモンスターから出ている穢れた魔素がところどころで混じっている。
特に、ここから約500メートル南へ離れた場所からは、ほぼ穢れた魔素しか感じ取れない。
瘴気の原因となるものは確実にここにありそうね。
私は瘴気の流れを感じ取りながら、大元を辿るために南へと進んだ。
すると、全長3メートルもある角の生えた巨漢が数人、洞窟の中に潜んでいるのを見つけた。
ジャイアントオーガの群れだ。
「この群れ……鬼神のナキリが率いる鬼族の群れなのかしら?」
報告資料によると、鬼神のナキリが率いるゴブリン達は、進化系のホブゴブリンやレッサーオーガが多数いたらしい。
あれから彼らが進化し続けていたのだとしたら、ジャイアントオーガの群へと進化していてもおかしくない。
ジャイアントオーガ達は私を見つけると、豚のように鼻息を荒くして洞窟からぞろぞろと出てきた。
そして私を取り囲むように、満面の笑みで近づいてくる。
「貴方達のボスに会わせてくれないかしら?」
試しに話しかけてみたが、言葉が通じていないようだ。
それなら、この前手に入れた『言語翻訳』の魔法を使ってみるか。
私は魔法を使いながら、再度同じ質問をする。
『おっ、コイツ俺らの言葉が通じんのか?』
『へへ。それにしても、いい女じゃねえか!』
『大人しく俺らの女になれば、ボスに会わせてやるよ』
『あらそう。だったら自力で探すわ』
彼らを無視して立ち去ろうとするも、腕を掴まれた。
『へへへ。逃すかよ』
『その手を離してくださらない? でないと、間違って貴方達を倒してしまいそうだわ』
『ヒャハハ! できるもんならやってみろよ!』
私はお言葉に甘えて、腕を掴んでいたジャイアントオーガを振り払って、遠くへ投げ飛ばした。
その勢いで、ジャイアントオーガは遠くの岩崖にめり込み、ピクピクと痙攣しながら息絶えた。
『このアマァ! よくもやりやがったな!』
『ぶっ殺してやる!』
残りのジャイアントオーガ達も激昂して私に襲いかかる。
だけど所詮はC級モンスター。
彼らを倒すのに魔法や魔術は必要ない。
体術だけで充分だ。
私は片っ端から彼らの腕を掴んでは、投げるように地面へ叩きつけて始末した。
彼らを片付けるのに3分もかからなかった。
「あらら。手加減したつもりだけど、全滅しちゃったみたいね」
この程度の攻撃なら、バルバトスだったら辛うじて耐えられるのに。
無駄に大きいくせに、案外脆いわね。
しかし、ジャイアントオーガ達がナキリの仲間だった場合、面倒なことになりそうだ。
まぁ、倒してしまったものは仕方がない。
ジャイアントオーガ達がいた洞窟の奥は、瘴気が濃くなっている。
瘴気の原因はこの奥ね。
私は光の魔術を頼りに、洞窟の中へと進んでいった。
洞窟の中はジャイアントオーガ達の住処だったのだろう。
彼らが使っていたであろう石槍の武器や動物の毛皮などが散在していて、生活感があった。
私はふと、洞窟の中で瘴気が薄くなっているエリアを見つけた。
そこは大きな毛皮で仕切られていて、中を覗くと生気を失った数人の女性達が、虚な目で横たわっていた。
恐らく彼女達はオーガ達に捕まって、ここに幽閉されているのだろう。
彼女達が死なないようにするためか、ここだけ瘴気対策で精霊草がいくつも置いてある。
「ご機嫌よう、ご婦人方。体調は大丈夫かしら?」
突然現れた私に、彼女達は呆然としながら視線だけをこちらへ向けた。
「先程、ここに住むオーガ達を一掃したのだけれど、逃げられそうかしら? もし立ち上がれないのであれば、魔法で回復しましょうか?」
駄目だ。
彼女達はまるで死人のように無表情で、反応がない。
仕方ないわね。
ここの瘴気を消し去った後、彼女達を町へと連れて行ってあげよう。
そう考えた矢先に、左斜め後ろから刺されるような殺気を感じた。
殺気のした方向を振り返ると、紫色の肌と黒い角を持つ鬼の姿があった。
鬼は下品な笑みを浮かべながら、私をじっと見つめている。
「へぇ〜、この距離から俺の気配を感じれんのか。もしかして、アイツら倒したのお前か?」
先程『言語翻訳』の魔法を使っていたからか、この鬼の言っていることが理解できる。
「あら、貴方は…?」
鬼神のナキリ。
という単語が一瞬、脳裏をよぎる。
が、この鬼は違う。
鬼神は頭の角以外は人と同じ姿をしている。
紫色の肌、ということは…。
「俺か? 俺は『瘴鬼のグランザーハ』。お前ら人間にはネームドモンスターだって言った方が分かるか?」
ネームドモンスター?
この鬼が?
「で、お前は? もしかして、俺の女になりに来たのか?」
「貴方にはいくつか質問があるわ。まず第一に、ここのボスは貴方かしら?」
「ハハッ! 見りゃ分かんだろ? 俺が外にいた連中より弱そうに見えるか?」
「次に、この山の瘴気を生み出しているのは貴方で合ってる?」
「それがどうした? お前、ひょっとしてアップルトンの貴族が雇ってる冒険者者か?」
「最後の質問よ。貴方は『鬼神のナキリ』の居場所をご存知?」
「……テメェ、さっきから俺の質問を無視すんじゃねぇよ」
するとグランザーハは瞬時に私の目の前へ移動し、首を掴もうとした。
が、私は首を掴まれる前にその腕を逆に掴んで、握り潰す。
グランザーハの呻き声が、洞窟内に響き渡った。
「なんだ、このアマァ!」
「一旦、外に出ましょう。ここだと彼女達にも被害が出るわ。貴方もそれは嫌でしょ?」
私は彼を出入口へ一直線に蹴り飛ばして、強制的に洞窟の外へ出した。
そして魔法で女性達の周囲に結界を張った後、グランザーハの後を追うように外へ出た。
さっき始末したジャイアントオーガ達だったら今ので即死だっただろう。
けれど伊達に群れのボスをやっていないからか、グランザーハはすぐに起き上がり、私を睨みつけた。
「女の分際で俺に楯突くなんて気にくわねぇ。折角の上玉だがテメェはぶっ殺す」
グランザーハは大きく息を吐くと、禍々しい緑色の光を放ち始めた。
その光は炎のように激しく、周囲の木々や大地でさえも威圧する。
「死ね」
呟くように言い放つと、両腕を構えて私へ飛びかかった。
そして握り拳を私の顔面へ近づける。
グランザーハが振るう腕の風圧で、木々は薙ぎ倒され、砂埃が舞い、大地が抉れた。
「あら、この程度?」
私はその拳を右手で受け止めると『閃光八龍』の魔法を発動した。
グランザーハを囲うように八つの光の玉が現れると、そこから鋭い光線が一斉に発射される。
手加減したつもりだったが、この魔法は使うのが久しぶりだったため少し力が入りすぎた。
間違って死んだのでは?
と内心焦ったが、案外タフで5分もしないうちに立ち上がった。
「無事で良かったわ。貴方にはまだ聞いていないことがあるもの」
「はぁ? テメェ、ふざけてんのか? 何モンだ?」
「私はキャサリン・ベルモント。強いて言えば、元S級冒険者よ。これで私の質問に答えてくれるのかしら?」
「S級だ? 嘘を言え!」
グランザーハは再び同じ技で殴りかかってきたが、その攻撃が私に届くことはなかった。
「嘘なのは貴方の方でしょ? 貴方はネームドモンスターなんかじゃない」
「馬鹿にすんな! 俺は正真正銘、ネームドモンスターだ!」
やれやれ。
何か勘違いしているようだ。
「世間知らずの瘴鬼さんに、いいことを教えてあげるわ。私達人間の言うネームドモンスターというのは、生まれながらに名を持つ最上位種のモンスターのことなの。名乗ればネームドモンスターになれるってわけではないのよ? ちなみに瘴鬼は鬼族モンスターの中では上位ではあるけれど、最上位種ではないわ」
私の指摘に、グランザーハは顔を真っ赤にして激昂した。
言葉になっていない支離滅裂な怒鳴り声を出しながら、全身の筋肉を膨張させて掴みかかろうとしたが、当然、私は掴まれる前に彼をねじ伏せた。
地に伏せたグランザーハは、歯を食いしばって私を睨みつける。
「ねぇ、自称ネームドモンスターさん。私は本当のネームドモンスターである『鬼神のナキリ』に会いたいのだけど、どこにいるか知っているかしら?」
「……へへ。そんなにアイツの居場所が知りたいか? でも残念だったな。アイツはもう、ここにはいねぇよ」
「どういうこと?」
「あのバカは『人間達と共生する』とか言って、とうの昔にこの国から出て行った……ってことだ。ヒャハハ! 折角会いに来たのに残念だったなぁ!」
したり顔でヘラヘラと笑うグランザーハ。
まぁ、私としては鬼神のナキリがいないのであれば、それでも構わないのだが。
「教えてくれてありがとう、自称ネームドモンスターさん。もう死んでいいわ」
私は『蟷斬り』の魔法を発動しながら、手刀でグランザーハの首を刎ねた。
グランザーハは死ぬ直前まで刺すような鋭い殺気を私へ向けながら、煙のように溶けて消滅した。
とりあえず、コレで無事解決ね。
瘴気の大元が消えたことを確認した私は、オーガ達に囚われていた女性達を連れてアップルトン邸へと戻った。




