23.調査方針の打ち合わせ
後日。
私とルイは改めてアップルトン邸へ訪れた。
ネームドモンスター及びアップルトン領のほぼ全域に渡る調査のためだ。
そのためか、私達以外にも数人の冒険者達も調査に参加するようだ。
だが調査資金が足りないからか、雇っているのはC級冒険者ばかり。
ネームドモンスターがいるかもしれない山での調査に、彼らだけだと心細いだろう。
それでもC級冒険者が調査依頼を引き受けたのは、元S級冒険者が参加するからに他ならない。
私がいなければ、リスクが大きすぎてC級冒険者ですら調査を断っていただろう。
つまり今回の調査は、私ありきといっても過言ではない。
私とルイ、それから冒険者達は、調査方針の打ち合わせのために、アップルトン邸の応接室へと集まった。
「今日はお集まりくださり、誠にありがとうございます」
アップルトン男爵は私達に深々と頭を下げると、机の中央に広げてあるアップルトン領の地図を指差しながら説明を始めた。
「こちらが現在、我々がいるアップルトン邸で、今回調査をお願いしたいアップルトン領はこの範囲でございます。そして現在瘴気が出ている範囲はこの辺りでございます」
瘴気の出ている範囲自体は広くない。
私一人でも充分なくらいだ。
だけどアップルトン領全土となると、なかなかに広範囲だ。
「瘴気の出ていない範囲はベルモント様以外の全員で調査致します。ただこの辺りは、瘴気が出ていなくともホブゴブリンやクイーンビーなど危険なモンスターの目撃情報が多数寄せられています。近隣住民への被害も少なくないため、ネームドモンスターを捜索しつつ、これらのモンスターの討伐も併せてお願いします。討伐した数によって、報酬も上乗せします」
報酬を上乗せできるだけの資金があるのかしら?
いや、上乗せ分を考慮したからこそ、数人しか雇えなかったのだろう。
「瘴気の出ている範囲はベルモント様に調査をお願いします。この辺りは立ち入り禁止にしているため、どのようなモンスターが出るか皆目不明です。ちなみに瘴気対策用の精霊草も準備しています。使い方はご存知でしょうか」
「はい。大丈夫です」
まぁ、私の場合『完全回復』の魔法を常用すれば瘴気だろうが毒ガスだろうが全く効かないのだが。
折角準備してもらったのだし、有り難く使わせてもらおう。
「そして肝心のネームドモンスターですが、鬼神のナキリはその肩書きの通り、鬼族の最上位種・鬼神です。同族であるゴブリン達を従えています。その強さは、鬼族下位種のゴブリンやホブゴブリンとは比べ物になりません。過去の報告によると、その見た目は頭の角以外、人間とほぼ同じ姿をしているそうです」
アップルトン男爵の説明に、その場にいた全員が息を呑む。
もし私以外の人が鬼神のナキリに出くわしてしまったら、命は助からないだろう。
「ただ、比較的穏やかな個体であるという報告が上がっています。こちらから仕掛けなければ、万が一遭遇しても襲われずに済むかもしれません。
以上で説明は終わりですが、質問のある方はいらっしゃいますか?」
アップルトン男爵が尋ねると、ルイが真っ先に手を挙げた。
「鬼神のナキリについて、もう少し詳しくお聞きしても良いでしょうか?」
「はい、構いません」
「過去の調査で判明した情報は、先程説明いただいた内容で全てでしょうか?」
「いえ、他にも何件かあります。『上級モンスターを討伐しては仲間のゴブリン達に分け与えていた』『捕えていた女性達とオルフェウス言語で意思疎通を図ろうとしていた』などの報告を聞いていますが、どれも大した情報ではありません」
「どんな情報でも構いません。男爵が把握している情報を全て教えてくださいませんか?」
ルイはアップルトン男爵の瞳を見つめて、食い気味に質問する。
その姿から、何としてでもネームドモンスターを見つけ出したいという強い意欲を感じる。
……そんなにハニートレントが好きなのなら、自家栽培できないか試してみようかしら?
「それなら、過去に報告を受けた資料を全てお渡しします。といっても、数分で読み終わる程度の情報しか集まっていませんが」
「ありがとうございます」
ルイはアップルトン男爵から資料を受け取ると、紙の端から端まで舐め回すようにじっくり読み始めた。
そんな彼の隣で、私も資料を覗き見る。
ネームドモンスター『鬼神のナキリ』。
男爵は『穏やかな個体』と説明していたが、資料を読む限りは『穏やか』というより『友好的』に近い個体だ。
モンスターに襲われていた人間を助けたり、捕えていた女性達を解放して人里へ戻したりしている。
私が過去に会ったネームドモンスターは、どれも凶悪で知能が高く厄介な相手ばかりだったから、非常に珍しい部類だ。
この調査報告が事実であれば、鬼神のナキリの出方次第では彼らと共存できるかもしれない。
と思ったが、それは無理か。
隣国ならまだしも、オルフェウス王国では魔族やモンスターは討伐対象だ。
百歩譲ってナキリ達モンスターと共存するならば、彼らを使役モンスター化する必要がある。
が、彼らもその話に応じるほど馬鹿ではないだろう。
私はふと、ルイの顔を覗き見る。
資料を読む彼の表情は、ハニートレントの紅茶を飲んだ時のように柔らかくて、どこか嬉しそうに感じた。
そんなルイを少し不思議に思いつつ、私達はアップルトン領の調査を開始した。




