21.決勝戦
王国武闘会・ジュニア部門決勝戦。
観客席の熱気は、午後の日差しと相まって、さらに高まっていた。
観客達の視線は、ただ一点に集中する。
視線の先は、私とバルバトスのいるリングだ。
私と向かい合うバルバトスは、白い歯がくっきりと見えるように口角を上げて笑っていた。
その暑苦しい笑顔が、心底気持ち悪い。
「ようやくだな。キャサリン・ベルモント公爵令嬢! 今日こそは、俺が勝つ!」
この男の下らない宣言なんか、どうでもいい。
私が気になっているのは、ただ一人。
──ルイ。
彼は観客席から、憂げな表情で私を見つめていた。
身体が頑丈だからか、大きな怪我はせずに済んだ。
だけど負けたことが悔しいのか、あれから元気がない。
ルイは私と目が合うと、浮かない顔をしながらも小さく笑いかけた。
その悲しい笑顔を見て、私は改めてルイの代わりに雪辱を果たそうと心に誓う。
「両者、中央へ!」
審判の声が響く。
私とバルバトスは一歩ずつ前へ出た。
彼は木刀を肩に担ぎながら、鋭い眼差しを私に向ける。
静寂が続いたのち、審判が手を振り下ろした。
「試合開始!」
次の瞬間、バルバトスが地面を割る勢いで踏み込み、木刀を振り抜いた。
空気が唸り、風圧が砂を巻き上げる。
だけど私はその木刀を片手で掴み、バルバトスの動きを止めた。
この木刀をこのまま粉々に握り潰しても構わないのだが、そしたら試合があっという間に終わってしまう。
この男に痛い目を見せるためにも、私はあえて木刀を振り払うだけに留めた。
「ハハッ、流石だな! 俺の剣を受け止められるのは貴女くらいだ」
バルバトスは一瞬、大きく息を吸い込むと、全身の筋肉を膨張させた。
その影響で腕や首、頭に血管がくっきりと浮かび上がる。
「だが、この技ならどうだ! 瞬閃零式!」
叫ぶと同時に、バルバトスは渾身の踏み込みを見せた。
地を割るような衝撃とともに、彼の木刀が一閃する。
その勢いは、まるで雷鳴のように空気を震わせ、砂埃を巻き上げながら私に迫った。
なるほど。
少しは成長したようだけど、まだまだね。
私はただ、静かにその一撃を見極め──木刀が目前に迫った瞬間、片手を軽く上げた。
「なっ……!?」
バルバトスの目が、ありえないものを目撃したかのように見開かれる。
「バルバッゴア様の本気は、その程度ですか?」
冷ややかにそう告げると、私は握った木刀ごと腕を振り抜く。
すると次の瞬間、バルバトスの巨体が宙に浮き、そのまま地面に叩きつけられた。
「ぐはぁっ!」
鈍い衝撃音とともに砂煙が上がる。
観客席が一瞬静まり返り、次に「おおおっ!」という歓声が爆発した。
私はゆっくりと木刀を下ろし、淡々とした声で言う。
「軽く叩きつけた程度ですが……まだ立てますよね?」
バルバトスは苦しげに息を吐きながら、それでも拳を地面に突き立てて立ち上がる。
そんな彼の口元は、血が滲んでいた。
「ガハハハッ! やっぱり貴女は強いな、キャサリン・ベルモント公爵令嬢! だが──」
バルバトスは歯を見せて笑いながら、闘志の宿った瞳で私を睨みつけた。
「俺が新しく編み出した技は、これだけではない! 喰らえっ! 鬼哭輪舞!」
バルバトスは木刀を構えながら、空高く跳び上がる。
そして前転をしながら、円を描くように木刀を振り下ろした。
派手そうに見える技だけど、さっきの技と似たようなものね。
私は再び彼の木刀を掴むと、みぞおち目掛けてハイキックした。
手加減したつもりだったが、当たりどころが悪かったのか、数秒程度リングに横たわって動きが止まった。
だけど、審判が戦闘不能とジャッジする前に起き上がったため、試合続行となった。
「ま、まだまだぁ! 俺の本気は、こんなものではないぞぉ!」
その後もバルバトスの新技とやらのお披露目大会に付き合ったが、どれも似たり寄ったりで、てんで私の相手にならなかった。
「クソッ、何故だ! さっきの技はA級モンスターでも一撃で仕留めることができる大技だったというのに!」
バルバトスは悔しさのあまり、膝をついて地面を何度も叩く。
「キャサリン・ベルモント公爵令嬢! どうして貴女は男の俺より強いのだ!? どうすれば貴女に勝てる?」
この男の問いかけには、答えるだけ無駄だ。
何故ならこの質問は『女の私が男であるバルバトスに勝つのはおかしい』と主張したいだけだからである。
その事に私が気づいたのは去年の決勝戦でのことだった。
毎年試合後に何度も聞かれるため、その度に脳みその容量が少ないバルバトスでも分かるよう、丁寧に説明していた。
体内に流れる魔力の筋肉流動比率の調整や波動呼吸法、それからジョチェン体術。
これら全てを実践すれば、今より飛躍的に強くなれる。
だが去年、『その説明は聞き飽きた』となぜか怒鳴られてしまった。
説明を聞いている割には実践している感じもなかったため、そこでようやくバルバトスの質問には意味がないのだと悟ったのである。
「バルバッゴア様。どうしても私に勝ちたいのですか?」
「当たり前だ!」
「でしたら、今年は貴方にチャンスを与えます」
「チャンス…だと?」
私が優しく微笑みかけると、バルバトスは恐ろしいものを見るような顔をして固唾を飲む。
「私が貴方に対して使ったことのない技を、貴方が全て受け止めることができれば、降参してあげますわ」
「え…?」
あら、不思議ね。
折角のチャンスだというのに、バルバトスは喜ぶどころか滝のような汗をかき始めた。
「は……ははは! 面白いぞ、キャサリン・ベルモント公爵令嬢! その話、乗った! さぁ来い、キャサリン・ベルモント公爵令嬢!」
大袈裟に面白がっているが、虚勢を張っているのは側から見ても明らかだ。
「では早速始めますね。まずはこの技からです」
私はバルバトスが倒れないよう、力を最小限に抑えながら、次々と技を繰り出す。
バルバトスは始めこそ威勢の良い態度を崩さなかったが、次第に顔色が悪くなり、とうとう立ち上がろうとしなくなった。
「あら? バルバッゴア様、もう降参ですか?」
「いや……まだだ……だけど、ちょっと……休憩、というか……」
「それは良かったですわ。私、技を試す相手がお手製のダミー人形しかいなくて困っていましたの。バルバッゴア様がダミー人形より脆くなくて安心しました」
バルバトスに『ここで降参したらお前はダミー人形以下だぞ』という皮肉が伝わっているだろうか?
念の為、もう少し煽ってみるか。
「さぁ、バルバッゴア様。早く立ち上がってください。女のダミー人形にすらなれない軟弱者は、男ではありませんよ?」
バルバトス理論を使ってわかりやすく煽れば、流石に立ち上がるだろう。
「あ、当たり前だぁ!」
思惑通り、バルバトスは木刀を杖代わりにして身体を起こした。
「さぁ、来い!」
「それでは、今度は少し強めの技を出しますね」
「…へ?」
私は左足だけ半歩下がると、両手の握り拳を、胸の前に構える。
そして呼吸を整えた後に、左回りをしながら右足で飛び蹴りを喰らわした。
私の足がバルバトスの左脇腹にフィットした瞬間、彼は観客席の壁まで吹っ飛んだ。
観客席の壁はバルバトスの巨体を包むように、大きなクレーターができた。
「グハァッ…!」
バルバトスは汚い呻き声を出すと、壁から剥がれ落ちるようにその場で倒れる。
「あら。少し本気を出しただけで倒れてしまうなんて、軟弱者ですね。男性ならこの程度の蹴りに耐えて欲しいところです」
私のぼやきは最早バルバトスには届いていない。
一瞬の出来事に唖然と棒立ちしていた審判は、やがて我に返ると私のもとへと駆け寄った。
「勝者、キャサリン・ベルモント!」
その瞬間、観客席は歓声で沸いた。
見慣れた光景だが、今日は今までとは少し違う。
喝采を浴びる私に優しく微笑みかける人──ルイがいる。
今日は彼のためにバルバトスをもっと制裁してやろうかと思っていたが、試合は案外あっけなく終わってしまった。
バルバトスが担架で医務室へと運ばれてた後、閉会式が粛々と行われ、今年の王国武闘会は幕を閉じた。
──帰り道。
私とルイは、帰りの馬車に揺られながら今日の試合を振り返った。
「ルイ、今日はお疲れ様。3回戦まで行けるなんて思わなかったわ。よく頑張ったわね」
私が微笑みかけると、ルイは頬を赤くして目線を逸らすように外の景色を眺めた。
その横顔は、どこか悔しそうに感じる。
まだ負けたことを気にしているようだ。
「2回戦の相手、多分若手の騎士団員よ。若手とはいえ、戦いなれていない素人が勝てるような相手ではないわ。それなのに付け焼き刃の剣技で倒すなんて、誰でもできることではないわよ。だから少しは自分を褒めなさい」
「ですが……バルバトス様には負けてしまいました」
ルイはよほど勝ちたかったのだろう。
正直、ここまで勝負に拘るとは思いもしなかった。
「意外ね。もしかして貴方、バルバトスと何か深い因縁でもあるのかしら?」
「えっ?」
ルイは塞ぎ込んだ表情から一変、目を丸くして呆然とする。
「あら、違ったかしら?」
「はい。バルバトス様とはこの前お会いしたばかりなので、因縁と呼べるようなものはありません」
「だったらなぜ、あれ程バルバトスとの勝負に拘っていたの? 貴方、そこまで好戦的な方ではないでしょ?」
「そ、それは…」
すると今度は頬を少し赤くさせ、視線を下に逸らした。
照れているのか、それとも恥ずかしいのか?
どちらにせよ、頬を赤くするような話をしたつもりはない。
「また言いたくない類の話かしら?」
「いえ、そういうわけではありません。ただ…」
「ただ?」
「キャサリン様は、バルバトス様のことを、どう思われているのでしょうか?」
ルイは私の目をじっと見つめて尋ねる。
その表情は強張っていて、怯えているようにも緊張しているようにも見えた。
「そうねぇ。強いて言えば、迷惑な相手だと思うわ。そもそもバルバトスには興味も関心も一切ないけれど、向こうが一方的に付きまとってくるから面倒なのよ」
あの暑苦しい男のことは、思い出すだけでため息が出る。
「本当に、それだけでしょうか?」
「えぇ。本当よ」
「バルバトス様は以前、キャサリン様を妻にすると話していましたが?」
「あぁ、アレね。彼が一方的に言っているだけよ。あの人と結婚する気は毛頭もないし、そんな話が出たら意地でも握り潰すわ。死んでもごめんよ」
するとルイは胸を撫で下ろし、強張った表情が柔らかくなった。
「なぜ、そんなことを聞くの?」
「それは……厚かましいのを承知で、話してもよろしいでしょうか?」
「もちろんよ」
「僕は、バルバトス様がキャサリン様と結婚するんじゃないか、と思ったのです。お二人は家柄的にも釣り合いが取れていますし、仲が良さそうにも見えました。側から見れば僕なんかより、ずっと……。ですが、それを考えただけで、とても胸が苦しいのです」
あら?
ルイったら、やきもちを焼いていたの?
「すみません、僕なんかがバルバトス様に嫉妬だなんて、おこがましいですよね」
「いいえ。むしろ嬉しいわ」
今まで嫉妬の感情は、面倒で厄介なものとしか思わなかった。
嫉妬されて嬉しいと思えるのは、後にも先にもルイだけだろう。
それにルイがバルバトスと張り合うためにわざわざ武闘会に参加したのだと考えると、彼が愛おしくて仕方がない。
私を取られまいと戦う彼を見れただけで、今日の武闘会に参加した甲斐があったわ。
私はルイの頬に手を添えて、彼の瞳をじっと見つめながら微笑みかけた。
「ルイ、安心して。私が好きなのは、貴方だけだから」
窓から入る夕陽に照らされてか、ルイの顔は湯気が出そうなくらい真っ赤に染まっていた。
私はそんな可愛らしい彼の顔を、ずっと眺めていた。
──本当に、番は面白い人ね。




