20.武闘会
武闘会当日。
朝から王都は異様な熱気に包まれていた。
私とルイの視線の先には、円形の巨大な王立闘技場があった。
闘技場は白い石造りの観覧席が幾重にも連なり、中央の土のリングにはすでに審判官たちが準備を進めている。
私達が闘技場の正門をくぐると、場内は観客のざわめく声で溢れていた。
「これが……武闘会の会場……」
ルイは呆然と私の肩越しにリングを見つめながら、小さく息を呑む。
「ルイ、無理しちゃダメよ?」
私は彼の横顔に視線を落とす。
緊張のせいか、ルイの指先がわずかに震えているのが見えた。
「怪我しそうになったら、すぐに降参するのよ?」
「……はい」
かすれた声で返事をする彼に、私は少しだけ微笑みかけた。
王国武闘会には、4つの部門が設けられている。
18歳以下のジュニア部門、19歳以上の一般部門、そして男性部門と女性部門だ。
今回、私達が出場するのはジュニア部門のみ。
たまに「女性部門にも出ないのか」と聞かれるが、武闘会自体あまり気が進まないのに、わざわざ出場数を増やす理由なんてない。
武闘会のルールはシンプルだ。
相手が戦闘不能になるか降参すれば勝利となる。
ちなみに、この大会は武術の技量を競うのが目的なので、魔法や魔術の使用は禁止だ。
また公平を期すために、使用する武器は大会側が用意したものに限られている。
ルイは熟考の末、武器として木刀を選んだ。
一方で私は、あえて何も選ばなかった。
私が武器を使ったら、一瞬で相手を倒してしまう。
ただでさえ他の参加者達との実力差が大きいのに、武器を使うのは流石に大人気ない。
いわばハンディキャップというものだ。
エントリーを決めてから今日までの間、私はルイと何度か手合わせをした。
けれど、正直に言えば彼はあまり強くはない。
ルイの身体能力は高く、頑丈で、筋力も悪くない。鍛錬を積めばきっとそれなりの実力者にはなれるだろう。
だが、時間があまりにも足りなかった。
今の彼では、あのバルバトスには到底太刀打ちできそうにない。
「よっ! ルイ・クロスに、キャサリン・ベルモント公爵令嬢!」
ゲラゲラと、場内のざわめく声を掻き消すくらい大きな笑い声を出すのは、バルバトスだった。
「貴殿達と戦えるのを楽しみにしているぞ。お互い、頑張ろうな」
バルバトスは半ば強引に私達の手を掴み、力強く握手をする。
「だが、今日の大会で優勝するのは、この俺だ!」
「そうですか。お互い、頑張りましょう」
暑苦しいノリに辟易としながらも、無難な返事で受け流す。
「二人とも、俺と戦う前に敗退なんかするなよ? その辺の雑魚にやられるなんざ、この俺が許さんからな!」
「敗退も何も、私はシードなので決勝戦しか出ませんが? 何せ、昨年度の優勝者なので」
「ハハハ、そうだったな! なら、先に戦うのはルイ・クロスか。順調にいけば……何回戦だっけ?」
「3回戦です」
「そうかそうか。ルイ・クロス。それまで、倒されるんじゃないぞ!」
勝手に自分から話しかけたくせに、喋りたいことが終わるとバルバトスは消えるようにどこかへ去った。
まぁ、会話を打ち切ってくれるのはむしろ有難いので、勝手にどこかへ行こうが一向に構わないが。
それから私とルイは出場の準備を整えると、開会式が始まるのを待った。
◆◆◆
それから程なくして、ジュニア部門の試合が着々と行われた。
心配しながらルイを見守る中、いよいよ彼の試合が始まった。
一回戦の相手は、いかにも駆け出しの冒険者といった感じの少年だった。
戦闘経験も浅く、おそらくルイと同程度だろう。
ただ身体能力はルイの方が優っていたため、ルイは難なく勝つことができた。
二回戦の相手は、若手の騎士団員だ。
バルバトス程ではないものの、同世代と比較したらそれなりの手練だった。
流石に負けるのではと心配したが、ルイが不屈の精神で降参しなかったお陰か、最後は相手が降参する形で辛勝した。
次はいよいよ三回戦。
バルバトスとの対戦だ。
二人は既にリングに立って試合が始まるのを待っている。
「……ルイ。本当に、無理はしないでね」
私は観覧席から、彼の背に声を投げた。
振り返ったルイは、ぎこちなく笑いかける。
彼の唇は緊張で乾いていた。
「ここまで勝ち上がったことは褒めてやろう。 だが、棄権するなら今のうちだぞ?」
バルバトスは見下したような笑みでルイを睨む。
きっとルイの試合を見て、彼の実力を察したのだろう。
そして勝利を確信しているからこそ、余裕のある態度をしているのだわ。
その態度は鼻につくが、客観的に見てもルイの勝率は低いから、侮られても仕方がない。
ルイの手は少し震えている。
が、その強い眼差しからは、バルバトスに立ち向かう意志を感じた。
「それでは、試合始め!」
審判が手を振り下ろす。
最初に動いたのは、バルバトスだった。
地面を抉るように蹴ると、木刀を大きく振り下ろす。
ルイはそれを、紙一重で受け流した。
木刀の乾いた衝突音が響き、衝撃が観客席まで伝わってくる。
「ほう、今のを受け止めるか!」
バルバトスの目が愉快そうに光る。
「だったら、次はどうだ!」
怒涛の連撃。
ルイは懸命に受け流し、押されながらも反撃の隙を狙う。
木刀と木刀がぶつかり合い、火花のような音を立てた。
だけど、一撃の重さが違いすぎた。
バルバトスの一振りは、風圧だけで砂塵を巻き上げる。
それに比べたらルイの一振りは、まるで赤子の素振りのようだ。
そんなバルバトスの木刀を何度も受け流すうちに、ルイは足をずるりと滑らせ体勢を崩してしまった。
その隙に、横薙ぎの一撃。
木刀が腹を叩き、鈍い音が響いた。
「ぐっ……!」
息が詰まり、ルイの体が後ろへと弾き飛ばされる。
それでも、ルイは倒れたまま動きを止めなかった。
砂にまみれた指先で、木刀を探り、よろよろと立ち上がる。
「……まだ、終わってません」
声はかすれていたが、その瞳から闘志は消えていなかった。
その闘志に、バルバトスの口元が吊り上がる。
「いいな、その根性! 気に入った!」
バルバトスは一歩、また一歩と距離を詰めた。
観客は息を呑む。
「まだ戦えるのだろう? だったら続けよう!」
そう言って、彼は本気で振りかぶった。
ルイの体が反射的に動き、木刀で受け止める。
が、その衝撃で腕が痺れた。
筋肉が悲鳴を上げ、木刀が手から弾かれる。
「おっと、もう終わりか?」
バルバトスは楽しげに言い、さらに叩きつけた。
ルイは防御の姿勢をとるが、衝撃で膝が崩れる。
だけどルイは木刀を握り、それでも立とうとする。
「……まだ……です!」
「そうだ、それでいい!」
バルバトスの容赦ない一撃が、胴を打ち抜いた。
木刀が鈍くしなり、ルイの身体が宙を舞う。
そして彼は地に転がり、とうとう起き上がらなかった。
審判がバルバトスへと駆け寄り、彼の手を握って高く挙げた。
「勝者、バルバトス・バルバッゴア!」
観客席が歓声で湧く中、バルバトスは笑顔で木刀を私に向けて掲げた。
「よし! 見たか、キャサリン・ベルモント公爵令嬢!」
ルイは血の気を失った顔で、横たわりながらそんなバルバトスを眺めていた。
その手は、悔しそうに木刀を強く握りしめて離さない。
「しかし、本当に彼が貴女の『運命の番』なのか? てんで弱いじゃないか。もしや……ルイ・クロスが番というのは俺から逃げるための嘘だったのか!?」
「それは違います。ルイは本当に私の番です」
「嘘だ! こんな軟弱者がキャサリン・ベルモント公爵令嬢の番なはずがない。いや、仮にそうだとしても貴女には相応しくない!」
「誰が私に相応しい相手であるかは、私が決めることです。バルバッゴア様が決めることではありません」
「だとしてもだ。女は、自分より弱い男を選ぶべきではない! もし貴女よりも強いモンスターが襲ってきたら、どうする? その時、ルイ・クロスは貴女を守れないのだぞ!?」
「そのようなモンスターが存在するかは疑問ですが……その時は、私がルイを守りますわ」
「だったら尚更ダメだ! ルイ・クロスは貴女を守るどころか、貴女の枷にしかならない。この男が貴女の婚約者になるくらいなら、俺と結婚した方が何倍もいいに決まっている!」
「……はぁ?」
あら嫌だわ。
バルバトスの発言に、思わずドスの効いた声が漏れてしまった。
ルイが番に相応しくない?
ルイが私の枷?
終いには、バルバトスと結婚した方が幸せだなんて……想像しただけで鳥肌が立つ。
私の幸せを勝手に決めて捻じ曲げようとする発想に、頭の血管が切れそうになった。
「きゃ、キャサリン・ベルモント公爵令嬢…?」
私の殺気に怯んだバルバトスは、顔を強張らせて後退りする。
そんな彼に、私はあえて微笑みかけた。
「バルバッゴア様、決勝戦で戦えるのを楽しみにしています」
決勝戦で、たっぷりお礼をしてあげる。
ルイをこんな茶番に付き合わせた上にボロボロにした、お礼をね。




