2.番様の危機
「初めまして、運命の番様。私と、結婚してくださるかしら?」
唐突な言葉に、檻の中の男性は目を瞬いた。
何かを言おうとするように口を小さく開くも、彼の声は聞こえてこない。
「失礼。私はキャサリン・ベルモント。ベルモント公爵の娘よ。貴方のお名前は?」
彼が名乗る前に、後ろからランドルフ伯爵の慌てふためいた声が割り込む。
「キャ、キャサリン様! お戯れを……その者は差し上げられません!」
私はゆっくり振り返ると、伯爵に話しかけた。
「あら。もちろん、タダで受け取るつもりはありませんわ。それ相応の代価を支払います」
「で、ですが……その……この者は奴隷ではないため、売買はできないのでございます」
「奴隷ではないのですか。でしたら、なぜ檻の中に? 奴隷ではない一般人を幽閉するのは、監禁罪ではありませんか?」
私の指摘に、伯爵は額から汗がじわりと滲み出た。
「そ、それは……その……! い、いえ! やはり奴隷でした!」
「なら譲渡可能ですね」
「いえ、ですが……」
「あら? 他に譲渡できない理由があるのでしょうか?」
伯爵は唇を噛み、しばらく逡巡する。
「……ありません」
「なら早速、譲渡契約を交わしましょう」
「っ……!」
伯爵は蒼白になり、ついに観念したように深々と頭を下げた。
「……わかりました。後日、正式な譲渡契約を交わしましょう。ただし……すぐに、とは参りません。引き渡しの準備が必要でして……」
「えぇ、構いませんわ」
私は番様の目を見つめて、微笑んだ。
「一緒に暮らせるのを楽しみにしていますね。番様」
檻の中の彼は黙ったまま、ただじっと私を見つめ返していた。
その瞳は、困惑と希望が入り混じったような、複雑な色をしていた。
◆◆◆
後日。
正式な譲渡契約のために、私は再びランドルフ伯爵邸を訪れた。
久方ぶりに心が浮き立つ。
これほど胸が高鳴ったのは、冒険者パーティに誘われた時以来かしら?
私は心を弾ませながら、伯爵邸の正門をくぐる。
だけど玄関ホールで迎えた伯爵の顔色は、土気色に沈んでいた。
嫌な胸騒ぎがする。
「キャサリン様……お待ちしておりました」
「ええ、約束通り参りましたわ。……番様は、どこに?」
伯爵は一瞬、言葉を失ったように口を開け閉めし、やがて重々しく頭を垂れた。
「……残念ながら。あの者は、死にました」
空気が凍り付いた。
耳にした言葉の意味を理解するまでに、しばし時間がかかった。
「……今、なんと?」
「……先日、その……不慮の事故が起こりまして……助からなかったのです」
心臓を素手で掴まれたような衝撃が走った。
喉が焼けるように乾き、言葉が出ない。
──番様が、死んだ?
「なぜです? 何があったのですか?」
怒鳴りたくなる衝動を抑えつつ、穏やかな口調を意識しながら尋ねる。
「本当に、すみません」
「それは質問の答えになっていません。私は、彼が亡くなった経緯を聞いているのです」
「誠に、申し訳ありませんでした」
「謝罪は不要です。亡くなった経緯が言えないのでしたら、せめて彼が今どこにいるか教えてくださいませんか?」
「本当の、本当に申し訳ありませんでした!」
何度問いただしても謝罪の言葉しか出てこない。
埒が開かないわね。
「もういいです。自力で番様を探しますので」
「あっ! お待ちください!」
私は制止する伯爵を振り切って番様のいた檻へと移動する。そして『空間追憶』の魔法を発動させると、檻の中で起こった過去の出来事が目の前で再現された。
『ええい! 忌々しい男め! 貴様、キャサリン様にどんな魔法を使った? 言え!』
そこには番様を嬲るランドルフ伯爵が映っていた。
『いえ……僕は、何も……』
初めて聞く、番様の声。
官能的な甘くて低い声に陶酔しそうだが、それ以上に、番様を嬲る伯爵に怒りを感じる。
『口答えする気か? 生意気な! 貴様みたいな汚物が外に出るなど、この私が許すとでも思っているのか? アイツがいるから殺されないと思っているなら、大間違いだ!』
すると過去のランドルフ伯爵は、上位魔術を番様にぶつけて瀕死に追い込んだ。
『これでも死なないか、化け物め! ……だったら、裏山で生き埋めにしてやる。連れて行け!』
過去の番様は使用人に連れて拘束されながら、ランドルフ伯爵とともに檻から出る。
過去の彼らの姿は、そこで途切れた。
「……ねぇ、伯爵。先程の記録のどこが『不慮の事故』なのでしょう?」
私は極めて冷静に、今のランドルフ伯爵に問いかける。それでも私の殺意が伝わったのか、伯爵は病気かと疑うほどに全身が汗ばみ、顔を青くしていた。
「……も、申し訳、ありません」
伯爵はそれでも、謝罪の言葉しか口にしない。
そんな姿に、殺意を通り越して呆れる。
伯爵には何らかの制裁を与えたいところだけど、今はそれどころじゃない。
生き埋めにされているなら、急げば間に合うかもしれない。
私は空間追憶の魔法を広域に展開すると、伯爵を置いて番様の足取りを追った。
過去の番様は使用人に連れられて、屋敷の裏手にある山へと進んでいく。
過去の彼らを追いかけながら裏手の山を少し登ったところで、聞き覚えのある男性の声が聞こえてきた。
この声、まさか。
裏山の木々を駆け抜けて声の主を探すと、開けた岩場で数匹のジェノサイドウルフが、一人の男性を取り囲んでいた。
「……あ……ぁ……!」
今にも襲われそうな、見窄らしい服装の男性。
腰を抜かして震えるような声をあげる彼は、間違いなく番様だ。
生き埋めにされたと知って焦っていただけに、その姿を確認できて安堵した。
折角見つけ出した番様が、危うく いなくなるところだった。
だけど喜んでいる場合ではない。
ジェノサイドウルフ達は番様に狙いを定めると、牙を立てて大きく口を開き、飛びかかった。
「させない!」
私はすぐさま番様の下ヘと移動すると、足を横に大きく振り回して、ジェノサイドウルフ達を一掃する。
私の回し蹴りを受けたジェノサイドウルフ達は、大きな弧を描くように遠くへと吹っ飛んでいった。
魔術を使わずに瞬殺するなんて朝飯前だわ。
だって冒険者ごっこをしていた時に、この手のD級モンスターは掃いて捨てるほど倒したもの。
ジェノサイドウルフ達は一瞬で消え去り、山に静寂が戻る。
幸い、番様に大きな怪我は無さそうね。
私は彼の前に歩み寄り、手を差し伸べた。
「大丈夫かしら?」
番様は呆然と私を見上げる。
その瞳には恐怖ではなく、光が宿っていた。
「貴女は、一体……?」
彼が私に向けた第一声が、それだった。
「私はキャサリン。この前も話した通り、貴方の、運命の番よ」




