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完璧令嬢は暇つぶしに運命の番を愛でることにした  作者: サトウミ


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19.バルバトス・バルバッゴア

学院へ向かう前の、のどかな朝。


ベルモント邸のダイニングルームには、柔らかな朝日が差し込んでいた。

今日も私はルイと向かい合って朝食を取る。

焼きたてのパンと温かなスープの香りが、静かな空気の中にじんわりと広がる。

そんな中、侍女のペネロペが恭しく一礼し、口を開いた。


「キャサリン様。本日より、王国武闘会のエントリーが始まるそうです」

「そう……もうそんな時期なのね」


スプーンを置きながら、小さくため息が漏れた。

また、あの面倒な男が突っかかってくる未来が容易に想像できる。


「……キャサリン様?」


ルイの、控えめな声が聞こえる。

彼の心配そうな瞳が、こちらをじっと見ていた。


「なぁに、ルイ?」

「王国武闘会とは……どんなものなのですか?」


「年に一度、国を挙げて行われる武闘大会よ。騎士団、冒険者、それに海外からも腕自慢が参加するの。まぁ、言ってしまえば、誰が最強か決めるお祭りみたいなものね」

「そんな大会があるのですね。……ということは、どなたかが出場されるのでしょうか?」


「えぇ。毎年必ず参加するバカな知り合いが、一人いるの。今日学院に行けば……嫌でも会うわ」


ルイはきょとんとした顔で呆けている。

説明する前より会った方が早いだろう。

私達は朝食を終えると、支度を整えて馬車に乗り込んだ。


ベルモント家の紋章が刻まれた馬車が、石畳を滑るように進む。

学院の正門前へと到着し、馬車を降りた瞬間、嫌な予感が的中した。


「キャサリン・ベルモント公爵令嬢ぉぉぉおおお!!」


校庭の中心付近から、誰がどう見てもこちらをターゲットに突進してくる人物がいた。

燃えるような赤髪をバサバサと揺らし、筋骨隆々な巨体で周囲の人々を薙ぎ倒すように、こちらに迫ってくる。


「……来たわね」


年中、夏の暑さを身に纏ったような男。

バルバトス・バルバッゴア侯爵令息。

軍務卿の息子で、将来は騎士団長になるのを約束された男。

その自信と筋肉量ゆえか、とにかく熱苦しい。


……そういえば、この男は生徒会の庶務だったわね。

今思えば、生徒会のメンバーは碌な人間がいない。


「ご機嫌よう! キャサリン・ベルモント公爵令嬢!

今日から王国武闘会のエントリーが始まるぞ!

貴女はもう申し込んだか!? 締切まであと二週間しかないぞ!」


近い。

そして声がでかい。

何より、朝からテンションがおかしい。

私は彼の熱気にうんざりして、小さくため息をついた。


横を見ると、ルイが驚いた顔で私とバルバトスを見比べている。

何も言わないが、その顔には「この人は誰ですか」という問いが書いてあるように見えた。


「ご機嫌よう、バルバッゴア様。朝からお元気そうで何よりです」


なるべく丁寧に、そして距離を取るように応じる。


「当然だとも! 王国武闘会がもうすぐ開かれるのだ、体調を崩している暇はないぞ! それに何より、今年こそは貴女を打ち破り、優勝してみせるからな!」


バルバトスは私の眉間を狙うように、至近距離で指差す。


「それは素晴らしい目標ですね。では私はこれにて……」

「勿論、今年は参加するよな? また前みたいに、怖気付いて逃げるのは許さんぞ!」


足早に立ち去ろうとした私を止めるように、煽り文句を投げかける。

そう言われたら、逃げるに逃げられない。


私はふと、一昨年の武闘会を思い出す。

一昨年はバルバトスと関わりたくなくて参加しなかったが、結果は逆効果だった。

ただ参加しなかっただけなのに、バルバトスが勝手に『俺に負けるのを恐れて参加しなかった』などと吹聴した。

それだけなら気にも留めないが『やはり彼女を娶れるのは、彼女より強い俺だけだ』と、勝手に飛躍した理論で私を婚約者認定し出した時は、流石に頭が痛くなった。

それを真に受けたバルバッゴア公爵が縁談を強く勧めてきたので、力尽くで破談させたのは記憶に新しい。


ここでまた不参加にすると、丸一年この男に粘着されそうだ。


「わかりました。今年も参加致します」

「ハハハ、そうこなくてはな! 正々堂々戦って、貴女に勝った暁には、今度こそ我が婚約者になってもらうぞ!」


するとルイは「えっ」と小さな声を漏らし、不安げな顔で私を見つめた。

ルイの前で余計なことを言うバルバトスが、少し癪に感じる。


「フフフ。相変わらず、面白いご冗談ですね。私とバルバッゴア様が婚約だなんて、ロマンス小説でもありえない急展開ですわ。それに私には運命の(つがい)様がおりますので、他の婚約者だなんて考えられません」

「なっ!? なんだ、その運命の(つがい)というのは!?」

「生涯、互いに愛し合うことが運命づけられている理想の恋人のことですわ」

「ということは、つまり……貴女よりも強い男が現れたということか!?」


……は?

何を言っているの、この人。


「私は今、恋人がいるという話をしていたのですが?」

「だから、貴女より強い男ができた、ということだろう? 女は、自分より強い男が好きだからな」


また出た。

バルバトス特有の謎理論。


「何度でも言いますが、必ずしも女性は強い男性が好きとは限りません」


少なくとも私は、ルイが例え軟弱であっても好きだ。勝手に決めつけないで欲しい。


「いいや、それは駄目だ! 女は強い男とでないと、幸せになれん! 

強い女は、より強い男と結婚して、強い子供を産む。それが女にとっても、ひいては我が国にとっても幸せなのだ! 第一、女の尻に敷かれる男なんざ、男の風上にも置けん!」

「なるほど。ですがバルバッゴア様の理屈ですと、私は一生、誰とも結婚できない……ということになりませんか?」

「ハハハ! 言うじゃないか! 大丈夫だ、キャサリン・ベルモント公爵令嬢! 今度の武闘会で俺が勝てば、俺の妻にしてやろう。そしたら無事解決だ!」

「フフフ、バルバッゴア様ったら、相変わらず机上の空論がお好きですね。ですが私に気をかけてばかりですと、婚期を逃すどころか結婚できなくなってしまいますよ?」

「フン、要らぬ心配よ! 強がるのも今のうちだ。今年の俺は去年までと違うぞ!」


あぁ。

この下らないやり取りは、いつになったら解放されるのだろう?

もういっそのこと、バルバトスとお似合いな令嬢を探して宛てがおうか?

いや、そこまでしてこの男に時間と手間を費やす気にはなれない。


「ところで……貴女の隣にいる男は誰だ? 初めて見る顔だが、新しい従者か?」


バルバトスはルイの顔をまじまじと見つめる。

ここで彼が運命の(つがい)だと説明したら、面倒なことになりそうね。


「彼は私の従…」

「僕はキャサリン様の、運命の(つがい)……です」


私が説明する前に、なぜかルイが食い気味に自己紹介した。

彼が強く自己主張するなんて、かなり珍しい。

だけど、そのせいでバルバトスの興味はルイへと移ってしまった。


「ほほう? 貴殿がキャサリン・ベルモント公爵令嬢の運命の(つがい)か。名前はなんと言うのだ?」

「ルイ・クロスと申します」

「ふむふむ、ルイ・クロスか……どれどれ?」


バルバトスはルイの周りを回りながら、頭の天辺から足の爪先まで舐め回すように凝視する。


「……うむ。軟弱そうに見えるが、本当に貴殿が運命の(つがい)なのか?」

「はい!」


元気よく返事をするルイ。

その瞳は、バルバトスを威嚇するように見つめていた。

今日のルイは少し様子が変だ。

どうしたのだろう?


「そうか、なるほど。……ということは、貴殿に勝てば、キャサリン・ベルモント公爵令嬢に勝ったも同然ということだな!」

「えっ?」

「だって、そうだろう? 貴殿はキャサリン・ベルモント公爵令嬢の恋人。つまりは、貴殿はキャサリン・ベルモント公爵令嬢より強い、ということだ! だから貴殿を倒せば自動的に俺が一番強いということになる!」


また謎理論を発動してきた。

そもそも「女は自分より強い男を伴侶に選ぶ」という前提条件が誤っているのだから、ルイを倒したところで私より強いとは限らないのだが。

この男の脳味噌は、その事実を受け入れられる程の容量がないようだ。


「よし……ルイ・クロス! 今度の武闘会、貴殿も出ろ! そして俺と勝負するのだ!」


嗚呼。

こうなると思ったわ。

私は思わず、大きなため息が出る。


「その必要はありませんわ。なぜなら、今年の武闘会も私が……」

「わかりました」


断りを入れる前に、ルイが参加の意思を示した。

普段の彼からは考えられない意外な行動に、私は唖然とする。


「ハハハ、そうこなくてはな! では決まりだ」


学院中に響くような声で高笑いするバルバトスに、思わず頭を抱えた。

この男の茶番に、ルイまで付き合わせてしまった。

面倒な展開になったわね。


──かくして、私とルイは武闘会に参加する羽目になった。

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