運命の番、発見
「キャサリン様。申し訳ありませんが、私達のパーティから外れてくださいませんか?」
いつもの冒険者ギルドに入って早々、パーティの面々が深刻な面持ちで宣告した。
「あら?私がお邪魔だったかしら?」
「そ、そういうわけではありません!キャサリン様がいなければ全滅していただろうという場面は何度もありました。私達がS級パーティになれたのも、キャサリン様のお陰です。ネームドモンスターや暁の魔王も、キャサリン様がいたからこそ倒すことができました。
....あ、いえ。ネームドモンスターを倒したのも、暁の魔王にトドメを刺したのも、全てキャサリン様一人のお力でしたね。
私達は、いつも貴女の足手纏いでした。
S級の実力があるのはキャサリン様だけで、私達は相変わらずE級冒険者です。
キャサリン様を誘ったのは私だし、キャサリン様は『一流のパーティになる』という私達の望みを叶えてくださいました。
そのことには、とても感謝しています。
ですが、このままだと私達はいつまで経っても成長できないのです!
キャサリン様にモンスター討伐を任せてばかりでは、永遠にE級冒険者のままです。
キャサリン様の威光を笠に着ただけの、名ばかりのS級パーティはもう嫌なんです!
ですから、お願いします。
私達のパーティから外れでください!
私達、一からやり直したいのです!」
あらあら。
手助けをしたつもりが、却って彼女達に迷惑をかけていたようね。
彼女達が公爵令嬢である私に、わざわざ冒険者になるよう頭を下げにきた時は、面白そうだと感じた。
だから適当にクエストをこなしてさっさとS級パーティとやらに昇級してあげたのだけど、余計なお世話だったみたいね。
これ以上冒険者を続けても進展は無さそうだし、今が潮時かしら。
短い間だったけど、それなりに楽しかったし、いい暇つぶしになったわ。
私は彼女達の願いを受け入れて、ギルドを去った。
◆◆◆
華やかな衣装を身に纏った令息令嬢が集う、社交パーティ。
私は久々に、新たな暇つぶしを求めて参加してみた。
冒険者ごっこはもう終わったし、次は何をしよう。
誰か、面白そうな話をしていないかしら?
「キャサリン様が社交パーティに顔を出してくださったのは、いつぶりかしら?相変わらず宝石のように美しいわ。」
「さすがは国一番と称される美貌ですね。嗚呼、私もキャサリン様のように美しくなりたいわ。」
「聞いたか?キャサリン様は暁の魔王を倒したらしいぞ。」
「聞いた聞いた!まさか勇者でもないのに単身で魔王を倒すなんてな。さすがキャサリン様だ。なんせ親善試合で騎士団長を倒したって噂だしな。」
「俺が聞いた話じゃ、『金の魔道士』の称号も持ってるらしいぜ。」
「嘘だろ?金の魔道士って、王宮魔道士ですらなれないって聞いたことがあるぞ?キャサリン様は王宮魔道士以上の魔法使いなのか?」
「僕が聞いた話では、キャサリン様が書かれた論文は魔獣生物学の常識を覆す世紀の大発見として、世界中の学者から注目されているらしいですよ。」
「本当か?!キャサリン様は美しいだけでなく、文武両道なのか。非の打ち所がないとは、まさにキャサリン様のことだな。」
噂話に耳を傾けてみても、目新しい話は聞こえてこない。
武術を極めるのは、もうやった。
魔法も、研究も、もう飽きた。
もう、することが見つからない。
....実に、つまらない。
面白い話が聞けず嘆息すると、近くにいた令嬢達の会話から聞き慣れない単語が出てきた。
「ねえ知ってる?ベネット伯爵のご子息、番様を見つけたそうよ!」
「あら本当?!生きている間に番様と出会えるなんて、素敵ね。私も番様に会ってみたいわ。」
「番様ってロマンス小説だけに出てくる存在ではなかったのね。でも私達の番様って、本当に存在するのかしら?」
「いるわよ、きっと!あぁ、私もロマンス小説のような燃える恋をしてみたいわ!」
番様、という単語は初めて聞いた。
この私にも、まだ知らない言葉が存在していたのね。
少し、興味が湧いたわ。
「失礼、ご令嬢方。私もお話に混ぜてくださらないかしら?」
「こ、これはキャサリン様!お話できて光栄です!」
「是非、一緒にお話しましょう!」
「先程、貴女方は何のお話をしていたのかしら?番様とは、どのような存在ですの?」
「番様、というのは運命の番のことです。」
「運命の番?」
「運命の番というのは、生涯、互いに愛し合うことが運命づけられている理想の恋人のことです。噂では、運命の番は他の異性とは違って見え、出会った瞬間にソレだと気づくのだそうです。」
抽象的な説明ね。
「もしかして、キャサリン様も番様に興味をお持ちですか?」
「キャサリン様の番様かぁ。一体、どんなお方なのかしら?」
「美しくて完璧なキャサリン様ですから、きっと番様も素晴らしい方なのでしょうね。」
私の番様?
その発想は無かったわ。
でも面白いわね。私の番様とやらを探すのは、いい暇つぶしになりそうだわ。
「フフ、そうね。探そうかしら。運命の番様を。」
「はい。キャサリン様、応援しています!」
今夜はいい話が聞けたわ。
社交パーティに出た甲斐があった。
私は、翌日から番様とやらを探し始めた。
◆◆◆
番様を探し始めて早1ヶ月。
面白いことに、見つかる気配がない。
社交パーティで片っ端から貴族の令息達に会ったり、町の平民や奴隷達を見てまわったりしたものの、運命とやらを感じたことは一切なかった。
番様と出会えた夫婦の話によると、番様の顔を見た瞬間、雷に撃たれたかのような衝撃を受けるのだそうだ。
人に会ったくらいで、雷のような衝撃を感じるものなのかしら?
番様の噂を聞いた時は面白そうと思ったけど、本当に番様とやらは存在するのかしら?
若干噂を疑い始めたものの、ここまで手応えのないことは今までなかったため、余計に番様に会ってみたくなった。
今度は知り合いの貴族の使用人でも調べてみよう。
私は順番に交流のある貴族の屋敷へ赴いては、屋敷内にいる者は奴隷も含めて一人ずつ確認した。
次はランドルフ伯爵邸ね。
ランドルフ伯爵のご子息とは以前会ったことがあるけど、何一つ、心を揺さぶられることはなかった。
容姿はどちらかといえば好みな方ではあったけど、一生一緒にいたいとは思えなかった。
きっと、ここもハズレね。
私は、無駄とわかりつつランドルフ伯爵邸を訪ねた。
「これはこれは、キャサリン様。ようこそお越し下さいました。どうぞお入り下さい。」
「失礼致します、ランドルフ伯爵。」
私は、屋敷の使用人に案内されながら、伯爵と一緒に屋敷の中を歩き回る。
中庭にいた庭師や、厨房にいた調理師にも挨拶したけど、雷のような衝撃は感じない。
やはり、ここにもいなかったわね。
諦めて帰ろうとした時、ふと地下の部屋を案内されていないことに気づいた。
別に屋敷内を全て見る必要はないけれど、念のため確認しておこう。
「失礼、ランドルフ伯爵。この屋敷には地下へ続く階段がありましたよね?できれば地下も確認したいのですが。」
「えぇ?!地下ですか?それは、その....何と申しますか、キャサリン様の興味を引くようなものはありません。行っても、つまらないだけかと思いますよ。」
地下の話をした途端、伯爵は誰が見てもわかるくらい、動揺し始めた。
「あら?地下に見せられないようなものが、あるのでしょうか?」
「いえいえ!そんな、滅相もございません!」
「なら、行っても良いですよね。」
「えっ?あ!ちょ、お待ちください!」
私は、半分強引に地下へと続く階段を降りた。
地下は日の光が入らないため薄暗く、壁に掛けられた燈台の蝋燭の火だけが、地下を照らす唯一の明かりだった。
空気の淀んだ地下の奥は、壁一面が鉄格子で覆われていた。
近づいてみると鉄格子は檻になっているようで、檻の奥には男性が壁にもたれて座っていた。
男性は見窄らしい服装をしていて、顔を伏せていた。
なんだ。ただの奴隷じゃないの。
この国では貴族が奴隷を買うのは合法なのだから、コソコソ隠す必要ないのに。
今まで屋敷訪問をした他の貴族もそうだった。
みんな、隠そうとするくらいなら、最初から買わなければいいのに。
「す、すみません。お見苦しいものを見せてしまいまして。これ以上、キャサリン様の視界に醜いものを入れるわけにも参りませんので、上の階へ戻りましょう。」
ランドルフ伯爵はオドオドと額に脂汗をかきながら、地下から出るように促してきた。
「私は構いませんわ。念のため、中にいる人物と会わせてください。」
「そんな!お待ちください、キャサリン様!」
「ねぇ、そこの貴方。少しお話できないかしら?」
檻の中にいた男性に話しかけると、男性はゆっくり顔を上げてこちらを見た。
そして彼と目が合った瞬間、天啓を得た時以上の強い衝撃を感じた。
地下の闇のように深く黒い、髪と瞳。
吸い込まれそうな、細くて品のある唇。
見窄らしい服装に反して、象牙色の肌は透き通るように美しい。
ようやく、見つけた。
彼が、私の番様だ。
雷に撃たれたよう、という表現は大袈裟だわ。
だけど新しい娯楽を見つけた時以上に胸が高鳴った。
よく見たら彼、なかなかいい男じゃないの。
気に入ったわ。
これからは番様を観察することにしましょう。
なぜ彼が、私の運命の相手なのか。
運命の番とは、何を基準に選ばれるのか。
それを研究するのも、面白そうね。
私は檻の扉を開けて中に入ると、彼の顎をクイっとあげた。
「初めまして、運命の番様。私と、結婚してくださるかしら?」