私のことはジークと呼んでくれ
ユーリスはやり遂げた。
大勢の有力な証人の前で、呪詛を返した。
私やアレンとはちがううっすらと透ける人型が、愕然とした顔でみている。
幼い頃から祖父のように可愛がってくれた男が死のうとしていた。
一様に短命な王族のかわりに、生き字引のように様々な話をしてくれた。
決して悪人ではない。
追い込んだのは私だ。
可能性でしかない革命に、断頭台に恐怖して地位を手放そうとした私の小心さだ。
(「ジークハルト、さま」)
それが彼の最期の言葉だった。
(「すまない」)
そう口にする前に、彼の姿は光りの粒になって消えた。
アレンが黙って背中をさすってくれた。
ああ、たましいでも涙は流れるのか。
落ちた涙は床を濡らすことなく消えた。
(「呪いの消えた今なら、戻れると思う」)
たしかに、体へと引っ張られる感覚がある。
(「よかったな」)
アレンは微笑んでいる。
お前は、それでいいのか?
突然、ずっしりと体の重さを感じた。
実体があるというのは、重いものだった。
そんな当たり前のことを思いつつ、私はは瞼をもちあげた。
「兄上!」
手を握っていたユーリスに笑みを浮かべる。
「よくやってくれた。ユーリス」
ユーリスは子どものように首を振った。
頬を涙が伝っている。
私はその後ろに控えるミシェルに視線をむけた。
「アレンもよくやってくれた。お前のたましいの美しさが奇跡を起こしてくれた」
ミシェルへの感謝だと誰もが思うだろう。
だけど私が話しかけたのは、ミシェルのそばにいる本物のアレンだった。
「これからも、ユーリスを頼む」
「もったいないお言葉です」
ミシェルが深く頭を下げた。
アレンは、どんな顔をしているのだろう。
「皆も手間をかけてすまなかった」
ユーリスの手を借り寝台から上体を起こし、告げる。
集められていた有力者たちはいっせいに跪いた。
泣き出している者もいる。
これで解決だ、大団円だと喜ぶ姿に、私はそっと胸を押さえた。
*
寝室からでることなく私は執務を再開した。
四年後に法律が施行されヴァ―ゲル王国はヴァ―ゲル連合王国に名を変える。
何もかも急に変えると先日のような反発が起きかねない。
私はヴァ―ゲル領主として形式的に王を名乗ることになる予定だ。
王とはいえ立場は他の領主たちと同じだ。
この形式的に王を名乗る、という一文をはじめから加えていれば彼も死なずにすんだかもしれない。
領主からなる最高会議、各領地からの代表者による上級会議、領地それぞれの地方会議。
貨幣の流通量の管理、教育・法律の整備、税金の取り決め。
参政権、相続、婚姻。
予め起こるだろう問題には対処方法を付記しておく。
その通りにするかどうかはその時の人間が考えればいい。
大枠を決めてあとは随時手直ししていくことになるだろう。
「時間がたりないが、後は頼む」
(「なにやってるんだよ!陛下!」)
再びたましいとなった私をアレンが怒鳴っている。
ベッドサイドではユーリスが私を呼んでいる。
ミシェルがペンを握っている。
すまない。
もう奇跡は起こらないんだ。
長く蝕まれた心臓が持ちそうもないことはなんとなくわかっていた。
医師たちを困らせるつもりはない。
時間の許す限りの地ならしをするだけだ。
初代ヴァ―ゲル領主となるのはユーリスなのだから。
私はアレンに手を差し出した。
(「ミシェルのことはユーリスにまかせて、一緒に行こう」)
アレンは絶句している。
私は笑った。
(「アレンとなら、この先も楽しそうだ。私のことはジークでいい」)
たましいが形作る体が消えていくのがわかる。
後悔はない。
むしろ、なにかをやり遂げた爽快な気分だった。
アレンが私の手をとった。
よかった。
だれにも知られない孤独のなかに、彼を残して行かなくて済む。