私は、ただ (自称忠臣視点)
「ヴァ―ゲル王国の歴史を終わらせ、連合国にしようと考えている」
なにをおっしゃっているのか。
国王陛下のおっしゃりようは理解できなかった。
400年だ。
ヴァ―ゲル王国を名乗り、周辺の豪族を従えて、ここまで大きくなった。
建国当時から国王を支え続けたことは我らの誇りだ。
それを。
国王だけが抜きんでた力をもつというのはもう古い体制だという。
力をつけてきた連中に権限を与え政治に参与させるという。
それはもう王ではない。
領主たちの力を削ぎ王家の権威を取り戻すことが国王の責務ではないか。
「ユーリスも、生まれなど気にせず好きに生きればいいと思っている」
ユーリス様が王家から離れたいと願ったとでもいうのか。
あまりに無責任な言葉だった。
本人が王位を望まないなら、退位という道がある。
有力な領主から王妃を迎えれば幼くとも代替わりは可能だ。
黙って頷けたのは身についた習慣の賜物だった。
だが、その衝撃は日を追うごとに私を苛んだ。
あの言われようはあんまりだった。
これほど尽くしてきたのに。
捨てられようとしている。
けれど、真っ向から異議を唱えることなどできない。
不興をかって王宮を追われることはなによりも恐ろしかった。
我が家は古くからの様々な品を管理している。
なかには異国から伝わった特別な呪具もあった。
こんなものが献上品に紛れていたことを知るものはもういない。
これは、運命なのだろうか。
相手を特定するための、髪と衣類が苦もなく手に入った。
もし困難があれば、誰かに止められれば、諦めたはずだ。
だが、滞りはなく、誰にも見咎められることはなかった。
「収穫が終われば各地の領主が集まる。日程を詰めておいてくれ」
もう猶予はない。
作り上げた陛下の疑似的な心臓を握りつぶす。
露見する恐ろしさはあったが、バレはしないという確信もあった。
だれが、私がこんなことをしおおせるとおもうだろう。
恐怖に震えながら、同時に、偉大なことを成した自分に歓喜していた。
*
呪いは発動した。
だが、国王陛下の抵抗力が拮抗した。
急な病いとしてユーリス様が不在のうちに終わらせるはずが、戻ってきてしまった。
医師は毒を検出できないでいるが、暗殺ではないのかの声がでてきた。
その疑いを利用してアレンを排除することにする。
ユーリス様には国王として王妃を娶り子をもうけてもらわねばならない。
同性の恋人など醜聞でしかない。
ユーリス様が我々に疑いの目をむける一幕もあったが、事態は私の思い通りに進んでいる。
国王は意識戻らず徐々に衰弱している。
犯人探しも、勢いを失っている。
やがて、ユーリス様が重臣と領主を、陛下の眠る部屋へと集められた。
当然、私も呼ばれていた。
ユーリス様はいよいよ覚悟を決められたのだ。
後継者として立つことを。
王国を守ることを。
自ら手を汚した私の献身は報われたのだ。
誇らしさが胸に満ちた。
でも、ユーリス。本当にやるのかい?やっぱり代わりに」
「頼まれたのは私だ。兄上のために戦う」
アレンがなにか邪魔だてしようとしているようだ。
「ユーリス様の邪魔をするなど、許されぬぞ」
強い口調で告げる。
次期宰相の座は私のものだ。
陛下のベッドを遠巻きにして立つ領主たちが、憐れむような呆れるようななんとも言えないまなざしを私に向けた。
なんだというのか。
「これに見おぼえがあるな?」
近づいたユーリス様が、私の目の前に掴んだもの突き出した。
あ。
ぶよぶよとした半透明の卵のようなものだった。
なかには陛下の髪と付け襟の切れ端が入っていることを私は知っている。
私はそれを毎日のように握り締め、早く死んでしまえと願っていた。
「このものは異国の呪具を用い、陛下を呪い殺そうとした反逆者である!」
ユーリス様が声を張ると同時に、私の身柄は兵士によって押さえつけられた。
「なにをする!冤罪だ!私は代々の忠臣だぞ!」
しかし返る声はなかった。
だれもが平然と私を無視し、ユーリス様に注目している。
ユーリス様が合図を送ると、アレンが盆を持ってきた。
盆には大ぶりのゴブレットが載っている。
丸テーブルに置かれたゴブレットに呪具が入れられた。
香油が注がれ火がつけられる。
青黒い煙が立ち上った。
酷いにおいだ。
私はその青黒い煙が近づいてくるのを見た。
胸に入り込んだ煙は冷たい手のように私の心臓を握りつぶした。
「見よ!呪詛が返った!」
私は。
床に跪いたままがっくりと頭を垂れる自分の姿を見下ろしていた。
死ぬのか?
茫然を顔をあげると、そこにはふたりの姿があった。
悲しげに眉を下げた陛下と、その傍らに寄り添う忌々しいアレン。
(「ジークハルト、さま」)
私は、ただ。