兄仲間と10年ぶりの会話(アレン視点)
アレン視点です
(「国王なのに、気さくすぎるだろ」)
思い出話なんて意味はない。
それでも口が軽くなっていたのは、だれかと話すのが十年ぶりだからだ。
ぼくの声は届かない。
死んだら光の粒になって天へ上る。
そうやって消えていくたましいをいくつもみた。
その先は知らない。
だが、なるようになるのだろう。
恐ろしくはない。
「ユーリス、ちゃんと眠れてるんだろうか」
ミシェルがペンを置いて溜息をついた。
彼に任されている仕事の一つが、ユーリスの手紙の代筆だった。
もともとぼくより丁寧な字を書いていたけれど、今は惚れ惚れするほどだ。
それは努力の結果で、誇らしくて、寂しい。
姿だけはミシェルを真似て変えられるけれど、ぼくに成長はないから。
「優しくしたいのに、またひっぱたいてしまった」
(「ごめん」)
悲しげに自分の手をみつめるミシェルに思わず謝る。
危険な目に合うたびに、その手や足を代わりに動かして逃れてきた。
でも、わかっている。
もうミシェルは守らなければならない弟じゃない。
ユーリスと愛し合いたいと願っている。
(「邪魔者だよな」)
*
今の王宮の雰囲気は正直最悪だ。
国王の不在でこんなに荒れると思わなかった。
いや、その前から予兆はあった。
国王は、この国の最後の王になるつもりなのだから。
ミシェルと共にもう二年だ。
それなりの事情はわかっている。
ユーリスとミシェルが国王の倒れた執務室を調べている。
もちろん不審なものは何もでなかった。
出入していた事務官だちにも話を聞くが、心当たりなどないと誰もが口をそろえる。
「アレン、こいつら犯人探すがあるとおもうか?」
苦々しくユーリスが言う。
ミシェルは目元だけで苦笑してみせた。
「なくはないだろうけど、身内を疑われるのはイヤなんだよ」
「そういわれてもな」
ユーリスがくるくるの金の巻き毛をかきあげて息を吐く。
誰も何もしゃべらないんじゃ聞き込みにならない。
「せめて毒の種類がわかれば。なんの成分もでない毒なんてあるのか?」
ユーリスのつぶやきにぼくは何か思い出せそうな気がした。
*
(「毒じゃない?」)
陛下が首をかしげた。
たましい同士の気安さを抜きにしても、ざっくばらんなひとだ。
身分が高く、聡明で、すごい美形。
なのに国の仕事に忙殺され、唯一の楽しみは弟の成長なんて寂しくはないのだろうか。
せめて恋人でもつくればいいのに。
そんなことを思いかけて首を振る。
聡明だからこそ、慎重なのだ。
ぼくは青い瞳を見つめ返した。
(「こっちでは聞かないみたいだけど、ぼくの故郷には呪術師がいた」)
10歳ぐらいまでの記憶だから、詳しくはないけれど。
頼まれて人を呪ったり、呪いを跳ね返したりすると恐れられていた。
(「原因不明の急死や病気は、呪いのせいだとされた」)
呪術には、第一に『類似は類似をうむ』という類感呪術というものがある。
相手に似せた人形を破壊すれば当の相手にまで殺意がおよぶというタイプだ。
第二に『一度接触したものはその後も相互作用をつづける』というのが、感染呪術だ。
髪や歯、牙、毛皮なんかに触れていれば、離れていても本体に影響をあたえたり力を借りたりできる。
(「呪術師がいなくても、知識があればやってみようとおもうかも」)
(「私の髪や爪を?」)
陛下は彫刻みたいに整った顔をおおげさにしかめてみせた。
抜け毛を持っていかれたとか、気持ち悪いよね。
でもなんだか子どもみたいだ。
ぼくは笑いをかみ殺した。
こんなふうに話せるのは楽しい。
呪いや毒に負けないでほしい。
心からそう思う。
だけど、陛下が元気になってもうぼくが見えなくなったら、きっと寂しいだろう。