レジスト6 死神と貧乏神、来る
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10月27日 午前
天星高校 2年B組教室
「島根のイワト高校から転校して来ました、ヤガミアヤメです。よろしくお願いします」
−パチパチパチパチ………−
死神の少女アヤメが、転校生八神菖蒲として登校する初日。
護衛対象である八代のクラスに在席する事となった彼女は、拍手と共に迎え入れられた。
色々と物騒な事案が続く中の転校生とあって、B組だけでなく他のクラスも浮足立ち、休憩時間には野次馬が廊下に溢れ……ということにはならなかった。
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同日 昼食休憩中
2年B組教室
「……八神目当ての見物人が全く見当たらねぇな……ムグムグ。俺達の学年ってそんなにマセてたか?」
同級生の神野武は、八代と共に定番の『購買部の焼きそばパン』を頬張りながら、教室中央で女子グループに混ざって弁当を広げている菖蒲を横目に呟く。
すると、同じく同級生で、されど食しているのは通販で取り寄せているという戦闘糧食のスティックという桐生院義人が、意外そうに聞き返す。
「おや、まだご存知ないのですかな?神野くん。八神さんだけでなく、もう一人新参の方がいらっしゃるようで……」
「他にも転校生?どこのクラスだよ」
「いえ、生徒ではなく警備員さんです。昨日の件で急遽増員が決まったそうで……」
これまでは不審者対策として、校門の傍にプレハブ小屋を設けて警備員が2人常駐していたのだが、更に校内にも一人置かれる事になったという。
空からの落下物にどう応じるのかは疑問だが、何やら『大人の事情』とやらがあるらしい。
「転校生より警備員に……って事は女性か?」
「しかもナイスバディだそうですよ。インド系の二世で、琥珀のような肌と程よく逞しい筋肉をお持ちだとか……」
「ん?インド系の……」「逞しい筋肉……?」
と、武は何やら心当たりがある様子。
また、離れた所にいる菖蒲もビクリとこちらへ耳を向けた。
しかし八代は、どちらの反応にも気づかず、義人に続きを促す。
「その女性の警備員さんって、どこに駐在してんの?」
「教員棟1階の教材資料室、ほら年度末に色々と放り込まされた……」
「あぁ、あの物置部屋か。何故かイノシシの剥製があった」
「あそこを片付けて待機場所にしてるそうですよ。体育会系が張り切って手伝いを申し出たとか」
「……ちなみになんだが、その警備員の名前とか判ってるのか?」
武が、何故か頬に冷や汗を垂らしながら訪ねた。
義人はすこし記憶を弄り、その名を告げる。
「たしかコウライ、高麗ラートリさん、と……」
ガダッ
聞くが早いか、武は椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、教室から飛び出していった。更に何故か、聞き耳を立てていた菖蒲もそれに続き、廊下から2人の叫びが重なって聞こえてきた。
「「何やってんだあのババァ!?」」
クラスメイト一同が呆然と見送る中、八代だけが事の一端に気づいた。
「どうしたんだ武のやつ……アヤメさんも……ん?って事はまさかっ……!?」
死神の少女と神社の息子が動く事態と察し、焼きそばパンの残りを詰め込み嚥下すると、2人を追いかけた。
独り残された義人は、レーションをかじりながら呟く。
「2人とも、雄の本能には勝てませんでしたか」
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数分後
1階 教材資料室前
八代が2人に追いついたのは、目的地である部屋の前だった。
教材資料室という名札が掲げられているが、その実、故障した生徒用端末や廃棄図書、現在のカリキュラムでは使わなくなった教材等の不用品を詰め込んだ物置部屋……だった場所。
現在、それらのほとんどが廊下に放り出され、何年ぶりかの陽光に晒されていた。
そして、そんなかつての教材たちを避けながら、多数の生徒が部屋の前に屯していた。
ところが、その様子は3人が思い描いていた光景とは少し異なっており……
「お、神野も来たのか?残念だが、高麗女史は不在だぜ」
と、見知った上級生が現状を教えてくれる。
全速力で駆けてきた武は、息を切らしながら問い返す。
「はぁ、はぁ、……不在?」
「あぁ。なんか屋上の設備点検、だとか……生徒は立入禁止だからついてくるな、ってんで、皆ここでお留守番よ」
「そうか、感謝するっ!」
欠伸を噛み殺す他級生に、武は一言礼を告げたあと、既に来た道を戻り始めていた菖蒲を今度は追いかける並びで階段を登っていく。
「なっ、おい神野!……ったく、まだ胃に飯が残ってんだぞ……うぷっ」
八代は急な運動で裏返りかけている消化管を宥めながら、その後を追った。
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しばらくして
天星高校 屋上
この校舎の屋上へは2箇所からアクセスできるようになっているが、平時に開放されているのはその片方、フェンスで囲まれ、床がリノリウム舗装されている学習園だけだ。
残りの区画はメンテナンス用に出入りは可能なものの、安全柵が無いために生徒は立入禁止となっている。
が今この時、その禁止区画への扉は解錠されており、武と菖蒲、そして数歩遅れる八代は、新参の女警備員を探してそれをくぐった。
すると、目当ての人物は何をするでもなく、給水塔から伸び床を這う配管に腰掛け、3人を待ちかまえながら、竹ひごと和紙の渋団扇で己を扇いでいた。
「キヒヒヒ、遅かったじゃないカ、タケ坊」
「やっぱりテメェかババァ!」
武がそう吠えた相手は、座高だけでも立った3人と目が合う大柄な女性。
紺色の長丈制服を纏いながらも、四肢の筋肉は布地越しにくっきりと存在を誇示し、その豊満な胸はシャツのボタンが止められないほど。
そして、手入れされていないざんばら髪ながら、その合間から覗く琥珀色の容貌と、黒と赤茶色が交互に同心円を描く瞳から、八代は妖艶な気配を感じ取った。
そんな彼を背中で護るように、菖蒲がさっと前にでる。
「御前様、こんなやり方は聞いてませんよ!?八代さんの直掩は私だけのはずでは?」
「キヒヒヒ、確かに護るのはあんたの役目だヨ。アタシゃ、当世風に言えば『アタッカー』ってやつさネ。そこなタケ坊の友達を狩りに来る敵を、逆にこっちが狩ってやろうって寸法サ」
笑いながら渋団扇で八代を指す女警備員。
そのやり取りで、八代は女の正体を察する。
「貴女も、アヤメさんと同じ、この世界の側の人、ですか?」
「おうともサ。正確には神々の一柱、だがネ。高麗ラートリ改め、Kālarātri。この国じゃ『黒闇天女』って呼ばれ方もされてる閻魔の嫁サ。ついでに言うと、タケ坊んとこで祀られてるんで、その生意気小僧の保護者でもある」
「ちっ……貧乏神が保護者とか、前世でどんな悪行をしちまったのやら……」
と武は忌々しげにそっぽを向いた。
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黒闇天女。サンスクリット語では『Kālarātri』。元はヒンドゥー教を始めとするインド圏の神話で、戦の神ドゥルガーの一側面とされた存在。
ヒンドゥーと神話を同じくする仏教では吉祥天女の妹で閻魔大王の妃という扱いになり、日本では東京都は文京区にある北野神社の末社(客分の神様)、太田神社にて貧乏神として祀られているのが有名である。
「……ウチはその貧乏神さんの分社、まぁ簡単に言うと出張所って訳さ。……んでもって、俺は一族皆が生まれつき『視える』家系だったんで、文京区に居た頃から、このババァに色々とちょっかいかけられてなぁ……」
女警備員こと黒闇天女との関係を武から聞かされながら、八代と菖蒲は適当な所に腰を下ろしている。
「おやマァ、随分とナマききやがるネこの子は。昔は『カーさん』って懐いてくれてたのにサ。ヨヨヨ……」
と、武の言い草に対し、黒闇天女はわざとらしく渋団扇で顔を隠す。
「なっ!?それはアンタの本性を知るまでの話だろ!俺の運気を散々いじくり回しやがって!小遣いを溝に落としたり、毎日カラスに糞を落とされたり、駄菓子で食中毒になったり……!」
「全部、お前さんがアタシへの供え物をつまみ食いした罰だヨ。あと、駄菓子の件は、アレで学校を休んだおかげで、建築現場の崩落事故に巻き込まれなかったじゃないカ」
「ぐ、ぐぬぬ……」
と、反抗期の息子と母親のようなやり取りの後、黒闇天女は、改めて八代に向き直る。
「さて、随分と脱線しちまったがァ……オホン。アタシの目的はそこな死神娘と同じ。アンタがあのいけ好かない、自称別時空の女神とやらに拉致られないようにする事。ただし、アタシなりに攻めたやり方でね」
「……攻める?」
首をかしげる八代に、黒闇天女は渋団扇を武に向けて語る。
「タケ坊の昔話を聞いた通り、アタシは人間の運気を上げ下げする権能の持ち主なのサ。……運気、つまりはアンタの一生の内の禍福ってぇのは、終いにゃ相殺、当世風に言えばプラマイゼロになるように出来てンだ。例えば……」
と天女はポケットから100円硬貨を取り出す。
「100円拾って得すれば、別の機会に同額を損するって塩梅にネ。アタシはそのタイミングを弄くれるのサ」
渋団扇の上で器用に硬貨を転がし、右へ左へ、と思えば右の縁でピタリと止まる、という風に操ると、最後にはヒョイと放り投げ、片手でキャッチした。
「……つまり、本来はラッキーとアンラッキーが交互に来るのを、どっちかだけ連続……に入れ替える事ができる?」
「飲み込みが早いネ。でもって、クンイ某が定めた期限、今月の末までの残り4日間、アンタをラッキー状態にして、奴さんの企みを避けられるようにするってぇ寸法サ」
「……ですが、それでは八代さんは、反動で大きな不幸に見舞われてしまうのでは?」
菖蒲が懸念を伝えると、黒闇天女は渋団扇で自分の膝をピシャリと叩き、菖蒲を見据える。
「そこはアタシの腕の見せどころってネ。借りた運気ってのは何も一括払いで返済する必要は無いんダ。チビチビと小さい不幸を積み重ねるカ………あるいは………」
と、何かに気づいた黒闇天女は、すっと立ち上がり、屋上の端へと歩みだす。
そして、渋団扇を構えて宣う。
「敵の手先どもに肩代わりさせるか、だネっ!」
バサッ
渋団扇を勢いよく薙いだ。すると、黴びた臭いの風が吹き抜け、数拍おいて校門付近から激しい衝突音が届いた。
「っ、交通事故!?」
「なっ、てめぇババァ!まさか……」
「早合点するんじゃないヨ!……見な、敵襲サ」
八代達3人が慌てて駆け寄ったのと同時に、再び激しい音が聞こえた。
しかし今度は単なる事故ではなく、大破した4トントラックが、それでもなお動き続け、正門の鉄扉を跳ね飛ばしながら侵入してくるのが見えた。
更にもう一台の同型車が後に続き、それぞれの荷台のリアドアから、ゾロゾロと黒装束の……否、まるで立体化した影のように全身が真っ黒な人形、推定20体前後が降りてくる。
「あれは、女神の手先!?」
「ほんっと見境なく襲って来やがって……こう言うのって隠匿してやるもんだろ、普通……」
「いや八代、神に人間の普通は通用しねぇんだ」
あまりにも非日常的な光景に、八代達はそれぞれに感覚が麻痺していた。
そんな3人を正気に戻す声が、黒闇天女からかけられる。
「ぼうっとしてんじゃないヨ。……アヤメ、アンタはここを守りナ。2人は絶対に動くんじゃないヨ!」
「ババァはどうすんだよ!?」
武の問いに、祭神の貧乏神はニヤリと笑う。
「ウチの可愛い坊やに怪我させた連中へ、ちょいと天罰を降してくるのサ」
そして、黒闇天女は柵のない屋上の縁から飛び出し、侵入者のもとへと舞い降りていった。
その光景を見ながら、ヤツメは呟く。
「あの方が、参戦したのって、武さんの仇討ちが理由だったんですね……」
直後、校内中でようやっと警報ベルが鳴り響き、生徒と教師に避難を呼びかける放送が鳴り響いた。